第一話 そうだ、自殺しよう
僕の住む街ディストールでは、重罪人は公開処刑することに決まっている。
大衆の面前で罪人の首を斬り落とすことで、罪人を辱めているわけだ。ただ殺すだけではなく、無様に首を転げ落とす姿を晒させることで断罪を終える。一種のショーのようなものだと考えてくれていい。
ハッキリ言って趣味が悪い。
例え罪人だとしても、人が死ぬ姿を見てなにが楽しいというのか。僕には疑問で仕方が無かった。
ま、その悪趣味なショーで処刑人をやっているのは僕なんだけどな。
小屋に一つしかない窓から外を眺める。
こんな悪臭まみれの街にも綺麗な雪が降るもんで、白い雪がよく積もる。
今日で死刑執行人になってから6年が経つか。
彼女をこの手で殺してから――もう半年が過ぎた。
暖房一つない小屋の中、ゴミ捨て場からかき集めた布団で体を包んでいると、重い足音が耳に飛び込んできた。音はどんどん近づいてきて、ドアが勢いよく開かれる。
顔を上げずとも誰が入ってきたかはわかっていた。
「テメェ、いつまで仕事をサボる気だぁ!!」
僕を買ったご主人様だ。ブタのように肥えている。
土の床を踏み鳴らし、ご主人様は近づいてくる。体に刻まれた恐怖が警鐘を鳴らす。
慌てて立ち上がり、背筋をピンと張る。
「ご主人様――」
ご主人様は喉を潰す勢いで僕の胸倉を掴んできた。
「かはっ」
呼吸を一瞬止められた。
ご主人様はそのまま僕を小屋の外へと投げ出した。
飛ばされた後、地面に拳を当て、綺麗に受け身を取る。僕が受け身を取ったのが気に食わなかったのか、ご主人様は立ち上がった僕の腹部を殴ってきた。
「つっ!!」
ご主人様の右拳が僕の腹筋にめり込む。
痛みに悶え、膝を地面に付けると、顔面に蹴りを入れられた。勢いよく体が後ろに折れる。
「いっ!?」
後頭部に激痛が走った。後頭部を雪の塊に打ち付けたようだ。
雪はカチコチに固まっていた。固まった雪は、岩のように硬かった。たんこぶ確定だな。
「死刑囚がもう何十人も溜まってるんだぞ! テメェがやらねぇで誰がやるってんだ!!」
(お前がやればいいだろ……!!)
必死の形相で僕を蹴るこの男はジャン=サンソン。
サンソン家は代々処刑人の家系で、ご主人様も処刑人だったのだが、首斬りの仕事に心が耐え切れず、奴隷である僕を買って以来ずっと僕に死刑執行人をやらせていたのだ。
それで、僕がここ数ヶ月処刑をサボっているから怒っているわけだ。
「申し訳ございません。体調が、悪くて……えへへ」
心の内は包み隠し、いつもの媚びた笑顔を作る。
天然でドジっ子で笑顔が素敵な少年、それが僕の上っ面だ。
声を高くして、笑って、怒鳴り声が止むのを待つ。
ご主人様は舌打ちし、もう2、3発僕を殴ったあとに唾を吐き捨てる。
「明日は絶対に仕事しろよ! もし明日処刑台に来なかったら……真冬の川に投げ捨てるからな!!」
ご主人様は踵を返し、屋敷に戻っていった。
やれやれ、ようやく終わったか。
「……真冬の川は嫌だな」
いよいよ誤魔化せなくなってきた。
もう、処刑人の仕事は嫌だ。だけど、処刑人の仕事をしなくちゃここにはいられない。
覚悟を決めなくてはいけないか。
◆
冬に家出をするのは馬鹿である。
つまり、僕は馬鹿だ。
昔、ご主人様の部屋からくすねたコートを羽織り、いつ買ったか覚えてないパンと処刑に使う大剣を持って、家出してしまった。
金? 当然ないとも。
無一文だ。
包帯でグルグル巻きにして背負ってきた大剣に視線を送る。
護身用に持ってきた大剣だけど、どっかでコイツを売って金にしようか。
たしか聞いた話だと、この処刑用の大剣はそれなりに価値のあるモノらしい。
足の付かないところまで出たら売っぱらってしまおう。
「寒い……」
自分は思慮が深い方だと思う。
そんな僕がこんな無計画に家出をしたのだ。
なにかがおかしい。
「そうか……」
自分の知らない街並みまで出てきて、ようやく気付いた。
――ああ、僕、死にたいんだな……。
思えば希望の無い人生だった。
7歳の時、賭け事に酔った両親に売られた。
8歳になる頃、代々死刑執行人の家系であるサンソン家の当主に買われた。
それから14になるまでに、1000人以上の罪人を裁いた。たった6年の間にこれだけの罪人が出てきた理由は6年前に終結した革命戦争である。現帝国に異議を唱えた革命軍が戦争を起こし、結果、革命軍は敗北。大量の革命家が僕の処刑台に運ばれた。……いい迷惑だ。
ひたすらに大剣を振り下ろし、人の命を奪う日々。
それも、もう終わりだ。
今日で僕の命は終わりを迎えるだろう。
冷えた空気と雪に包まれて、体温を搾り取られて、人形のようになって朽ちていく。
別にいいさ。これで、こんな酷くつまらない世界から解放される。
――バチン!
「きゃ!?」
肩に柔いなにかがぶつかってきた。
振り返ると、僕と同年代ほどの少女が雪の上に尻もちついている。
綺麗な人だ。
吊り気味な薄紫の瞳、
絵の具で描いたような綺麗な赤い長髪は否応にも視線を惹きつける。
身に着けた衣服はどれも煌びやからで、
僕のような奴隷とは、0から100まで違うような高貴な女性だった。
「……大丈夫ですか?」
いつもの作り笑顔で聞くと、少女はキッと睨み返してきた。
「どこ見て歩いてるの!? 気を付けなさい!!」
……。
状況を整理しよう。
僕は緩やかな足取りで、のんびりと街道を歩いていた。
歩道を、ゆっくりとだ。僕に落ち度があるとすれば、足音に気づかなかったことぐらいかな。
一方、彼女は勢いよく後ろから僕にぶつかってきた。
曲がり角が近くにあるわけでもない。
前を見て走っていれば、僕を避けることなんて造作もなかったはずである。
つまり、あっちが悪い。疑いの余地なく。
「ったく、下民が。邪魔しないでよ!」
「げ、下民……」
少女は走って去ってしまった。
下民。僕の恰好を見て言ったのだろうか。
元は上等なコートのはずだ。けど、ずっと放置してたからボロボロになっている。見てくれはたしかに貧乏人、というかホームレスっぽいかな(っていうか今はホームレスか)。
まったく、死ぬ前に嫌な奴に会った。どれだけ美人でも、ああも口が悪いと台無しだ。
「ん?」
雪の上に、なにかが落ちている。
封筒だ。
拾って中を探ると、2枚の紙が入っていた。
「手紙……?」
まず手に付いた1枚目の中身を読んでみる。
~~~~拝啓、ヒマリ=ランファー殿~~~~
この度は本校へのご応募、誠にありがとうございました。
厳正なる書類選考の結果、貴殿は書類選考通過となりました。
つきましては、実技試験へ進んでいただきます。
日時は1940年2月1日。
試験会場の住所・地図は裏面にてご案内いたします。
なお、同封しております受験票をお忘れなく、お持ちください。
~~~~魔術学園ユンフェルノダーツ・副校長レフィル=ハルマン~~~~
僕の目はある一点に向かっていた。それは手紙に書かれた学園の名前だ。
「ユンフェルノダーツ!? あの名門校の!?」
僕は魔術学園について詳しくもないし、知りたいとも思っていない。興味が無い。
そんな僕でも、手紙に書かれていた魔術学園をよく知っている。
魔導汽車、魔導ラジオ、魔導銃。
あらゆる便利なアイテムに魔導が付く現代は間違いなく魔術全盛期だった。
魔術全盛期、言い換えれば魔術師全盛期である。
魔術師がトップ人気の職業となれば、当然のこと、彼らを育てる機関に人が集まる。
そう、世はまさに魔術学園全盛期である。
そんな中、1つの魔術学園がトップ人気を独走している。
それが魔術学園〈ユンフェルノダーツ〉。
多くの英雄を輩出しており、敷地面積・設備の充実度・人口、すべてにおいてナンバーワン。
多くの若者がそこに行くために死ぬ気で勉強している。僕の住んでいた街の若者たちも〈ユンフェルノダーツ〉に受かるために努力し、儚く散っていた。
魔術学園にあまり興味のない僕が、これだけ知っている。それほどに、〈ユンフェルノダーツ〉という魔術学園は有名なのだ。僕には縁遠すぎる場所だな。
2枚目の紙は受験票。
これがないと受験できないだろうな。
落としたのは、まぁ、さっきのぶつかってきた少女だろう。
届ける気はない。
あの女の態度を見て、彼女のために動きたいと思えるほど、僕は善人じゃない。
――と、いつもの僕ならそう思い、見捨てていただろう。
「運のいい女だ……」
今日は特別だ。
なんせ死ぬ寸前だからな。
最後に善行して、神様に媚を売っておこうか。そう思ってしまった。
「場所は……」
裏面の地図を見る。
「遠くないな」
土地勘のない街だけど、地図を見れば大方の位置はわかる。
白く染まる街を歩き、僕は試験会場に向かった。
この決断が僕の運命を大きく変えることになる。




