第三十八話 進み続ける者
ダーツ城の廊下を歩いて行く。
左手にはジュエリーケース。“進軍せし者”の紋章石が入ったケースだ。
紋章石……どう使うかは僕次第か。
「……」
正面の角から、1人の男が出てきた。
知っている人物と似た雰囲気を持っていたから、つい観察するように見てしまった。
金髪、目は青い。制服を着ているから間違いなく生徒、それも僕と同年代ほどだろう。
教師なら挨拶するが、生徒相手なら挨拶することもない。無言ですれ違う。
「おや、君は“白虎組”の生徒かな?」
廊下には2人しかいない。ということは、僕に話しかけているということ。僕の背中の白い虎を見て、僕が“白虎組”だとわかったのだろう。
僕は後ろを見る。男子生徒はこっちを見ず、言葉だけを僕に向けていた。
「ハルマン副校長のクラスの生徒だろう」
彼の背中には朱色の鳥が描かれている。
あの絵のクラスは確か――“朱雀組”だ。
「校長室から歩いて来たということは、君も先の戦いでなにか戦果を残し校長先生に呼ばれたわけだ」
「……君は誰?」
「ヨハン=テイラー。“朱雀組”クラスリーダーにして、今年の特待生の1人だ」
特待生、僕と同じ……。
「そうだ、特待生と言えば……知っているかな? 特待生は毎年3人居るんだ。だけど私達の学年で判明している特待生は2人しか居ない。1人は私、そしてもう1人は“青龍組”のフランツ。はたして最後の1人は誰なのだろうか。私は気になって仕方がない」
「そっか。頑張って探すといいよ」
関わるのも時間の無駄かと思い、適当に切り上げようとするも、ヨハンは口を止めない。
「私の予想だと、最後の1人は“白虎組”に居る」
「理由は?」
「副校長が担任だからだ。特待生が所属している“朱雀組”も“青龍組”も、担任は副校長だからね」
そういえばハルマン副校長が言っていたな、今年は副校長が特待生を自分のクラスに入れていると。この男の考えは合っているわけだ。
「……もしかして、君だったりするのかな?」
ヨハンは首を回し、右目で僕を見る。
僕はヨハンの疑惑の目線を笑って流す。
「僕が特待生なわけがない。だって僕は“白虎組”で最下位の成績だよ」
嘘と事実を混ぜて口にする。
「君には心当たりがいないのか?」
「“白虎組”を探りたいなら、ラントに聞いたらどう? 血縁者でしょ」
ラントと同じ髪色と目の色とファミリーネーム。
顔つきも、ラントに似ている。ラントよりも色素の薄い肌で、顔も整っているけどな。
「……あんな愚弟とはとっくに縁が切れている」
こっちが兄か。
兄弟仲は悪そうだな。まぁ、明らかにラントとは噛み合わせの悪そうな雰囲気だ。
「まぁいい、焦る話でもない。クラス対抗戦が始まれば自ずと正体を現すだろう」
ヨハンは歩を刻み始めた。
クラス対抗戦? なんだそれは。初耳だ。
「また会おう。シャルル=アンリ・サンソン」
僕はダーツ城の外へ向けて10歩歩いた後、違和感に気づいた。
――奴め、なぜ僕の名前を知っている?
僕はまだ奴に名乗っていなかったはずだ。
振り返るも、もうヨハンの姿はなかった。
特待生、クラスリーダー、しかもこのタイミングで校長に呼ばれるということはガラドゥーンが起こした動乱において何かしら功績を残したということ。纏っている威圧感も同い年のモノとは思えなかった。間違いなく、相当な実力者。
ヨハン=テイラー……覚えておこう。
◆
帰り道。多くの破壊の跡が目に入った。ガラドゥーンの放った魔物の仕業だろう。
その修理に教師生徒問わず、多くの魔術師が動員されていた。
この規模から見るにガラドゥーンはかなりの数の魔獣を召喚していたようだ。もしも魔獣を僕との戦いのみに集中していたなら勝負の結末は変わっていたかもしれない。
破壊の跡を見る度、それを直そうとする人を見る度、罪悪感が胸に刻まれる。自分の愚かな行動に怒りが湧いてくる。
最善の手を取っていれば、これだけの人の手を煩わせることもなかった。そんな思いを抱きながら寮への坂を歩く。
今宵は寒い。風がよく吹いていて、冷たい風に体と心の温度が奪われていく。
寮に帰ると、もう時間は22時を回っていた。
談話室は灯りが付いていて、なにやら賑わっていた。
「よーし! お前ら! メシ食って力付けろ! 手分けして学園島の修理に当たれ!」
『おお!!』
寮長の号令でおでんを食べる“月光寮”の寮生たち。
おでんを口に目一杯詰めて、寮生たちは談話室から外へ出て行く。
「リゼット! おれとお前は東側行くぞ! あっちが被害やばそうだ!」
「飛竜で向かおう! そっちのが早い!」
リゼット先輩とアフロン先輩は僕に気づかず、忙しそうに飛竜小屋に走っていった。
遅れて談話室から出てきたのは同じクラスのカレンだ。カレンは僕を見つけると、一瞬驚いたような顔したが、すぐさまいつものクールな顔つきに戻した。
「大丈夫?」
心配そうな声で、カレンは聞いてくる。
「大丈夫だよ」
「……そっか。ならいいや」
カレンは僕から視線を外して、緩やかな足取りで坂の下へ向かった。
談話室にはもう寮長しか残っていない。談話室に入ると、寮長が話しかけてきた。
「おかえり」
その1言が、なぜかとても嬉しかった。
寮長は僕の肩に手を置いてくる。
「事情はある程度聞いている。お前が色々と頑張ってくれたんだってな」
「寮長……僕は……」
「今日はもう休め。お前、すげー顔青いぞ」
談話室の窓に映った僕は、今にも死にそうな顔をしていた。こんな顔をしていれば『大丈夫?』と問われるわけだ。
思えば体が重い。目は乾ききっていて、瞼がいつもより速いリズムで下りてくる。
それでも――
「僕も手伝います! なにかできることがあれば……」
「お前が倒れたら余計なロスが生まれる。今は病室だって空いていない。最善を選べシャルル。今のお前ができる最善は体を休めることだ」
食い下がろうと思ったが、これ以上寮長に手間をかけさせるのも悪い気がした。
僕はおとなしく引き下がる。
「すみません。休ませていただきます」
「おう! また明日な」
階段を上がり、部屋に入る。
絵画を壁に掛けて、ジュエリーケースを持ち、シャワールーム横の洗面所に行く。
洗面所の鏡の前で、僕はケースを開けて紋章石を右手に握った。
紋章石を飲んで、ケノス教徒を抹殺する道へ行くか、
紋章石を飲んで、死刑を殺すための道へ行くか、
それとも、紋章石を飲まず、売り払い、のどかで安定した道へ行くか。
「……くそ」
なにを、なにを悩んでいるんだ。
僕は……僕は……!
『シャルル』
声が聞こえた。
彼女の声だ。
「アン、リ……?」
顔を上げて鏡を見ると、僕の背後からアンリが抱きしめてきた。
『ごめんね、シャルル。私が君を解放するって言ったのに、逆に私が君を縛っちゃったね……』
幻覚だ。幻覚に決まっている。
彼女はもう死んでいるのだ。
『いいんだよ、シャルル。もう頑張らなくていいんだよ。君は、君の幸せのために生きていいんだよ……』
これは幻覚。
僕が作り出した偶像だ。
僕の本音と言ってもいいかもしれない。
僕は、願っているのか。のどかな場所で、何者にも縛られない人生を。
「……教えてくれアンリ。なにが正解なのかがわからないんだ。ケノス教徒を殺せばいいのか、死刑を殺せばいいのか、ただ自由に生きればいいのか。僕にとっての幸せは何なのか、わからないんだ」
この世で一番嫌いな相手は自分だと答える人間は少なくないと思う。
でも僕ほど……僕ほど自己嫌悪を抱いている人間はそう居ないだろう。
嫌になる。
優柔不断な自分が、答えを出せない自分が、嫌になる。
結局僕はまた、誰かに答えを出してもらおうとしている。
『新しく好きな人を見つけて、その人と一緒になって、静かな場所で笑って生きればいいんだよ』
わかっているさ。彼女に聞けばそう返ってくると。
唇を噛みしめ、甘ったれた意識を覚醒させる。
――『僕は、死刑を殺す力が欲しい』
迷うな。あの雪空の下で誓っただろう。
僕は死刑を殺す。
そのために、この価値の無い命に火を灯したんだ。
君は止めるかもしれない。そんなこと忘れて、自分のために生きろと言うかもしれない。
でもね、アンリ。
これが一番、僕のための道なんだ。例え楽しくなくても、幸せでもなくても、僕が一番胸張って歩ける道は、この道なんだ。
「迷うな……迷うな!」
――僕は紋章石を口に入れ、飲み込んだ。
「うぐっ!?」
喉を通り、そのまま胃に落ちることはなく、紋章石は胸のあたりで炸裂した。
「が――!!?」
右眉の上、額が焼き切れるほどに熱い。
耐え切れず、膝をつく。全身を燃え盛る縄で縛られているようだ。
痛みは数秒で去った。
体に漲るパワー……ついさっきまでの自分の体と、今の自分の体は別物だとわかる。
前髪を上げて、自分の右眉の上を鏡に映す。
そこには剣を模した紋章があった。
成功、だろうな。
これでもう、戻る道はなくなった。
迷いはない。僕は死刑を殺す。絶対に今日のような間違いは起こさない。
憎しみを捨てろとは言わない。殺意を捨てるんだ。僕はもう誰も殺したくはない。僕が殺したいのはただ1つ、そうだろう。
「死による断罪はない。どれだけの人間に否定されようとも――」
この道を――僕は、
「進み続けてやる……!」
鏡に映る“進軍せし者”の紋章に、そう誓った。




