第四話 処刑人の本気
立ち上がり、ステージに突き刺さった大剣を右手で握りしめる。
左手で包帯の端をつまみ上げ、包帯を解いていく。
黒真珠の如き光沢を放つ剣肌が晒される。
首斬り処刑の前には、小さな儀式をしなくてはならない。
自分が斬り殺した罪人の魂が、きちんとあの世で罪を償えるように――祈るのだ。
「罪深き魂に、無慈悲の洗礼を。罪なき魂に、無為なる祝福を」
両手で大剣の柄を握る。
魔力を込める。
それは、祈りの魔術。
「洗礼術【テロスバプティスマ】……!」
代々サンソン家の死刑執行人には1つの魔術が伝授される。
それがコレだ。斬り落とした罪人の魂を浄化する、洗礼の業。退魔の光――!
「なんと……! アレは!?」
左腕前腕で大剣の剣肌を擦る。
擦った跡には呪符と魔法陣が刻み込まれ、赤色の亀裂が走る。
大剣に白光の膜が張る。
「うおおおおっ!!!」
大剣を地面から引っこ抜き、両手で構える。
これが、僕の武器。
「大剣の色が変わった!?」
「あの白光……アレは間違いなく――洗礼術……!?」
さすが名門校の魔術師、知ってるか。
教師たちは皆驚くが、このケルベロスの飼い主であるガラドゥーンだけは冷たい瞳で僕を見ていた。
「闇の魔術にのみ効く力。罪過を祓う、浄化の魔術……その力は闇魔術により召喚された魔獣にも当然効く。――古代より処刑人の家系に伝えられる秘術だな」
葉巻を上下に揺らしながら、客席に座る女性が言った。
洗礼術。
呪符と魔法陣を刻んだ物体に洗礼の力を宿す術だ。洗礼術の対象は魔獣や邪教徒といった邪悪なる存在。もちろん、ケルベロスにも効くはず。
ギロチンがある世の中で、僕の居た街が大剣による首斬り断頭にこだわっていたのは、この洗礼剣で断頭した者の魂は浄化されると言われていたからだ。実際、洗礼剣で断頭したからと言って魂が浄化されるかは知らない。まぁ、そうであってほしいとは願っているが……。
「馬鹿な! 受験生が使えるレベルの術じゃないぞ!」
「ラントの得意魔術は縫合魔術では無かったのか!?」
「やっぱり、あの子……違うな」
なにやら観客席が騒ぎ出したが、どうでもいい。
この胸の内に溜まった鬱憤、お前で発散させてもらうぞ。地獄の番犬……!
「ここが処刑台だ。来い。その首、斬り落としてくれる……!」
「ガアアアッ!!!!」
威嚇と同時に向かってくるケルベロス。
両脚に力を溜める。ケルベロスが間合いに入った瞬間、跳躍し、すれ違いざまに右の首を斬る。
ケルベロスの首は容易く斬り離せた。洗礼術はきちんと効いてるようだ。
「ガァ!?」
「まず一つ……」
落下と同時に、左の首を上空から叩き斬る。
「二つ!!」
最後の首を断頭しようとしたら、ケルベロスが大きく口を開けた。
ケルベロスの噛みつき攻撃。これをケルベロスの体の下に滑り込み回避する。回避ついでに、ケルベルスの胴体を下から串刺しにした。
「ケルベロスと互角の身体能力!?」
客席の誰かがそう叫んだ。
「ちっ」
ケルベロスめ。筋肉と骨で大剣を締め止めたな。
大剣が抜けない。面倒なことをしてくれる。
「【グギギ!】」
ケルベロスは口の両端を吊り上げた。
「調子に乗るなと言ったはずだぞ。首を断つ方法は剣で斬り落とすのみじゃない」
大剣は突き刺したままに、両手を柄から離し、
ケルベロスの右前足をスライディング気味に蹴り飛ばす。
「【ガッ!?】」
ケルベロスはバランスを崩し転倒。
僕は右脇に、ケルベロスの最後の首を挟み込んだ。
「ちょっと、あの子、なにをする気!?」
「待ちたまえ君!」
「嫌だね。黙って見ていろ。処刑中だ……!」
倒れたケルベロスの最後の首を両手で掴み、ねじりながら引っ張る。
「せーのっ!」
骨が軋み、折れ、
肉が裂け、
血が搾り上げられる音が響く。
雑巾を絞るように、首を絞り切る。
「……三つ」
黒い血が噴水の如く吹き上げ、ステージ上にばら撒かれる。
ケルベロスの最後の首はねじり切った。
これで、処刑終了だ。
唖然とする試験官たち。
シーン……と、会場内に静寂が訪れる。
「失礼します!」
静寂の中を破って来たのはバンダナを頭に巻いた男子。
バンダナ男子は頭を下げ、大声を出す。
「受験番号022! ラント=テイラーです!! よろしくお願いします――って、アレ?」
おっと、本物のラント君の御登場だ。
ラントは頭を上げ、ケルベロスの死体を確認し、頭の上に大量のハテナマークを作った。
「えぇっと、何事っすか?」
試験官たちは『こっちが聞きたい』と言いたげな顔をした。
面倒なことになったな。けど、いいストレス発散になった。
「すみません。僕は受験生じゃないです」
いつも通り、作った笑顔を浮かべる。
試験官たちは視線を一点に集めた。僕ではない。試験官の中でも偉そうにしている、葉巻を咥えた女性に視線を集めた。
女性は楽し気に笑って、事態を収拾しようと口を開く。
「とりあえず、外で話そうか。白髪ポニテのボク」




