第三十二話 レスト
謹慎を命じられた時に、ハルマン副校長にアントワーヌのアリバイについて聞いた。
「君たちが遺跡に入っている頃、アントワーヌは授業をしていた。奴は遺跡に居た魔術師ではない。……早とちりしたな。頭を冷やすいい機会だ。おとなしく寮に籠っていろ」
ハッキリとハルマン副校長は言った。本当に僕の勘違いだったようだ。
次の日、謹慎一日目。
談話室で項垂れていると、機嫌よくアフロン先輩とリゼット先輩が絡んできた。
「いきなり教師をぶん殴るとは、いい度胸してるなぁ!」
アフロン先輩は背中を叩いてくる。
「殴ってませんよ。胸倉を掴んだだけです」
リゼット先輩は僕の肩に肘を乗せ、
「初対面の時はおとなしそうでつまんなそうなやつが来たなー、って思ったけど、まさかオレ達と同じ問題児側だったとはな。気に入った! お前を舎弟にしてやる」
普通、謹慎をくらうような人間は警戒されるはずなんだけど、この2人にはむしろ気に入られてしまった。
「ほれほれ、お前らとっとと学校行け!」
寮長が言うと、リゼット先輩は髪を直しながら、
「寮長は授業出ないんですか?」
「俺は午後からなんだ」
先輩方は談話室を出て校舎へと向かった。
談話室に僕と寮長だけが残る。
寮長は僕の正面の席に座って、三冊の教本を渡してきた。
「これは?」
「ハルマン副校長が朝に来てな、これをお前に渡すように言われた。謹慎中の宿題だ」
三冊とも魔術についての本だ。
僕は本を部屋に持ち帰り、机で読み始めた。
――――――――――
~魔術の使用回数~
魔導具の使用回数は決まっている。例えば火炎魔道具の“フレーミー”は5式、5回使えば魔導印は消えてしまう。だが、使い慣れた魔術ならば使用回数を多少いじることが可能である。しかし使用回数をいじると一撃一撃の魔術の威力も変わるので注意。回数を増やせば威力は減少し、回数を減らせば威力は上昇する。
~紋章~
魔導印とは無生物に刻むことができ、生物には刻むことができない。だが中には例外もある。それが紋章である。紋章とは生物に刻まれる魔導印のこと。紋章は永劫に消えない魔導印、“エーヴィヒカイト”に分類される。紋章を刻むのに必要なのが“紋章石”である。紋章石は魔術が擦り込まれた自然物である。紋章石を一飲みにすれば紋章石に刻まれた魔術が体に刻まれる。紋章石から得た魔術は無詠唱・無制限(魔力が続く限り)に使うことができる。
紋章には4つの種類がある。
1つ目が“魔眼類”。紋章を瞳に刻み、その紋章を宿した瞳で見た対象に何らかの効果を与えられるようになる紋章。
2つ目が“魔装類”。自身の魔力を別物質に変えられるようになる紋章。例として、自身の魔力を炎や水へ変幻させる紋章がある。
3つ目が“魔脳類”。第六感を芽生えさせる紋章。
4つ目が“ケルヌンノスの紋章”。並み外れた再生力と魔力、身体能力を与える。ケルヌンノスの紋章石は自然物ではなく、人工的に作ることができる。
~レスト(媒体限界突破現象)~
レストとは器が魔導印に耐え切れず、器が塵となって消失する現象の名前である。魔導印と器には相性があり、相性の合わない器に魔導印をぶつけると器は消えてしまう。自分が扱う魔術に対して、レストする器とレストしない器を把握しておくことが大切である。
――――――――――
「駄目だ……」
頭に入らない。どうしても奴のくすんだ緑の瞳が頭に浮かぶ。
僕は宿題を開いたまま放置し、ベッドに飛び込んだ。
「……なんだ?」
なにかが頭に引っかかる。
引っかかったのはレスト(媒体限界突破現象)の項目だ。
「器が耐え切れない時、器は塵となって消える……」
なにか、とてつもない違和感を今、感じた。
「……っ!?」
頭の中に、とある日の一場面が横切った。
「そうだ、あの時、器は塵になっていない……!」
体を起こし、顎に手を当て考える。
僕は机の上にある羽ペンを手に、呪文を口にする。
「【テロスバプティスマ】」
羽ペンに魔導印が刻まれると、羽ペンは塵になって消えた。
教本に嘘はない。やはり、器が魔導印に耐え切れない時、器は塵になって消えるのだ。
ならば、どうしてあの時、僕の杖は――
「――」
奇跡でも起きなければ、僕がこの学園島の中から緑眼の男を探すのは不可能だ。
でも奇跡は起きた。いや、奇跡は起きていた。
気づいたらもう、動いていた。全身に負の感情が迸っていた。どす黒い復讐心が迸っていた。
僕は大剣の入った結界を持って、寮を出た。
◆
「終わりだな、執行人」
寮から出て、坂の上を歩いていたら、なにもない場所からアントワーヌの声が聞こえた。透明化の魔術を使っているのだろう。
「休みを取って、張り込みをしていてよかったよ」
アントワーヌは魔術を解き、姿を現す。
「謹慎を破ってどこへ行く? いいや! どこに行こうが関係ない! 謹慎命令を無視すれば即退学、これは絶対のルールだ。貴様はこれを破った。もう、おしまいだ!!」
僕は顔を上げて、アントワーヌの目を見る。
「……暇な男だな」
「ひぃ!?」
アントワーヌは僕の目を見て、肩を震わせた。アントワーヌはすぐさま杖を手に取った。杖を持つ手は震えている。
「ななな、なんだ!? なんだその目は!!?」
アントワーヌは顔全体に汗を巡らせる。
僕の心はいま、処刑人の頃に戻っていた。だから、きっと今の僕の顔は――あの死神の顔になっていることだろう。
人の命を奪うことに慣れた、クソッタレの顔だ。
「――アントワーヌ。明日以降、どれだけ僕を邪魔しようと構わない」
抑揚のない、淡々とした声で言葉を並べる。
「だけどもし、いま、僕の邪魔をするなら――」
最後に怒気を孕んで言い放つ。
「殺すぞ」
アントワーヌは手から杖を滑り落とし、膝から力を抜いてその場に跪いた。
アントワーヌの顔は、僕に屈服した時のブラックリザードと同じ表情をしていた。




