第三十五話 虎空真月
迷いが消えたら体は軽くなった。
僕は大剣を地面に突き刺し、大剣の半分を地面に埋めた後に詠唱する。
「罪深き魂に、無慈悲の洗礼を。罪なき魂に、無為なる祝福を」
両手で大剣の柄を握り、魔力を込める。
「洗礼術【テロスバプティスマ】」
左腕前腕で大剣の剣肌を擦る。
擦った跡には魔導印が刻み込まれ、赤色の亀裂が走り白光の膜が張られる。
大剣を地面から、鞘から剣を抜くように引っこ抜き、両手で構える。
「美しい……!」
ガラドゥーンは僕の大剣を見て両手を合わせ、拍手する。
「君ほどの洗礼術の使い手は世界を見渡しても3人と居ないだろう」
ガラドゥーンは指を鳴らした。
「【フォーフゲルト】」
ガラドゥーンは詠唱する。大きな魔力が動いたのを感じた。
しかし、魔獣は召喚されていない。
――ゴォオン!!!
なんだ? 地鳴りが響いて地面が揺れたぞ。
「学園エリア、居住地エリア、商業エリア。各地に設置した私の折り紙から、魔獣を発生させた。今頃、阿鼻叫喚になっているだろう。他の魔術師たちはそちらの処理で動けまい。この自然エリアで多少の魔術反応があっても誰も来ないということだ。
――正々堂々、一対一で戦おう」
「好都合だな。――お前は誰にも譲らん。僕の手で処刑する」
「いいだろう! それでこそだ! 君の人生に終止符を打ってやる!! 【フォーフゲルト】ッ!!」
ガラドゥーンは蛇の形をした折り紙を十数枚ばら撒き、魔獣に変化させる。どいつもこいつも邪気を孕んでいる。気迫で言えば、遺跡エリアで会ったトロールに匹敵する。
「ケルヌンノス様の力で私の魔力は強化されている。以前の教務室で出した魔獣とはレベルが違うぞ」
向かってくる大蛇。
僕の首を狙っているようだ。
「――失せろ」
大剣を横に薙ぎ、魔獣たちを一刀両断。蛇は灼け死んだ。
無言で驚くガラドゥーンに、僕は笑いかける。
「……レベルの違いとやら、僕にはよくわからないな」
真っすぐと踏み込む。
「【フォーフゲルト】!」
二足歩行の象が召喚された。人間と象を足して2で割ったような歪な魔獣。
軽く大剣を振り上げ、一刀両断。さらに踏み込む。
「これほどとは……!」
距離2メートル。
間合いは詰まった!
「【ドゥナー】ッ!!!」
「くっ!?」
ガラドゥーンは杖から雷を発し、大剣を持つ僕の手に雷撃を浴びせた。
手が痺れ、大剣が落ちる。
「私の武器は召喚魔術だけではない」
魔獣が駄目なら基礎魔術で迎撃か。魔術実習を担当していただけあって手広く色々な魔術を使える。強いな。だが――
「私の手札を見誤ったな。執行に――がはっ!?」
右足をガラドゥーンの腹部にめり込ませ、両手の痺れが回復したあとは拳を握って連打を浴びせる。
「ぐ、か、ぁはっ!?」
まずは肺、次に喉を殴り潰す。これで詠唱はできない。
「撲殺刑だ……!」
思わず、笑いがこぼれた。
奴を殴る度、僕の精神は歓喜の声を上げる。
これが復讐の味なのだろう。
認めたくはないが――
「クセになる」
――骨一本残さず砕いてやる……!
「【フォーフゲルト】!!」
「なに!?」
マントの中から多腕のトロールが飛び出て質量で僕を押し返した。ガラドゥーンもトロールに押され、吹き飛んだ。
――どういうことだ?
ガラドゥーンの喉も肺も回復している。僕が与えた傷も、トロールが与えたダメージも消えている。そうか、これがケルヌンノスの紋章の力か。
僕は飛ばされながら大剣を拾う。両手で大剣を握り、トロールの右足首を切断、足首を失って落ちて来た腰を斬り、最後に首を斬り飛ばす。
死刑執行人が洗礼術を覚えさせられる真の理由を体で理解できた。
アランロゴス校長の言う通り、奴のような邪教徒はただの剣じゃ殺すことは不可能だろう。奴のように再生能力の高い存在を一息で処刑すには洗礼術が必須だ。
あぁ、どうでもいい。どうでもいいことだ。こんなどうでもいいことに思考を割くな。奴を殺すだけに集中しろ。対象の命を効率的に、素早く断つことのみに集中しろ。そう、処刑台の上に居る時のように――死刑執行人で在る時のように……!!
「馬鹿な、私のしもべがまるで歯が立たん……! これが君の本気か! 執行人ッ!!」
トロールの屍を越え、奴を視界に捉える。
「ならば!!」
ガラドゥーンは背を向け、全力で逃走していた。
「……あの再生力は驚異的だ。一息で急所を潰す。やはり狙い目は――首だな」
折り紙がばら撒かれ、魔獣となって迫りくる。
魔獣の攻撃はフットワークで躱しスルー。ガラドゥーンを追う。
“フォーフゲルト”は魔獣を召喚する術だ。紙の形で召喚獣の形を変えていると見て間違いない。同じ鉄を加工したものでも、槌と剣とじゃ魔術の発動形が変わるように、紙の形が変わると召喚できる魔獣の形が変わるのだろう。
強い能力だ。洗礼術という、天敵が相手じゃ無ければな……!
「奴め……商業エリアに戻るつもりか?」
遺跡エリアの南が自然エリア、そのさらに南には商業エリアがある。奴が向かってるのはそこだ。
妨害用に繰り出される魔獣を倒していくと、大橋へたどり着いた。
大橋の先には多数の人間とガラドゥーンが召喚した魔獣が入り混じっている。
「ちっ!」
奴の姿が無い。
変装魔術で紛れたか。同じような体格の人間が多くて絞り込めない。人ごみに紛れて不意打ちするつもりか。
人が多すぎる。邪魔だな。まぁいいさ。
どこに隠れようが逃がしはしない。
僕は目に入った時計塔の壁を駆けあがり、中腹部分の壁に大剣を突き刺し、大剣の上に飛び移る。
腰紐に差してある黒の杖、以前休日に買ったダルフネスを手に取る。
『その杖なら君の洗礼術にも、1発ぐらいなら耐えられる』
その言葉、信じますよ。ハルマン副校長。
「【テロスバプティスマ】」
杖に魔導印が刻まれる。杖は消失することなく残っている。
杖を振り、人だかりに向ける。
杖の先から洗礼の光が飛び出し、無数の光の矢となって人だかり・魔獣の群れに降り注いだ。
光に撃たれた人間は一瞬驚くものの、すぐに体にダメージがないことに気づき、安堵する。
「なにこれ!? 魔術!?」
「でも、当たっても、いたくねぇぞ?」
当然だ。
洗礼術は邪悪なる者にしか効かない退魔の力。魔獣は溶けるが善良な一般人に害はない。
だがお前はどうだガラドゥーン。邪教徒たるお前は、いくら一般人に化けようとも洗礼術の対象だ。
――中肉高身長の商人のような恰好をしている男性が、体から煙を上げた。
これが俗にいう、炙り出しというやつだな。
「バーサーカーめ……!」
体を洗礼の光に焼かれ、ガラドゥーンは跪いていた。
体の半分に商人の幻影がある。幻影は洗礼術に焼かれ消失。ガラドゥーンは睨みつけるように僕を見上げていた。
ガラドゥーンの異常に気付いて周囲の人間が一斉に去っていく。場に残されるは僕とガラドゥーンだけとなった。
「武器種によって魔術の発動形は変わる、でしたよね? あなたが教えてくれたことだ」
「ぬう……!」
「――ありがとう先生、役に立った」
役目を終えたダルフネスは塵となって消えた。
高揚感が体を包む。
待っててくれ、アンリ。
すぐに地獄に落としてやる。君を謀殺した人間を……!
「主よ! 私に勝利の天命をくだされ!!!」
ガラドゥーンは鳥の形をしたサイズの大きな折り紙を空に投げる。
ガラドゥーンの右手にある紋章が、闇の輝きを発する。
「【テロス・フォーフゲルト】!!!」
紫の炎を纏った、巨大な鳥が奴の頭上に展開された。
僕は大剣を壁から引き抜き、地面に飛び降りる。
「我が最強のしもべだ! 焼き消えるがいい……!」
自信満々の奴の顔を、僕は鼻で笑った。
「ふんっ。それが最強か? ――“カミ”のように薄っぺらく見えるぞ……!」
僕は大剣に改めて詠唱を唱える。
「【テロスバプティスマ】。出力調整、七式から三式へ」
弾数を7から3に変更・減少させ、その分出力を上昇させる。
それだけじゃない。斬撃と同時に洗礼の光を飛ばして攻撃範囲を拡張する。
弾数調整。
攻撃範囲の拡張。
どちらも初めてやることだ。
できるか?
できるだろ。
この万能感に身を委ねよう。全て上手くいく……!
「不滅の炎だ! 処刑の刃で刈り取れるかね!?」
「貴様の魂ごと洗い殺してやる……!!!」
巨鳥は口元に巨大なエネルギー体を作り上げ、僕に向ける。
僕は大剣を振り上げ、渾身の力で振り下ろした。
洗礼術“波刑・虎空真月”
「――ッ!!?」
「……っ!!」
洗礼の斬撃と不滅の炎は衝突し、天を白光が照らした。




