第四十三話 アルマ=カードニック その3
寮長についていき、階段を上がって二階へ。
寮長の妹の部屋は203号室。僕の部屋の隣だ。
「おーいアル! 出てこい!」
寮長が203号室の扉をノックするも返事はなし。
「仕方ねぇ」
寮長は杖を出し、「【サイロ】」と唱えた。杖に魔導印が刻まれる。寮長が杖を軽く振ると、鍵の部分に歪んだ魔力が纏わり、鍵がガチャッと開く音が聞こえた。
「今のは……」
「念動の魔術で鍵を開けたんだ。合鍵取りに行くのも面倒だったんでな。――入るぞ、アル」
寮長が扉を開けた瞬間、顔を出す悪臭。
「「むぐっ!?」」
僕と寮長は反射的に鼻をつまんだ。
部屋の中には乱雑にゴミや洗濯物(シャツから下着まで)が散らかっている。部屋の中心には本とゴミが積まれたゴミ山があった。
「ゴミと本ばかりですね……」
「ったく、部屋の掃除ぐらいしろって」
ゴミ山の上で布団が蠢いていた。あの布団、たぬきが被っていた物と柄が同じだ。だけどサイズがさっき見た時より大きくなっている。小柄な人間なら包み込めるサイズだ。
「アル!」
寮長が呼ぶと、
「うわぁ!? だ、誰ですか!? アルの部屋に勝手に入るのは!」
早朝出会ったたぬきと同じ声。
たぬきの毛並みと同じ色の茶髪。
つぶらな瞳……。
布団を被ったパジャマ女子が振り向いた。さっき僕の部屋に居たたぬきの面影がたしかにある。小動物系とでも言うのだろうか、同い年とは思えないぐらい幼い顔立ちだ。
「あれ? なんだ兄ちゃんかぁ……驚かせないでくださいよ――」
女子……アルマ=カードニックは僕と目を合わせると、目線をグルグルと回し、顔を青くした。
「し、知らない人!? 【フォウゼル】!」
少女が詠唱すると布団に魔導印が刻まれた。
ボォン! と煙をまき、少女は小さな子たぬきへと変身した。布団もサイズが小さくなっている。
「本当に、たぬきになった……」
「あれがアイツの得意魔術“フォウゼル”だ。カードニック家秘伝の変化魔術だよ」
カードニック家秘伝、ということは、彼女の兄である寮長も変化の魔術を使えるのだろうか。
「だ、誰ですかあなた! 即刻、退出を要請します! むぅ~~がるるるるるるる!!!」
たぬきの姿で睨みつけてくる寮長の妹、アルマ=カードニック。通称アル。
小動物の姿で吠えられても迫力はゼロだ。
「なんでわざわざたぬきの姿に?」
「アイツは極度の人見知りでな。親しくない相手とはああやって小動物の姿にならないと会話できないんだ。おいアル、お前コイツとは初対面じゃないだろ」
「初対面ですよ! そんな白髪知りません!」
赤の他人である僕が部屋に居ることが気に食わないのだろう、アルは苛立っている様子だ。
「……ついさっき、僕の部屋でホットドッグを食べていたのは君でしょ?」
「ホットドッグ……? あぁ!! あの時の!」
思い出してくれたらしい。
ホットドッグを盗み食いされたことで僕が怒っていると思ったのか、アルは下手な口笛を吹いて誤魔化す。
「ひゅーひゅー、なんのことかわかりませんね!」
幼稚なやつだな……外見だけでなく、内面も同い年には思えない幼さだ。
「ホットドッグの件については気にしてないよ。アル、君に話があるんだ」
「アルはあなたに話なんてありません!」
「そう言わずに、ホットドッグ一個分は聞いてやれよ」
寮長に諭され、アルは唇を尖らせながらもこちらを向き、聞く態勢を作った。
「僕はシャルル=アンリ・サンソン。君のクラスメイト、“白虎組”の生徒だ」
「クラス、メイト……」
「学校に来てくれないかな? 君の力が必要なんだ」
途端に、アルの表情が暗くなったのを感じた。
「なにか悩みがあるなら聞くから――」
「帰ってください!!」
アルは怒鳴り声をあげた。
「アルは部屋から出ません! 学校なんて行きません! 今すぐに出て行ってください!」
クラスメイト、という単語を聞いてから態度が一変したように見える。
アルの剣幕に圧され、僕は寮長の方を見る。
寮長は溜息をつき、「しゃあねぇ、一時撤退だな」と僕の肩を叩いた。
◆
談話室。
テーブルに僕と寮長は向かい合って座る。
僕はサラダを食べつつ、寮長に質問を投げる。
「どうして、アルは部屋に引きこもるようになったんですか?」
僕が聞くと、寮長は淡々とした表情で語り始めた。
「昔、アルは地元の魔術学校に通っていたんだが、同じクラスの奴にいじめられてな、それっきり部屋に閉じこもるようになった。ここに連れてくるのも苦労したもんだ」
「いじめ……ですか」
「アイツは良くも悪くもマイペースなんだよ、協調性ってのが無い。加えてアルは魔術の才能に恵まれていた。孤高の天才ってのは今も昔も妬まれ嫌われるものだ。無理やり受験させて学園島に連れて来たけど、結局実家に居る時と変わらないな」
たしかに協調性は無い。ちょっとしか関わっていない僕でもそう断言できるほどに。
ふとヒマリの顔が過った。彼女もマイペースの才女だ。しかしヒマリにはいじめなんて自力で殲滅する気概がある。アルはヒマリほど強い性格には見えなかった。
「僕を警戒するのは、昔クラスメイトにいじめられていたからですか」
「そうだろうな。あいつにとって『クラスメイト』はトラウマなんだろう」
サラダを食べきり、「ごちそうさまでした」と両手を合わせる。
「……」
いじめ、か。
僕も無縁ではなかったからな。僅かな同情心はある。
アンリなら迷わず彼女に手を差し伸べるだろう。僕はアンリ・サンソンの名を引き継いだ。彼女の名に懸けて、ここで見過ごすのは違うよな。
「寮長……アルのこと、僕に任せてくれませんか」
「いいぜ」
寮長は即答した。
「や、やけにあっさりですね……」
寮長は期待を含んだ笑みを浮かべる。
「俺はお前のこと買ってるんだ、シャルル」
寮長の前で活躍したことはないのだが、寮長の瞳には信頼の色が見えた。




