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首斬り特待生  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
序章 死刑執行人シャルル

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第二話 絵の中の世界

 地図に(しる)された会場の場所に到着して、目を疑った。

 そこにあったのはレンガの壁と、壁に飾られた一枚の絵画のみ。絵画に描かれるは真っ白な雪原を背景にした城だ。


「ここだよな……あれ、でも試験会場なんてどこにも……」


 場所を間違えたのか。

 仕方ない、街の人に地図を見せてみよう。そう思って引き返そうとすると、


「ほ、本当に鞄に入れて持ってきたはずなんです!」


 声が聞こえた。女性の声、さっき僕にぶつかってきた女性の声だ。

 不思議なのは、声が聞こえた場所だ。気のせいじゃ無ければ、絵の中から声が聞こえた。


「どういうことだ?」


 絵を覗き込むように見る。すると、絵に描かれた城門の前に、人影が2つ見えた。

 人影は真っ黒で、よく見えない。


「そう言われてもね……受験票がないと試験を受けさせるわけには……」


 また聞こえた。間違いない。絵の中から聞こえた!


「一体どうなって――」


 僕は絵に手を伸ばす。右手が絵にぶつかると、体から重さが消えた。


「え、うわぁ!?」


 絵の中に、体が吸い込まれた。

 恐れから閉じた瞼をパチパチと開くと、絵に描かれていたものと同じ城が、目の前にあった。

 後ろを振り返るとまたレンガの壁と壁に貼り付けられた絵がある。だが絵はさっきのものと違い、街はずれのゴミ捨て場が描かれている。


 そのゴミ捨て場はさっきまで僕の後ろにあったものだ。


「魔術……なのか。もしかしてここは、さっきの絵の中の世界?」


 改めて城を見る。

 雪に彩られた巨大な城は幻想的な美しさを纏っていた。建物に圧倒されるのは初めての経験だった。

 ここが試験会場……さ、さすが魔術師の学校、試験会場からして常識外れだ。

 門の前で口論する2人を見つける。

 片方はマントを着た大人の女性。恐らく魔術学園の試験官だろう。なぜか頭上に鼠を乗せている。

 もう片方は少女だ。あの気の強そうな突っ張った眉毛、間違いない。さっき僕にぶつかってきたヒマリ=ランファー様だ。


「すみません」


 僕は2人の話に割り込む。ヒマリはこっちを睨みつけ、


「ちょっと! いま私が話してるの! 横入りしないで――あなた、さっきぶつかってきた下民……」


 ぶつかってきたのはお前だ。


「これ、落とし物です」


 ヒマリは受験票を見て、「え!?」と声を跳ねらせた。


「私の受験票!? そっか、さっきあなたにぶつかったせいで落としたのね! 返しなさい!」


 ヒマリは僕の手から受験票と封筒を奪い取った。


「これで大丈夫ですよね?」

「あ、うん。入っていいよ」


 一切の感謝の言葉もなく、ヒマリは城の中に入っていった。試験官から同情の視線を送られる。

 クソ、持ってくるんじゃなかった。


「君も受験生?」


 首を横に振る。


「違います。ただ落とし物を届けに来ただけです」

「そうなの? でも魔術師だよね? ここは魔術が使えない者は入れない結界だよ」


 結界――この隔離空間は結界と呼ぶのか。


「一つだけ魔術が使えます。でも魔術師ではありません」


 サンソン家の死刑執行人に代々伝えられる秘術がある。それは一応、魔術と呼べるのだが、だからと言って僕が魔術師かと問われると違うと感じる。


「魔術が使えるなら魔術師じゃないのかな。どっちにせよ、受験生じゃないみたいだね」


 ずず、と試験官の人は鼻をすすった。


「ううっ、寒いよぉ……なんでわざわざ結界内の設定を冬にするかなぁ。()()()()()()()は……」


 ハルマン副校長という名には覚えがある。さっきの手紙にその名があった。

 ハルマン副校長とやらに恨み言を吐き、試験官の女性は頭に乗せた鼠を手のひらに移した。


「【ティアクライス・シャーフ】」


 試験官の女性が呪文と思しき文言を並べると、鼠を中心に閃光が走った。閃光に瞳孔を刺激され、瞬きすると、鼠が変化しモコモコの毛並みを羽織った羊が目の前に居た。女性は羊に抱き着き、ぬくもりを噛みしめている。


「ね、鼠が羊になった……!」

「あったかーい!」


 これも魔術。動物を別の動物に変える魔術か。これ以上、この不思議空間にいると頭がおかしくなりそうだ。心なしかクラクラしてきた。


「気を付けて帰ってね。今日は冷え冷えだから~」


 笑顔を作って女性は言ってくる。


「はい。では、失礼します」


 踵を返し、来た道を戻ろうとする。

 その時――


「あ、れ?」


 視界が真っ白になった。

 顔全体が冷たいのに、頭の中は熱い。


「ちょ、君! 大丈夫!?」


 どうやら転んでしまったようだ。

 あれ、おかしいな。起き上がろうにも力が入らない。

 駄目だ、意識が……目の前が、今度は真っ暗に――



 ◆



 目が覚めると、白い天井があった。

 体を包む感触で、自分がベッドの上に居ることはわかった。


「目が覚めたのね」


 艶やかなお姉さんの声が聞こえた。

 声の方を向くと、白衣を着た女性が立っていた。

 声の印象とは真逆の、ちびっこい女性だ。幼女と呼ぶべきか、少女と呼ぶべきか、悩むぐらいの低身長童顔の女性である。


 顔はやつれていて、目元には隈がある。

 気だるそうに彼女は歩み寄ってくる。


「もう起きれるでしょ? ていうか起きてね。邪魔だから。部外者に()くスペースはないの。言ってる意味わかるかしら。早くベッドをあけてくれる?」


 雪の上に倒れて、さっきの試験官に医務室に運ばれたのだろう。

 僕は受験生じゃないから、部外者である。だとしても、もう少し優しい言葉をかけてほしいものだ。

 ダボダボの白衣のポケットに手を突っ込み、彼女は小さく微笑む。


「なんてね。冗談よ。熱が引くまでのんびりしていきなさい」

「あなたは……?」

「私は〈ユンフェルノダーツ〉の保健医よ」


 僕はベッドから降りて、壁に掛けてあるコートを着る。


「耳が悪いの? 私は熱が引くまでおとなしくしていなさいと言ったんだけど」

「あ、いえ。もう大丈夫です。熱は引いたと思います」


 包帯でグルグル巻きにされた大剣を拾い、左肩の上と右わき下から包帯を通して胸元で結ぶ。


「そんなわけないでしょ。さっきまで凄い高熱で……」


 保健医は僕の血色のいい顔を見て、言葉を止める。

 保健医は木椅子に乗って、背伸びし、僕の額に右手を当てた。


「ホントだ……平熱になってる」


 寒空の下、調教されることは珍しくなかった。そうなれば、当然風邪を引く。

 風邪を引いたとして、ご主人様が病院に連れて行ってくれるわけもない。だから自分で治すしかなかった。薬を手に入れる金は無かったから根性療法だ。度重なる風邪を乗り越えた僕の自然回復力は相当なモノだと自負している。風邪を引きやすい体質は変わらなかったけど。


「お世話になりました。失礼します」

「そうね。その調子なら大丈夫だと思うけど、おかしい。さっきまで本当に高熱だったのに」


 これ以上迷惑はかけまいと、医務室から出る。

 広い通路、道は右と左の2通り。どっちが出口への道かわからない。

 開けたドアを閉めず、医務室に戻る。


「すみません、出口は右と左、どちらでしょうか?」

「出口? あぁ、それなら右を行って――」


 保健医はクスっと笑う。


「……左よ。左にまっすぐ行って、突き当りを右」


 なんだろう。

 含みのある笑い方だったな。


「わかりました。ありがとうございました」


 言われた通り左に行って、突き当りを右に行く。

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