第四十二話 アルマ=カードニック その2
「はわわわわわわわっっ……!」
「馬鹿な……!」
日曜の朝。僕は『モグモグ』という咀嚼音のせいで目を覚ました。
僕の部屋のテーブルの上、朝食用に買っておいたホットドッグはとある小動物に貪られていた。
――たぬきだ。
布団を被った、ちっちゃなたぬきだ。
後ろ足で立っていて、前足でホットドッグを持っている。
「はわわわわわわわ……(ぱくっ)」
しかも、さっきから喋ってないかコイツ?
たぬきってこんな鳴き声だったか。
「はわわわ……(ぱくっ)」
しかも、僕と目が合っているくせに、まだホットドッグを食べ進めている。なんて食い意地だ。
突然の異常事態に戸惑ったが、ようやく冷静になってきた。
とりあえず捕まえよう、この布団被りのたぬきを。
「……」
「……」
緊張が互いの背筋を走った。
僕が動けば奴も動く。勝負は最初の1モーションで決まる気がした。
僕は目線をまったく関係ないところへ向ける。目線によるフェイントだ。
たぬきの目が誘導されるのを見て、ベッドから飛び掛かる――!
「ぴぎゃあ!」
たぬきは女性のような声を出し、飛び上がって僕の手から逃れた。初手で仕留めきれなかった、なんてすばしっこいたぬきだ。
たぬきは四足歩行で部屋の扉へ向かう。扉が少し開いている。
しまった。
昨日の夜、鍵を閉めるのを忘れていた。だから入られたのか。昔住んでいたところが鍵の付いていない小屋だったから、まだ体に『鍵を閉める』という習慣が染みついていないのだ。
たぬきを追う。まだ寝起きの僕の体は思うように動かず速度が出ない。扉に先回りすることはできず、たぬきは扉の隙間から部屋を出た。
僕もたぬきを追い、部屋を飛び出して廊下を見渡す。布団被りのたぬきの姿はもうなかった。
◆
「なんだったんだ、一体……」
眠気を払いながら一階の談話室に降りる。
談話室には2人居た。
1人目は銀の長髪の女子だ。僕と同じクラス、同学年のカレン=ナタリーである。パーカーを着崩し、菓子の袋を開けて椅子に座っている。
2人目は丸いサングラスを掛け、頭にタオルを巻いている茶髪の男性、寮長だ。上にTシャツ、下には長ズボンを履いている。
カレンと寮長、初めて見る組み合わせだ。
カレンはテーブルでスナック菓子をぼりぼりと食べている。一方寮長はキッチンで野菜を切っていた。
「カレン」
寮長は野菜を皿に乗せ、たまねぎ香るドレッシングをかけてカレンの元まで持って行く。
「お前は菓子ばっかり食いすぎだ。栄養バランスが偏るぞ。ほれ、サラダ作ったから食べろ」
寮長はスナック菓子のゴミをどかして、テーブルにサラダを置いた。
カレンは厄介そうな顔をする。
「……いりません」
「ん? なにか嫌いなモンでも入ってたか?」
「いま、サラダの気分じゃないんで。失礼します」
「あ、おい! ……ったく」
カレンは菓子のゴミをゴミ箱に入れて、僕の居る階段の方へ歩いてきた。
カレンは僕を見つけると、
「おはよう」
てっきりスルーされると思ったから少し驚いた。
僕は笑顔を作り、挨拶を返す。
「おはよう。カレン」
「……」
挨拶から会話に発展することはなく、カレンは階段を上がっていった。
いまいち距離感が掴めないな。でもあっちから挨拶してくれているわけだから、嫌われてはなさそうなのだが。
「おはようございます、寮長」
「よ! おはようさん」
「寮長。そのサラダ、朝食にもらってもいいですか?」
「なんだ、腹減ってるのか?」
「はい。朝食用に買っておいたホットドッグをたぬきに食べられてしまって……」
「たぬき?」
「はい。布団を被ったたぬきに盗み食いされました」
思い当たる節があるのか、寮長は「あのアホ……」と目頭を押さえた。
「あー……悪いなシャルル。そいつは俺の妹だ」
「え? 妹って……たぬきですよ?」
「変化の魔術でたぬきに化けてただけだよ。アイツは布団を被せた対象を小動物に変化させる魔術を使えるんだ。名前はアルマ=カードニック」
「アルマ=カードニック……どこかで聞いたことがあるような」
「そりゃ、アイツはお前のクラスメイトだからな。名前ぐらいは聞いてたんじゃないか?」
寮長の言葉で思い出す。僕のクラスの魔術成績、第二位の人物を。
「あの不登校の!」
「そ。不登校の引きこもりだ」
寮長はつま先を階段の方へ向けた。
「いい加減、このままにもしておけないな。妹の部屋に行ってくる」
僕は「寮長」と言って引きとめる。
「僕もついて行っていいですか? クラスメイトとして、放っておけません」
アルマ=カードニック。あのヒマリを抑えての第二位だ。相当な腕の魔術師だろう。
近い内に始まる “クラス対抗戦”は名前からしてクラス間の戦いだ。個人ではなく、クラス単位の争いになるはず。アルマが使える駒なら、部屋から引っ張り出したい。
寮長は含みのある笑みをして、頷いた。
「いいぞ。ついて来い」




