第五十四話 緑猿と青龍
土曜日。
授業は午前中に終わり、午後は礼拝堂の女神像の前に行った。僕の他にこの場にはヒマリとラント、あと“緑猿組”を偵察していたガシャマルがいる。
「ガシャマル、成果物を」
腕を組み、ヒマリは聞く。
「こちらに用意してあるでござる。御屋形様」
ガシャマルはヒマリの前で片膝を付き、巻物を2本、両手の平に乗せてヒマリに献上する。
ヒマリは「ご苦労様」と巻物を取った。
「……なんか、コイツら相性良さそうだな」
「上に立ちたい人間と、誰かに仕えたい人間だからね。利害は一致してるよ」
ヒマリは巻物を広げ、目を動かす。
「片方の巻物には“緑猿組”34人の体格・得意魔術・似顔絵を。もう片方の巻物には“緑猿組”クラス校舎の内部地図を載せてあるでござる。似顔絵と地図はネストール殿に協力してもらったでござる」
僕とラントは似顔絵を見て、「おお!」と声を上げる。
シシオ、ムーア、ヒヒの似顔絵は本人そっくりだった。
「アイツ、絵うまいな~」
「ネストールは絵描きだから」
「良い働きだわ。これからも重宝するわね」
「ありがたき幸せ。しかし、残念ながらバクスネークの手掛かりは得られなかったでござる」
「そう……やっぱり、そこは気を付けているみたいね」
「それともう1つ、昨日、“緑猿組”のリーダーであるシシオを尾行した際、シシオが“青龍組”のリーダーと会っていたのを見たでござる」
“青龍組”のリーダーと言えば、あの龍のような眼をした男、フランツか。
3人の特待生の内の1人である。
ヒマリは「“青龍組”……?」と眉を吊り上げる。
「詳しく聞かせて」
ガシャマルは聞かせてくれた、シシオとフランツがなにを話していたのかを――
◆
商業エリアにある団子屋の個室、そこでシシオとフランツは茶を飲みながら会話していたそうだ。ガシャマルはその様子を天井裏からのぞき込んでいたのだと言う。
「フランツ、俺達と組まないか?」
テーブルを挟んで座ると、シシオはそう切り出した。
「今年の一学年は“朱雀”、“青龍”、そして俺達“緑猿”の三強だ。三強の内、二つが手を組めば他のクラスに後れを取ることはなくなる。もし俺達と手を組んでくれたら盤外戦術で“青龍”を援護する。“青龍”の敵クラスの人間を闇討ちしたりな。そんで、俺達がお前らに求めるのは情報だけ。対抗戦で戦った相手のデータをくれるだけでいい。悪い話じゃないだろう?」
フランツは怠そうに目を起こし、
「いいぜ」
フランツの言葉にシシオは顔を綻ばせるが――
「お前らが本当に三強ならな」
「なんだと?」
険悪なムードが部屋の中に漂う。
「もしもお前らが三強なら、“青龍”と“朱雀”以外にはまず負けない、そう考えていいんだよな?」
「もちろんだ」
「じゃあまずは、直近の試合――“白虎”に勝ってみせろ。そうすれば、手を組んでやる」
「キキッ! 余裕余裕! もう奴らとの戦いは勝ちパターンに入ってるからな。怖いのはヒマリぐらいだ。後は雑魚しかいない」
フランツは「くくっ、ははっ!」と笑いをこぼす。シシオを馬鹿にした笑いだ。
「怖いのはヒマリだけ、か。やはり、お前らと組む価値はないな」
フランツは立ち上がり、個室の扉を開ける。
シシオは苛立ちからテーブルを叩き、「待てよ!」とフランツを呼び止める。
「俺達が白猫に負けるって思ってるのか?」
「ああ。お前らじゃ“白虎”――いや、奴には勝てねぇよ」
「奴? クラス1位のホリーのことか? たしかに奴が出て来れば勝ち目は無くなるだろう。だが奴は不登校生で、対抗戦には興味を示していない!」
「話にならねぇ。断言してやるよ……お前らは思わぬ伏兵に食いつくされる。骨も残さずな。精々虎の尾を踏まないよう気を付けることだ」
そこで話は終わった。
最後にフランツは天井を見上げたという。フランツの視線の先にはガシャマルがいた。ガシャマルは2センチほどの穴から中を覗いていたらしく、気配も音も完全に消していたはずなのに、フランツと目があった気がしたそうだ。
◆
「他のクラスと協力するなんてせこくないか?」
ガシャマルの話を聞き終えると、ラントがすぐに不満を吐露した。
「そんなことないわ」
ヒマリに否定され、ラントはムッとする。
「他クラスと手を組んで情報を共有するのは手としては全然ありよ。まぁ、“緑猿”は失敗したようだけどね」
「俺らが勝てればな」
「フランツは僕達を高く買ってるようだね。話を聞く限り、僕らが勝つって信じてるようだし」
しかし、フランツが言う奴とは、一体誰のことなのだろうか?
反応から察するに、クラス1位のホリーでも3位のヒマリでもないようだが……まさかアルか? いや、アルは珍しい魔術を使うけど、特別強いとは思わない……。
「ガシャマル、次の任務よ。ダーツ城の内部地図も入手してくれないかしら? 必須情報は禁庫の位置と禁庫周辺のセキュリティよ」
「了解! 月曜日までには用意するでござる!」
月曜日、2日後だ。
ならば、セイレーンの鱗窃盗作戦は早くて月曜の夜に実行できるな。
「今、私達にできることはなさそうね。“チェスゲーム”の訓練をしましょう」
「うん。盤外に囚われて、いざ対抗戦で負けたら本末転倒だ」
それから他の“白虎組”と合流し、修練場で訓練をして、土曜日は終わった。
それから日曜日も特にすることなく過ぎていき、月曜日がやってきた。




