第十六話 歓迎会
“白虎組”のクラス校舎は二階建て。
一階は礼拝堂、食堂、ロッカールーム、医務室があり、
二階は教室、担任部屋(教員室)、研究室、書庫、等々があるそうだ。
「初めてのクラスメイトはどうだった? 感想を聞かせてくれ」
礼拝堂の椅子に座るとそんな質問を投げられた。
雑談の切り出し方だが、なにか裏があるんだろうな。ハルマン副校長の緑の瞳は僕の顔のシワまで捉えている。
「リーダーシップのある人間、輪を繋ぐのが上手い人間、人を見下し、それを隠そうとしない人間、馬鹿だけど行動力のある人間、色々な種類の人間を知れました。悪くない」
「その言葉に嘘偽りは無さそうで安心したよ」
「気になることがあります。まず1つ、なぜ副校長のあなたが担任を? 副校長って、クラスを受け持つものなのですか」
「時にはね。どうしても受け持ちたい生徒が居る場合に限るさ。我が校には3人の副校長が居るんだけど、今年は3人共一学年のクラスを受け持った。この意味がわかるかい?」
「新入生が優秀だったから」
「その通り♪ ちなみに副校長は全員特待生を確保している。私は君、他の2人は残りの特待生2人を自分のクラスに入れてるよ」
特待生は僕を合わせて一学年に3人って話だったな。
「2つ目の質問です。なぜ、このクラスだけ人数が18人しか居ないのですか? 他のクラスと比べて少なすぎる」
「1つ訂正させてもらおう。このクラスは20人で構成されている」
「はい? いや、たしかに18人しか……って、まさか」
「入学式をサボった不登校生が2人居るってわけさ」
「……正気ですか。下手したらなにもせず退学処分だったんですよね?」
「彼らはまあーぶっ飛んでるねぇ。私が集めた玩具の中でもとびっきり壊れた玩具さ」
「玩具?」
「私にとって生徒は玩具で玩具は生徒さ。私はね、ただただ生徒で遊んで暮らしたんだよ。せっかく教師になったのに生徒で遊ばないなんて馬鹿の極みだろ?」
教師失格だな。
「私が欲しい生徒が20人しか居なかったから、クラスには20人しか居ない。はい、質疑応答終わり! さてと、そろそろ玄関に行こうかね。みんなが到着するころだ。あ、きみきみ! この校舎は土足厳禁だよ! 気を付けたまえ!」
「……あなたの足に付いているのは靴ではないのですか?」
「これは“上履き”というものだ。君にも後でプレゼントしよう」
礼拝堂から玄関に移動する。
ぞろぞろと、“白虎組”の生徒たちが玄関に現れた。
「シャルル! よくぞここを発見してくれた!」
ギャネットが土足のまま廊下に上がり、抱きしめてきた。
むさくるしい……! だが笑顔をキープ、キープ。
「む? お前……結構筋肉あるな」
「そ、そうでもないさ……」
「シャルル! ほんっと凄いよ!」
モニカが肩を掴んで褒めてくる。
それからクラスメイトに次々と誉め言葉を貰った。
場が落ち着いてきたところでハルマン副校長は前に出た。
「私が君たちの担任のハルマンだ」
ハルマン副校長の顔は皆知っており、驚きの声が多少上がったが、副校長が担任だと言うのにリアクションは思ったより少なかった。
皆、疲弊している。8時間歩きっぱなしだったからな。仕方ない。
「諸君、疲れただろう。食堂に来たまえ。酒! 肉! スイーツ! 我が校専属のシェフが作った豪華絢爛な料理が待ってるぞ!!」
酒はダメだろうが。
ハルマン副校長の言葉を聞き、ラント、ギャネット、モニカの3人は涎を垂らした。上2人はいい。モニカ、お前は女性なんだからそれはダメだろう。
「飯だメシィ!!」
ラントが走って食堂へ向かおうとするが、その耳をハルマン副校長が引っ張って止めた。
「いってぇ!?」
「上履きに履き替えろ。ここは土足厳禁だ」
「そんな習慣ウチには無いっすよ!」
「ここのルールは私たちが決める。従えないのなら退学――」
「履き替えまーす!」
全員、下駄箱と呼ばれる靴入れに外履きを入れ、上履きに履き替えて食堂へ向かう。
僕は全員の最後尾についていく。
「貴方」
食堂扉の前で、ヒマリに呼び止められた。
「名前、聞かせて」
「シャルル=アンリ・サンソン」
「シャルルね。覚えてあげるわ」
髪をさらっと流して、ヒマリは食堂に入っていく。
「おいヒマリ! 俺はラント=テイラーな! 覚えておけ――」
「退きなさい下民」
「……お、俺は下民のままかよ」
食堂の中からラントの落胆した声が聞こえた。
ラント、喜んでいい。猿から下民にランクアップしてるじゃないか。
ワイワイと騒ぐ食堂。僕は、食堂に入る前に足が止まってしまった。
罪悪感が体を縛り付ける。あの扉の先はきっと温かいなにかで溢れている。僕なんかが、死刑執行人である僕なんかがあそこに入っていいのだろうか……。
そんなうしろめたい感情と向き合ってしまった。
「おーい、なにしてんだよシャルル! 中見てみ? すっげぇぜ! 骨付き肉だ骨付き肉!」
顔を上げると、ラントとヒマリの姿があった。
「早く来いよ! ヒマリが腹を空かせて待ってるだろ!」
「わ、私は腹を空かせてなんか――!」
『きゅ~』っと、細い腹の音が聞こえた。下品である腹の音をできるだけ綺麗に奏でようと抵抗した結果、出来上がったような不細工な音だ。
ラントじゃない。ラントならもっと豪快に腹の音を鳴らすはずだ。
「~~~っ!?」
腹の音を鳴らした赤髪の女子は、その髪の色に負けないぐらい顔を赤くして――ラントをビンタした。
「なんで!?」
八つ当たり気味にぶたれたラントはヒマリに抗議するも、ヒマリは腕を組んで聞き流す。2人を見ていたら自然と足が動いていた。
僕はラントとヒマリが待っている食堂の入り口に向かって歩いていく。
「いま行くよ!」
食堂の光の中へ入っていく。
それからクラスのみんなと食事を共にした。
こんなにも騒がしい食卓は、初めてだった。
もしも、君がここに居たら、もっと素直に楽しめたのだろうな。学校というものを……。