第六十二話 サンダーバードの体毛を奪え! その5
サンダーバードの周囲に展開される5本の雷の槍。
槍は轟音を発し、僕に向けて発射される。槍の速度は速いが、目で追えないほどじゃない。
「話を聞いてなかったの!? 戻りなさい、シャルル!」
体を捻り、最小限の動きで槍を躱し切る。一本、右腕に当たったがレインコートのおかげでダメージは少ない。猫に引っかかれた程度の掠り傷だけだ。
距離は10メートル。
「キエエエエーーーーーー!!!」
さらにサンダーバードの色が変色する。体はピンクに、雷は赤に変わった。
赤の雷撃は生身で受ければ即死。全て躱さなければならない。
だがまずいのはそれだけじゃない。サンダーバードは翼を広げた。
空に飛ぶ気だ……!
空に行かれれば手が出せなくなる。空から一方的に雷を降らされたらどうしようもない。
「【ナートン】ッ!!」
僕の背後から光の糸が飛び出し、サンダーバードの足と止まり木の枝を糸で結んで固定した。ラントの縫合魔術だ。これでサンダーバードは飛べない。
カッ。と、足元の地面が光った。
光ると同時に、天から裁きの雷撃が僕の頭上に落ちた――
「「シャルルッ!!!?」」
心配そうな2人の声。
赤い稲妻を受けても、それでも僕は止まらない。進み続ける。
サンダーバードは戸惑った表情を見せた。雷撃を浴びたはずの僕が、無傷だからだろう。
雷が落ちる瞬間、僕はオーラを纏ったのだ。
――“進軍せし者”。
たった一瞬だけ、無敵になれる魔術だ。
僕の所有魔力が10として、“進軍せし者”の消費魔力は3(“テロスバプティスマ”は1)。
日に使えて3回。あと2回使える。
残り2回の内、1回の使い方は決まっている。
距離0メートル。
「“進軍せし者”……!」
オーラを纏い、無敵の状態で体毛をむしり取る。
これで採集は完了。あとは逃げるだけだ。
「カッ!!!」
サンダーバードの全身から、丘全体を弾く雷爆が起きた。
僕はこれを“進軍せし者”で回避。だがこれで、残弾は0。
サンダーバードはクチバシに雷のエネルギーを溜めている。止まり木は焼かれ、“ナートン”の拘束は解かれている。サンダーバードは空高く飛び、僕に雷のブレスを繰り出した。
「【フレーミー】!」
ヒマリが、火炎魔術を使った。
ヒマリが放った炎の球はサンダーバードを狙ってはおらず、僕を狙っていた。僕は横っ腹に火炎を受け、思い切り体を吹き飛ばした。それから遅れて雷のブレスが放たれ、さっきまで僕が居た場所に放たれる。
まだ、サンダーバードの追撃は止まない。地面に伏せているため、どんな攻撃を繰り出そうとしているのかわからないが、バチバチと電気が弾ける音が聞こえる。
――失敗した。
まずい、死ぬ――そう思ったのだが、
「やれやれ、他クラスとはいえ、生徒を見殺しにするわけにはいかねぇよなぁ」
体を起こし、前を見る。
すると、コバヤシ副校長が刀を抜いて、僕とサンダーバードの間に立っていた。
「退けよ、鳥公。実力差がわからないほどの馬鹿じゃないだろう? お前さんは絶滅危惧種……お前さんを殺すと校長に叱られちまうんだ。オイラにとっても、お前さんにとっても、交戦は望むところじゃないはずだ」
コバヤシ副校長になだめられ、サンダーバードの体毛が水色に戻っていく。
サンダーバードは翼を広げ、空へ飛んでいった。雷が止み、雲は白色に戻る。
コバヤシ副校長は刀を鞘に納めた。
「ありがとうございます。助かりました」
僕が礼を言うと、コバヤシ副校長は呆れたように笑った。
「ったく、あんま無茶するな。その度胸は嫌いじゃないけどよ――」
パチン。と、音が鳴った。
「うげ!」
コバヤシ副校長の驚いたような声。
僕はヒリヒリする左頬に手を添える。温かい手に、ビンタされた。
ビンタされるのは学園島に来て2度目だ。今回は義手ではなく、生身の手の感触だ。
前を見ると、瞳いっぱいに涙を溜め、ヒマリが睨むように僕を見ていた。
「……貴方のそれは、決して勇気ではないわ! 貴方は言っていたわね、自分の命に価値を感じていないと。だからなによ……貴方が貴方の命に価値を感じていないからって、命をないがしろにしてもいいって言うの?」
「ヒ、マリ?」
ヒマリは両手で僕の胸倉を掴んでくる。
「貴方が死んだら! 私やあの下民がどう思うかちゃんと考えたの!? コバヤシ副校長だってただではすまなかったはずよ! 自分が死んだらそこで全部終わるなんて思わないで!! この世界で、命を与えられた時点で、何者にも無関係に死ねるはずがないの! 貴方の命は貴方だけのものじゃないんだから!! 無責任なことしないでちょうだい!!」
その、ヒマリの怒りは、異常に感じた。
彼女がここまで、他人の命を気遣うとは思わなかった。
それに違和感がある。
ヒマリの言葉は僕にも向いていたのは確実だ。だけど同時に、僕じゃない誰かにも訴えているように感じた。
「……っ!」
ヒマリは胸倉から手を放し、無言で船の方へ歩いていった。僕はかける言葉が思い浮かばなかった。ただ彼女の背中を見送る事しかできなかった。
「わりぃけど、今回はヒマリの言葉が正しいと思うぜ」
ラントが僕の横に並ぶ。
「お前さ、ちょっと危なっかしいんだよ。レクリエーションの時といい、トロールの時といい、今回のことも……なんか、たまに自暴自棄というか、死にたがってるようにも見えるんだ……」
「……ごめん」
「まぁでも、お前のおかげでサンダーバードの体毛はゲットできたな! サンキュー!」
ラントは肩をポンと叩き、ヒマリに続いて船に向かう。
「自分を叱ってくれる友達なんざ、あんまり巡り会えるもんじゃないぜ。大切にしな」
コバヤシ副校長はそう声を掛けてくれた。
「はい……」
「しかし、ランファーの嬢ちゃんにとっては、お前のあの行動は確実に逆鱗に触れただろうな」
「どういう意味ですか?」
「ん? お前、あのこと知らねぇのか?」
コバヤシ副校長は腕を組み、
「アレの姉は2年前に自殺している。しかも、妹であるヒマリ=ランファーの部屋でな」
「え――」
ヒマリの姉が、自殺?
そんな話、初めて聞いた……。
「だから、自分の命を捨てるような行いが目に余るんだろうな」
「……」
僕は僕の命に価値を感じていない。あの日、アンリを殺してからずっと、僕は僕が嫌いで、僕の命が嫌いで、いつでも死んでもいいと思っている。そんな僕と、ヒマリは相性最悪なのかもしれない。
それから学園島に戻る間、船の上は重い空気に包まれた。学園島に戻った後、港でサンダーバードの体毛をヒマリに渡した。同時に僕は謝る。
「ごめんヒマリ。さっきの僕のしたことは、軽率な行動だったよ」
僕はそう言って頭を下げる。
ヒマリは「ふん」と鼻を鳴らし、
「今後一切、自分の命をないがしろにする行動は控えなさい。わかったわね?」
そう言うヒマリの表情は悲しそうだった。姉のことを思い出しているのだろう。
「うん。わかったよ。もう2度と、命懸けはやらない」
君の前では、ね。
「ねぇ、貴方……」
会話は終わらず、ヒマリは言葉を続ける。
「いつの間に紋章を手に入れたの?」
「あ」
そういえば、さっきサンダーバードと接触した時に思い切り“進軍せし者”を使ったな。
別に紋章については隠しているわけじゃない。正直に話そう。
「アランロゴス校長から紋章石を貰ったんだ」
「それは、ガラドゥーン絡みかしら?」
「そう。ガラドゥーンの正体を掴んだご褒美だね」
「“進軍せし者”の紋章……文献で見たことがある。全ての攻撃を弾くオーラを一瞬だけ纏う魔術。見たところ、3回が限度のようね。今度から、新しい術を覚えたならしっかりと私に報告しなさい。いざという時、連携が取りにくいでしょ」
「うん」
ガシ、と僕とヒマリは同時にラントに肩を組まれた。
「仲直りしたかお前ら! ならよし!」
「気安く肩を組まないで」
ヒマリは手の甲でラントの腕を叩き返した。
「んで、どうするよ? 材料はもうこれで全部だろ?」
コウモリの羽、サンダーバードの体毛、セイレーンの鱗。3種全て揃った。
翻訳したい生物の歯……“バクスネーク”の牙と秘薬を飲む人間の血液はすぐに入手できる。“翻訳の秘薬”の材料は全て集まったようなもの。
「明日を待つ必要はない。今日中にケリをつける。私が捕まえた“バクスネーク”は“白虎組”のクラス校舎の研究室にある棚の中に隠してあるわ」
「そんじゃま、校舎に」
「向かうとしようか」
僕らはコバヤシ副校長に礼を言った後、クラス校舎へと向かった。




