第二十八話 追憶 その4
13歳の春。“ランヴェルグ監獄襲撃事件”が発生する。
それから1週間、街は地獄と化した。
とある貴族が徒党を組み、街を歩いて会う人会う人に身分を問う。貴族が怪しいと判断したら即虐殺。憲兵たちは襲撃事件の責任の所在でもめて、彼らの暴挙を止められなかった。
この期間、僕に仕事はなかった。当然と言えば当然だ。僕が殺すべき対象、死刑囚は脱走していなくなってしまったのだから。僕にとっては楽な1週間だったかもしれない。
「ねぇシャルル。どうやったら虐殺を止められるかな?」
ある日、小屋の中で、アンリは聞いてきた。
「なにか方法はないのかな?」
アンリは心優しい女の子だった。
僕は彼女ほどの善人を知らなかった。善人である彼女は、街の現状に心を痛めていた。
「ないよ。君にできることは家でおとなしくしていることだけだ」
僕は知らない何百の命より、彼女一人の命が大切だった。だから、彼女にはとにかく家でじっとしているように言った。
――けれど。
◆
僕にとっての地獄は、事件が起きてから2週間後に始まる。
ある日の朝、僕が小屋を出ると、大人たちが僕を取り囲んだ。
「捕まえろ! コイツが襲撃事件の主犯だ!」
「……え??」
わけがわからないまま、僕は3人の大人に組み伏せられた。
抵抗はしなかった。抵抗すれば、余計に話がこじれると思ったからだ。
「名も無き奴隷! お前だな、死刑囚を逃がしたのは!!」
集団のリーダーと思しき男が声を大にして言う。
「違います! 僕はそんなことしていない!」
「死刑囚がいなくなって得をする人物は誰か! それを考えた時、真っ先にお前のことが浮かんだ!!」
「まさか……僕が仕事をしたくないから、死刑囚を逃がしたって言うんですか!」
「そうだ! 疑わしきは罰せよ。多くの命を奪い! 罪人を逃がした咎! お前の大好きな処刑台で清算せよ!!」
僕が反論する暇もなく、罵声が飛んでくる。
「汚らわしい執行人め!」
「人殺し! 殺人鬼!!」
死刑執行人は忌み嫌われる存在。
街の住人にとって僕は殺しても損のない存在。
疑惑が少しでもあるのなら、殺してしまえ。そう考えている。
「連れていけ!」
服を引っ張られ、無理やり立たされる。
僕は半ば、諦めていた。
なにを言ったところで、僕の言葉など、この人たちは聞く気がない。そう、わかっていたから……。
「――待って!」
1人の少女の声が、集団の足を止めた。
少女は、その小さな体で、僕を抱きかかえて大人たちの手から引っ張り出した。
「アン、リ?」
「シャルルは……シャルルはやってません!!」
「証拠はどこにある?」
リーダー格の男がきくと、アンリはこう返した。
「……やったのは私です」
僕は知らなかったんだ。
アンリ=サンソンが、どれだけ、善人なのかを。
「私が、死刑囚を解放しました」
「待て、違う……!」
すぐにわかった。彼女がやろうとしていることに。
「死刑囚を解放して、お前になんの得がある?」
「私はそこに居る彼の恋人です。死刑を行う彼を見ていられなくて、これ以上彼の手を汚さないために私が死刑囚を解放しました」
「違う、違う違う違う違う!! なにを、なにを言ってるんだ君は!!?」
「黙れ!!」
僕は再び組み伏せられた。体の上には大人が3人乗っている。
「――この娘の部屋を漁れ!」
男の指示を聞いて、僕はホッとした。
なぜならあるはずがない。彼女の部屋に、証拠など――
「シャルル。私、わかったんだ」
アンリは振り向いて僕に言った。
「この悲劇を、止める方法を……」
30分が経過した時、ベレー帽を被った男が焼けた文書を持ってやってきた。
「ありました! 監獄にあったとされる、死刑囚の特徴を記した資料です! 大半が焼けていて見えませんが、間違いありません!!」
「そんな……!」
彼女が見つけた虐殺を止める方法。
それは自分で全ての罪を抱えて死ぬことだった。
――彼女は自分で自分の罪をでっちあげたのだ。
「思い出したぞ……貴様、たしかジャン=サンソンの娘だったな? 奴の一族は帝国軍の保護下にあるんだったなぁ。無断で殺すことはできん……ふむ、ならば法の下で正式に裁くとしよう」
リーダー格の男はアンリのへその辺りに指をおき、腹、胸、首と順々になぞっていった。
ゾワゾワと底知れぬ怒りが背筋をなぞる。
「殺さない程度にこの女を痛めつけ、縛り上げろ!!」
大柄な男が彼女の髪を引っ張って、地面に叩きつけた。
大の大人が、何人も彼女に襲い掛かった。彼女の体を、蹴って殴って――
「ああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
頭の中でなにかがはち切れた。
「コイツ!? なんて力だ!!?」
体の上に乗った大人3人を振り払って、僕は彼女を助けに走り出す。
「やめろ――やめろ!! 彼女に触るな!!」
いくら僕の力が強いと言っても、何十人と居る大人に勝てるはずもなく、8人ほど殴打で昏倒させたあと、僕は殴り倒され、雨のように蹴りを浴びせられた。
体に増えていく痣などどうでもよかった。
かすみゆく景色の先で、彼女が連行される姿が見えた。地面に伏せながらも、僕は手を伸ばす。
「……頼む、頼む神様……! 彼女だけは、彼女だけは奪わないでくれ……!」
僕の伸ばした手を、ベレー帽の男が踏みつぶした。
男は――ニタリ顔で僕を見下ろす。その瞳の色は、くすんだ緑だ。
僕は暴力の果てに気絶した。
次に目を覚ました時には、アンリ=サンソンの死刑判決が下されていた。




