第四十四話 アルマ=カードニック その4
同情心だけではない。僕が彼女を連れ出したい理由はもう1つある。
来たるクラス対抗戦に備えて戦力が欲しいのだ。もしアルの能力が僕の想像通りのものなら、彼女は僕の弱点をカバーしてくれるかもしれない。僕とアルの能力は相性がいい可能性が高い。
アルの部屋、203号室の扉の前で止まる。
とりあえずノックしてみるも反応はない。
「アル、話があるんだ。開けてくれない?」
話しかけるも、反応はない。
だんまりを決め込む気だろう。悪いがそうはさせないぞ。
「寮長から合鍵借りてるから、なにも言わないなら勝手に入っちゃうよ」
ガタゴトという音が部屋の中から聞こえた。
「だ、ダメです! はは、入ってきたらぶっ飛ばしますよ!」
動揺混じりの声で警告してくる。
結構遠くから声が聞こえた気がした。恐らくゴミ山の上から声を発しているのだろう。
「入ってほしくないなら、僕の話聞いてくれるかな?」
10秒待つも返答はない。多少の苛立ちを覚える。
僕は合鍵をポケットから出して、扉の鍵を開けた。
「アル、入るよ」
扉を開き切ると、
「【ヴィント】!!」
「なっ!?」
風の槍が飛んできた。僕は反射的に斜め前に飛び込んで躱す。
「うそぉ! 今の避けるんですか!?」
ゴミ山の上でアル(たぬきモード)は杖を持っていた。
あの布団たぬきめ、いきなり魔術攻撃をしてくるとは……。
「……そうくるなら、こっちも実力行使でいかせてもらうよ」
「そ、それ以上近づくともっと強力な魔術をおみまいしますよ!!」
服についたゴミを払い、準備運動する。
「ま、ちょうどいい機会だね。君が対抗戦の駒として使えるか、試させてもらう」
準備運動を続けながら、
「こういうのはどうかな? もしも僕が君にタッチできたら、君は学校に行く。もしも僕が君を捕まえられずに部屋から外に出たら、僕はもう君に関わらないと約束しよう」
アルは自信があるのか、鼻で笑った。
「ふっふーん! アルのこと侮ってますね。アルは引きこもりですけど、凄腕の魔術師! あなたなんかに負けませんよ、べーっだ!」
アルはプニプニのたぬき頬っぺたを手で引っ張り、舌を出してくる。
「……OKってことでいいんだね」
「もちろんです!」
アルマ=カードニックとの戦いが始まる。
“白虎組”のナンバーツー魔術師だ、気合入れていこう。
「ふんっ!」
ゴミを蹴り上げ、ゴミの壁で死角を作り、死角に身を潜める。アルは杖を振り、風を射出してゴミを弾く。
アルがゴミに気を取られているうちにゴミ山に踏み込むが――
「ちっ!」
ゴミ山は足場としては弱く、僕の体重が乗ると沈んでしまった。体勢が崩れたところへ風の塊が迫る。ゴミ山を転げ落ちて風を回避し、1息入れる。
「戦いの基本は上を取る事です。人は上からの攻撃には対応しづらいものですからね!」
「地形の利はそっちにあるようだね。だけど、それで勝負は決まらないよ」
ゴミ山を登るのは不可能。
ならば壁際にあるクローゼットからゴミ山の上まで飛ぶ。しかし、空中に行けば風は避けられない。
アルの杖の魔導印を見る。魔導印の輝きの強さは魔術の残弾を示す。輝きは大分弱まっていた。あと2、3発といったところか。光が消えた瞬間に仕掛けよう。魔導印を付け直す瞬間の隙を狙う。
風魔術が放たれる。それをよく見て躱す。速度は中々だが回避の態勢を作っていれば問題なく躱せる。もう1度、風を躱すと杖から光が消えた。
「使い果たしたな……」
「っ――!」
歯を食いしばるアル。
僕はクローゼットの上に飛び乗り、
クローゼットを踏み壊し、ゴミ山の上を目指して飛び上がる。
「むふふ」
アルが笑った。
アルは体の影から杖を出した。魔導印が刻まれた杖だ。
「杖!?」
――やられた。杖を2本、持っていたのか!
このたぬき、わざと隙を狙わせたな。予め魔導印を刻んだ杖を隠し持っていて、魔導印の更新を狙った僕をその杖で撃墜する構えだったんだ。
――受けるしかない……!
腕を上げてガードを固める。
さっきの風魔術なら生身でも受けきれる自信があった。
しかし、空中に居る僕に放たれたのは風ではなく……雷だった。
散々低威力低速度の風魔術を見せて、この場面で高速雷撃ッ!
受けきれるか微妙だ。
――まずい……!
『雷撃に耐える』。
そう強く願った時、右眉の上――紋章が刻まれた部分が熱くなった。
「“進軍せし者”ッ!!」
全身から湧き立つ琥珀色の蒸気。
蒸気は迫りくる雷撃を受け止め、散らした。
「え!?」
驚いたようなアルの声。
蒸気は1秒ともたず消失する。
僕はゴミ山の上に着地する。アルとの距離は1メートル未満だ。この間合いまでくれば勝負は決まったようなもの。
「今のは……」
自分の体を見る。
ダメージなし。あの雷撃を受けて無傷だ。
さっきの蒸気、アレがアランロゴス校長が言っていたオーラというものだろうか。
“進軍せし者” の力、紋章の力が僕の意思に反応してオーラで体を守ってくれたのだろう。それ以外で説明がつかない。本当に一瞬だけ、無敵になれるんだな。体感にして0.6秒。消費魔力は“テロスバプティズマ”の3倍ほどだ。
「な、なんですか今の魔術……アル、あんなの知りません!! 反則です!!」
アルの知識の中に“進軍せし者”はなかったようだ。杖を持つアルの手は震えている。
コイツ、普通に強かったな。魔術の命中精度も威力も申し分なし。戦術を練る頭もありそうだ。
「合格だ……」
風の魔術と雷の魔術と変化の魔術、最低でも3つの魔術を使えるのは確定だ。魔術面ではヒマリと同レベルの印象。ヒマリの方が肉体面では勝る。
すっ、と右足を出すと、アルは頭を下げてゴミ山に擦りつけた。
「ギブです!」
「……じゃあ、学校に来てくれるよね」
「い、嫌です!」
「約束でしょ。僕が勝ったら登校するって……」
「でも、無理です……怖いもん」
泣き出しそうな声だ。体は小刻みに震えている。
「いじめを受けていたらしいね……寮長から聞いてるよ」
「あのバカ兄! 勝手に話して……!」
「そんなにひどいいじめを受けたの?」
アルは背中を向け、震えた声で語り出す。
「アルはなにもしていないのに、教科書を破られたり、水をかけられたり、物置に閉じ込められて危うく死にかけたこともあります……」
なんだ、そんなものか。大したことないな。
いや待て、僕を基準にして考えちゃだめだな。ここで『大したことない』なんて言うのは悪手だ。
「酷いな。可哀そうに……気持ちはわからなくもない。だけど……」
「あなたにアルの気持ちがわかるはずがありません! いじめられっ子の気持ちは、いじめられっ子にしかわかりませんよ!」
アルは怒ってしまった。
こういう時、アンリならうまくやるんだろうな……ってそんなこと考えても仕方ない。僕にしかできない説得方法もあるはずだ。
「僕も昔はいじめられていた」
アルは「え」と声を出し、顔を上げて僕の顔を見る。
僕は腰を落ち着けて、部屋の天井を見ながら話す。
「街を歩けば『気持ちが悪い』、『醜い』と言われて石を投げられた。良いことをしても、なにもしなくても責められた。なにか事件があれば大抵僕のせいにされたよ」
死刑執行人は忌み嫌われる存在。
人の首を斬ることを生業としている人間を誰が好くものか。
1人を除いて、僕に味方なんていなかった。
「……アルの同情を誘おうと、嘘を言っている顔ではありませんね」
肩を肉球がタップする。
「まぁまぁ元気出してください。生きていればいいことがありますよ」
アルがペチペチと肩を叩いてくる。
「どうして僕が慰められなければいけないんだ……まったく」
僕はゴミ山を下りる。
「最初は授業に出る必要はない」
「どういうことですか?」
「僕のバッグに入って、授業の雰囲気やクラスの雰囲気を見ていればいいよ。そのサイズならバッグに詰め込める」
「バッグに入ってるだけでいいんですか?」
「そう」
アルは腕を組んで「う~ん」と唸る。
「でも、やっぱり……怖いです」
「大丈夫。もしも君をいじめるような人間がいたら、僕がぶん殴るから」
笑顔で言うと、アルは恐る恐る顔をあげてくれた。
「見た目によらず野蛮な人ですね……わかりました。その条件なら、学校に行ってあげます!」
「それじゃ、明日7時半に迎えにくるから。寝坊しないでね」
「はい。よろしくお願いします。シャルルさん」
そして次の日の朝。
僕はアルの部屋を訪ねた。アルは目を擦りながら扉を開けた。いつものたぬきの姿だ。
「ふにゃ~。引きこもりにこの時間はきついです……」
僕はバッグを床に置く。
アルはのそのそとバッグに潜り込んだ。それから談話室へ降りて、
「寮長、いってきます」
寮長に挨拶する。
寮長はバッグから頭だけ出したアルの姿を見て笑った。
寮長はエプロン姿でおたまを振りながら声をかけてくる。
「夕飯は楽しみにしておけよ~!」




