第五十話 バクスネーク
「ギャネットとモニカは今日欠席だ」
朝のホームルーム、ハルマン副校長からそう告げられた。
どよめく教室内。ヒマリが手を挙げ、質問する。
「どうして、2人は欠席なのですか?」
「2人はある病にかかり、倒れた。病の名は“アルプトラオム”。“悪夢病”と呼ばれるモノだ。“悪夢病”にかかった者は三日三晩悪夢にうなされる。解除する方法はない。三日経てば病は治る……が、悪夢による心的外傷を引きずり、数週間、何カ月と寝込む者もいる」
クラスの中に焦りが生まれてくる。
それはつまり、最悪の場合、ギャネットとモニカ抜きで対抗戦を戦うということだ。
「“悪夢病”は“夢喰蛇”という蛇の毒によりかかる病だと聞いています」
「そう、君の言う通りだ。ヒマリ」
「“バクスネーク”は学園島に生息していないはずです。なのになぜ2人は“悪夢病”にかかったのですか?」
「誰かが外部から蛇を持ち込んだと考えるのが妥当だろう。交易船に紛れ込んで持ち込まれた可能性が一番高い。こちらでも捜索しているが、今のところ手がかりはない。ちなみにギャネットとモニカが学園島における初の“悪夢病”患者だ」
「まさか……」
ヒマリはなにかを思いついた様子だ。
一時間目と二時間目の間の休み時間、ヒマリはクラス全員の前で思いついたことを口にする。
「ギャネットとモニカは“緑猿組”に襲われた可能性が高いわ」
ヒマリの発言に青ざめるクラスメイト達。
「根拠は?」とカレンが聞く。
「ピンポイントで“白虎組”の生徒が被害に遭ってるからよ。それに同じ寮の先輩から聞いた話だけど、“緑猿組”はどの学年でも手汚い真似をするらしいわ」
ラントが怒りから机を叩く。
「ゆるせねー! もしそれが本当ならフェアじゃねぇぜ!!」
そうだそうだ、とあちこちから声が上がる。
「でもそんなこと、学校側は許さないわよね? 告発したら罰せられるんじゃない?」
ネストールの意見。
ヒマリは「そうね」と相槌し、
「だけど告発に足る証拠がないわ。ただの憶測で学校側が動いてくれるとは思わない」
「う~ん、そこなのよねぇ……」
「とにかく、これから対抗戦の日まで単独行動はなるべく控えること。特に外出するときは気を付けて」
「でもさ」
異議を唱えるはカレンだ。
「気を付けるにしたって限界があるでしょ。四六時中蛇を警戒してたら神経擦り切れるし、警戒していても防げるとは思えない。蛇なんて小さな窓の隙間からだって入ってくる。防衛策だけじゃなくて、こっちからもなにかあっちに仕掛けないとハンデを抱えたまま勝負に挑むことにある」
「――ガシャマル」
ヒマリがガシャマルの名を呼ぶ。
「貴方、たしか情報収集が得意だったわよね?」
「うむ。拙者はシノビでござるからな」
「“緑猿組”のデータを集めてくれるかしら?」
「承知!」
「それとは別に、私も“緑猿組”を調べる。そして、調べた情報を元に作戦を練るわ。他のメンバーは対抗戦の訓練に励んでちょうだい」
ヒマリは生き生きと仕切る。
“白虎組”はヒマリの上から目線の態度に多少の反感は覚えつつも、ギャネットとモニカという指揮系統を失った今、他に頼れる相手もいないので渋々ヒマリの仕切りを受け入れる。
ヒマリは指示を出し終えると、僕とラントの席の方へ歩いてきた。
「貴方達は放課後、私と一緒に行動しなさい」
「なにするんだよ?」
「まずは被害者に話を聞きに行くわ」
◆
放課後。僕とラントとヒマリでダーツ城の医務室へ向かった。
医務室で対応してくれたのは背の低い女の先生、ルルカ先生だ。トロール戦で受けた傷を治してくれた先生である。
「ルルカ先生。ギャネットとモニカの様子はどうですか?」
ベッドで横たわる2人に視線を送りつつ、僕は聞く。
「精神を安定させる秘薬を飲ませた。けれどそれを飲ませたからって“悪夢病”を治せるわけじゃない。完治まではまだまだ先ね」
「そうですか……」
「話すことはできますか?」とヒマリは問う。
「数分程度なら可能よ」
僕達は2人のベッドに歩み寄る。
僕達の気配に気づいて、モニカは笑顔を浮かべた。
「……あ、来てくれたんだ。ごめんね……大事な時にこんなことになっちゃって……」
モニカの声は悲痛にまみれていた。相当に疲弊していることがわかる。
モニカの言葉で状況を理解したのか、ギャネットも声を絞り出す。
「ふ、不甲斐ない限りだ……!」
「昨日、なにがあったか聞かせてくれる?」
2人を心配する素振りを見せず、ヒマリは言う。
「おい! いきなりそりゃないだろ!」
「面会時間は限られてるわ。時間を無駄にはできない」
「だからって……!」
「だい、じょうぶだ……ラント。問題ない……」
ギャネットに言われて、納得いかない顔のままラントは一歩引いた。
「……昨日、帰り道を歩いていると、いきなり足首に軽い痺れのような痛みが走った。なにかが地を這う音が聞こえて、振り向くと細長い蛇の姿があった。あの蛇が“バクスネーク”だったのだろう。夜眠ると、酷い悪夢を見て、起きた後もその余韻で頭がぐちゃぐちゃになった。今も、眠るのが怖い……悪夢への恐怖で、頭がいっぱいなんだ……」
「近くに人影はあった?」
ヒマリの質問に、ギャネットは首を横に振る。
「見えなかった、すまない……」
「私も、ギャネットと同じような感じだったよ……でも、私は、人影を見た」
「どんな姿だった?」
「……ちょっとあいまいだけど、木の影から、緑色の髪が見えたのは覚えてる……」
僕とヒマリは目を合わせる。
僕達はある男を思い出していた。緑色の髪――“緑猿組”のリーダー、シシオのことを。
面会が終わり、「失礼しました」と医務室を出る。
ヒマリは迷いのない足取りで廊下を歩いていく。外に出てユニコーンの馬車を見つけたヒマリは手を挙げて馬車を捕まえた。ヒマリが馬車に乗り込むモノだから、僕とラントも馬車に入った。
「おいヒマリ、どこに行く気だよ?」
「まどろっこしいことはなしよ。直接聞きに行くわ」
御者の老人が「行き先はどこだい?」と尋ねてくる。
「一学年、“緑猿組”の校舎まで」
「あいよ」
ヒマリの言葉を聞き受け御者は馬車を発進させた。
「ねぇヒマリ。まさかとは思うけど、“緑猿組”の人間に『“バクスネーク”を放ったのか』って聞くつもり?」
「もちろんよ」
「バッカだなぁ、そんなの正直に答えるわけないじゃねぇか」
ヒマリはラントを睨みつける。
「承知の上よ。もし彼らが犯人でも『はい、そうです』とは言わない。絶対に嘘をつくわ。でもね、完璧な嘘って存在しないの。嘘には必ず綻びがある。聞いてみて、相手の反応を見て真実かどうか判断する。人の嘘を見抜くのは得意なの」
揺さぶりをかけるわけか。
「まだ帰ってないといいけどね」
「そうね。もし帰ってたらまた明日出向くまでよ」




