第三十一話 はじめての日曜日 その3
最後に足を運んだのはアイスクリームショップ、ラントの提案だ。
大行列だ。待ち時間30分はありそうだ。
「しゃあねぇな。ここは俺が並んでおくから、お前らベンチで待っとけ」
「ありがとうラント。荷物ちょうだい、運んでおくよ」
僕とヒマリ、2人でベンチに座る。
ヒマリはわざわざ距離を取って座った。密な関係だと思われるのを嫌がったのだろう。
「……」
「……」
沈黙。
ラントが居なくなった途端、急に気まずくなった。
ヒマリはもじもじとしている。こっちを見ては、すぐに目を逸らすを繰り返した。
「どうしたのヒマリ? さっきから様子が変だよ」
「いえ、そのっ……貴方には一度、きちんと言うべきだと思って」
「なにを?」
ヒマリは深呼吸をして、僕の方を見る。
「……ありがとう」
驚いた。
彼女の口からその言葉が出るとは思わなかった。
「貴方が居なければ、私はトロールに襲われて死んでいた。か、感謝して、あげる」
歯切れ悪くヒマリは言う。
入学前、雪道で彼女に会った時のことを考えると、信じられない光景だ。
人を変える大きな要因の1つ、それが罪悪感だ。自分を庇って、大怪我を負った僕に対し、彼女は大きな罪悪感を負った。その罪悪感が、彼女の頭を下げさせたのだ。
「それでね、お願いがあるの……」
「お願い?」
「その、私が……泣いていたことは黙っていてくれないかしら」
目の前で人が死に、あんな巨大なモンスターと対面したら、泣いて震えても恥ではないと思うけどな。
まぁ、ヒマリはプライドの高い女性だ。どんな状況であれ、恐怖からの号泣は恥ずべきことなのだろう。
「わかった。誰にも言わない。でもそんなに恥じることでもないと思うけどね。あんな状況に晒されたら誰だって泣きたくなるさ」
「そう? 貴方は冷静だったじゃない」
ヒマリは訝し気に僕を見る。
「目前で人が死ねば、誰だって動揺するはず。なのに貴方は冷静だったわ」
人の死体は見慣れている。
なんて言えるわけもないか。
「それに貴方……トロールと戦った時、肉体強化の魔術使ってなかったでしょ」
あ。と声が漏れそうになった。
あの時はそんなところまで気が回らなかった。真似事だけでもするべきだったな。
「あんな化物が相手でも貴方の精神は一切揺らいではいなかった。そして、魔術抜きであの身体能力、普通じゃない。貴方は一体……何者なの? この学園に来る前は一体なにをしていたの?」
「何者って……他の人とそう変わったことはないよ。少しだけ身体能力が高いだけ。あと、僕があの状況で冷静だったことに深い理由はないよ」
「なんですって?」
「僕はさ、君たちよりも自分の命に執着が無いんだよ。死の危険に恐怖するほどの価値が僕の命には無いんだ。ただ……それだけのことだよ」
夢を叶えるためには死んではダメだ。そう思いつつも、僕はやはり、自分の命を大切にはできない。なぜなら僕は、アンリの仇の1人だから。
アンリの仇は3つの存在だと僕は考えているのだ。
1つは死刑。
2つ目はケノス教。
そして3つ目は僕だ。
自分の命に、値打ちを感じない。彼女を殺した存在に価値を感じない。
僕は自分の命を簡単に捨てられるだろう。
ヒマリはそんな僕を少し怒ったような顔で見ていた。
「『己の命を大切にする』。それは人として最低限守るべきマナーよ」
声にも怒りがにじみ出ていた。
ヒマリにとって、なにか癪に障ることを言ってしまったのかもしれない。
「アイス買ってきたぜ!」
ラントがコーンに入ったアイスクリームを3個持ってきた。
ヒマリはアイスクリームを見て溜息をつく。
「どうしてスプーンが無いの?」
「かぶりつけばいいだろ」
「はぁ、これだから下民は。貴方達はともかく、この私に大口開けて頬張れと言うの?」
「別にいいだろうがよ!」
「今すぐにスプーンを持ってきなさい」
「けっ! 自分で行きやがれ」
「いいよ、僕もらってくる」
ガミガミといつも通りの口喧嘩を始める2人を尻目に、僕はアイスクリームショップへ歩いていく。すると、正面から見慣れた男が歩いてきた。
(アントワーヌ……!)
アントワーヌは僕を見ると顔をしかめ、“止まれ”と言わんばかりに進路を塞いできた。
「遺跡エリアに侵入したそうだな!」
「……はい」
「運よく不問になったそうだが、本来ならば退学処分になる重罪だ。下劣な執行人め! ハルマンに色目でも使ったんじゃないのか!?」
敵意剥き出しだな……騎乗訓練の一件で顕著になっている。
「“ランヴェルグ監獄”の一件も、もしかしたらお前がやったんじゃないのか? アンリ=サンソンを篭絡して、うまく罪を被せたのではないのか!?」
カチッ。と頭の中でなにかか噛み合った。
――ランヴェルグ出身。
――中肉高身長。
――男性。
ミルク売りの男、ベレー帽の男、遺跡に居た魔術師。どれも体格までは大きく異なることはなかった。体格までは変装術でいじれないのだろう。
アントワーヌは奴と、同じ体格をしている。奴の影が重なる。
しかも、コイツの瞳の色は――
「む? なんだ、ジロジロと……!」
緑色だ。
僕の心臓から頭に血が急激に送られる。
僕はさらに、奴の右手に視線を落とした。
――奴の右手には、包帯が巻かれていた。
あの日、遺跡で、緑眼の男は結界に右手を焼かれていた。ともすれば……!
「アントワーヌ」
怒りのまま、右手を出し、アントワーヌの胸倉を掴み上げた。
「がっ!!?」
「お前か! お前がやったのかアントワーヌ!! お前が遺跡に居た魔術師――〈ランヴェルグ〉の悲劇を起こしたのはお前か!!」
思えばコイツの僕への嫌い方は異常だった。
洗礼術を使える僕を、天敵である僕をどうしても排除したかった。そう考えればしっくりくる。
今日、偶然にも僕ら3人の近くに居たのも奇妙だ。遺跡で会った僕達が自分の正体に気づいたのか、たしかめに来たと考えれば――
「な、なんの話だッ!!」
広場は騒然とした。
当然だ、生徒が教師の胸倉を掴み上げ、宙に浮かせているのだから。
「なにやってんだシャルル!?」
「やめなさい! 相手は教師よ!」
後ろからヒマリとラントが掴みかかってくる。
それでも僕は、右腕の力を抜かず、アントワーヌを吊るす。
「こ、コイツ、ビクともしねぇ……!」
「なんて力……!?」
僕はアントワーヌの怯え切った瞳を見て、力を抜いた。
コイツの瞳の色はたしかに緑。だが、鮮やかだ。くすんでいない。
僕は左手で奴の手の包帯を破る。
奴の右手に火傷跡はなかった。すりむいたような傷があるだけだ。当然、ケルヌンノスの紋章もない。
「この傷は……」
「今朝、転んで出来た傷だ!」
そもそも、あんなわかりやすい火傷跡を残すはずがないか。
ケルヌンノスの紋章には回復能力があるという話だ。あの程度の火傷、すぐに治せるはず。瞳の色なんて魔術を使わずとも変える方法はあるだろう。瞳の色や傷で判別すること自体間違っていた。
アントワーヌからは圧力を感じない。あの蛇のように巻き付いてくる圧力を。
本能的にわかってしまった。
――コイツじゃない。
「放せ!」
アントワーヌは僕の手を振り払い、3メートルほど距離を取った。
顔から怯えが消え、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
「は、はは――! やったなシャルル! 教員に対する暴力行為だ! これだけの目撃者がいる、言い逃れはできん! 発言から察するに、お前はボクを遺跡に居た魔術師だと思ったのだろう、だがそれは誤りだ。君たちが遺跡に迷い込んでいる時間帯、ボクは授業を行っていた。れっきとしたアリバイがあるのだ!」
「なに……?」
「処分を楽しみにしておきたまえ」
高笑いして、アントワーヌは去っていった。
その次の日、僕は1週間の謹慎をハルマン副校長より命じられた。




