第九話 海底列車
エレベーターの扉が閉じて、ハルマン副校長が見えなくなると途端に胸が高鳴った。
緊張からくるものだ。見知らぬ場所で、自分を知る者が場にいなくなった恐怖が襲ってきた。
薄暗い洞窟のような駅構内。
目の前には列車が止まっている。僕は真っすぐ歩いて列車に乗り込んだ。
切符とか持ってないけどいいのだろうか? とも思ったのだが、切符が必要ならハルマン副校長がくれるはずだと疑問をかき消す。いざとなれば出発前に受け取った学生証を見せればなんとかなるだろう。
列車内の通路を歩く。
列車は初めてで、目に映る全てが新鮮に見えた。列車内の景色に気を取られていると、男性の胸に頭をぶつけた。
「す、すみません」
僕は男性の顔を見る。
中肉高身長、緑の長髪の男性だ。つばの広い帽子を被っている。僕よりも一回り年上だろう。細長い顔をしている。肌には化粧の跡が見える。
「むむっ! 貴様は……」
男性は僕の顔を見ると舌打ちし、胸ポケットから出したハンカチで僕がぶつかったところを何度も何度も擦った。こびりついたヘドロを拭うように。
「汚らわしい」
男性は高そうな香水瓶を取り出して体に振りかける。
罵声を浴びせられるのには慣れたものだ。あまり苛立ちは覚えない。ただ疑問は残る。今の僕はただの学生、ぶつかっただけでここまで言われるものか?
「ボクの顔、覚えていないようだな? 執行人」
執行人、という単語を聞いて、僕は〈ランヴェルグ〉の住民を頭に浮かべた。
――居た。
この男はあの街に居た。
いつも高そうな服を着て、僕とすれ違う度、睨みつけてきた貴族の男だ。
「〈ランヴェルグ〉に居た人ですよね。名前はたしか、アントワーヌさん……でしたっけ」
「思い出したか。そうだとも! 私こそ今代最強の魔術師にして、エレガントぅ~なナイスガイ、アントワーヌ=カトラロフだ!」
まるで劇場で名乗りを上げる役者のように、彼は名乗った。
「まったく、ハルマン副校長の心は理解できん。こんな薄汚い殺人鬼を由緒正しき〈ユンフェルノダーツ〉に入れるなど……!」
「あなたが、なぜこの列車に……」
「ボクは今年から〈ユンフェルノダーツ〉の教師となった。覚悟しろ、どんな手を使ってでも、貴様を退学に追い込んでやる。神聖なる〈ユンフェルノダーツ〉に、貴様のような死肉食いはいらないからな! 貴様が学園に居ると、学園の品格が落ちてしまう」
アントワーヌは鼻で笑い、睨みつけをして、僕の側を通過していった。
まったく、幸先の悪い。僕の素性を知ってる人間が〈ユンフェルノダーツ〉に居るのは不安材料でしかない。
気を取り直して列車の個室の扉を開く。誰も居ない個室だ。
窓際に座って出発するのを待つ。
一つの違和感が僕の視線を釘付けにした。窓だ。列車の窓にはなぜか鍵が付いておらず、開けられないようになっている。
「ありゃ?」
個室の扉が開いた。
僕の手によってじゃない、金髪の男――見た目からして新入生の男の手によってだ。
僕は彼の頭に巻いてあるバンダナを見て、彼の名前を思い出す。
受験番号022ラント=テイラー。
2ヶ月前、僕がケルベロスを倒した後に部屋に入って来た受験生だ。合格したのか。
「あっれ、いつの間にか人が増えてら」
「ごめん。すぐに移動するよ」
「いいよいいよ。座ってろって」
ラントは僕の向かい側の席に座り、手に持った瓶のジュースを一口飲んで、右手を床に伸ばした。床には大きなリュックが横たわっている。個室に入ってすぐに視線を窓に向けたからリュックの存在に気づかなかった。
(まずい……)
ケルベロスを倒したことは隠さなければならない。副校長から口止めされているのだ。
『君が特待生だということと元死刑執行人であるということは秘めたまえ。周りから警戒されるのは望むところではないだろう?』
望むところではない。
僕は正直、特待生として相応しくない。
特待生の癖に魔術をロクに知らない。そんな悪目立ちをするのはごめんだ。
死刑執行人なんて肩書きはもってのほかだ。
貴族連中とつながりを持つ際に、特待生という立場は妙な嫉妬の対象になりかねないし、死刑執行人という履歴は迫害されかねない。どちらも、トップシークレットである。
それに繋がる情報……ケルベロスを単体で倒したという情報は秘めておきたいのだ。
「いやぁ、一人で学園島に行くの心細かったからちょうどいい。俺と友達第一号なろうぜ! な!」
よし。どうやら例の一件は忘れているようだ……。
「ん? お前」
ジーッと目線が突き刺さる。
目を逸らして抵抗するも、ラントは思い出してしまった。
「やっぱそうだ! ケルベロスを倒した奴だろ!?」
「ケルベロス? なんのこと?」
屈託のない笑顔で嘘をつく。
「あっれぇ? 人違いかな」
「人違いだよ。僕がケルベロスを倒せるような人間に見える?」
背中を曲げ、威厳の欠片もない顔をする。弱々しいオーラを意識して出す。
ケルベロスと戦ったのは二ヶ月前。ラントが僕の顔を見たのはほんの一瞬だ。
一目見て気づかなかったのだから、記憶は相当薄れているはず。絶対に誤魔化してやる。
「そっか。たしかに顔つきが全然違うな。あの時の奴はもっと怖い顔してた気がする。わりぃ、間違えた。俺、ラント=テイラーってんだ! お前は?」
「僕はシャルル。シャルル=アンリ・サンソン」
「よろしくな! シャルル!」
元気が有り余っている男だ。
初対面である僕に対してまったく臆することなく距離を詰めてくる。
嫌いじゃないタイプだ。アンリもこういうタイプだったからかな。
「よろしくね、ラント」
明るく天然なシャルルの仮面を被ったまま、僕は言った。
笛の音が聞こえる。列車が出発した。
列車は暗いトンネルを越えると、ガラスが割れたような音と共に海の中に突入した。
「うおぉ~! 線路が海の中に浮いてやがる!!」
窓のすぐ側を魚が通っている。
列車は車体にシャボン玉のような薄い膜を張っていて、膜に魚がぶつかるとふんわりと魚を進行経路から外している。この膜で障害物を傷つけずに逸らしているようだ。
鮮やかな青。太陽の光が透かす海中を列車は進んでいく。
「凄いね……あ! だから窓に鍵が付いてないんだ」
「そっかそっか! 窓を開けちまったら水が列車内に入って大変だもんな!」
海中を進んでいく列車。幻想的な風景だ。
でもさすがに一時間もすれば景色に飽きてきて、僕とラントは窓から目線を外した。
「学園島まではまだまだかかりそうだね」
「あと1時間はかかるだろうなぁ。なぁ、お前さ! パンフレット見たか? 学園島の!」
「いや、見てないね」
ラントは「それなら暇つぶしに見てみろよ!」と意気揚々とパンフレットを開いて見せてきた。そこには学園島の解説が載っている。
「学園島には学校もあれば樹海や遺跡もあって、それら全部が区分けされてるんだ。
1つは学校の設備が詰まった学園エリア。
2つ目は商店街や植物園やら水族館やら、とにかく色々ある商業エリア。
3つ目は教師や商業エリアに出店している人たちが住む居住地エリア。学生寮もここにある。
4つ目は森とか山とか川しかない自然エリア。
5つ目は立ち入り禁止の遺跡がある遺跡エリアだ!」
全部初耳だ。
ハルマン副校長め、少しぐらい学園島について解説してくれても良かっただろうに。まぁ、なにも聞かなかった僕にも非はあるか。
「ラント、なんだかすっごい楽しそうだね」
「え? お前ワクワクしねぇの? だって島丸ごと学校なんだぜ。俺はもうテンションMAXだ! しかもよ、さっき列車の中を見て周ったけど、今年の新入生美女ばっか! 楽しくなるぜこりゃ!」
ワクワク、か。
まったくしないと言えばウソになるかな……。
「うわっと!」
ラントが驚きから声を上げる。
突然、列車が海から飛び出た。
(空を、飛んでいる!?)
空に浮かぶ線路を列車がなぞっていく。
遥か上空で列車の上昇は止まった。
窓から外を見る。目に映ったのは――街と自然が融合した島だ。
「あ、あれが――」
「学園島だぁ!! 来たぜ、来たぜぇ!!」
陽光照らす孤島。学園島を遥か上空から見下ろす。
触れてもいない窓が一斉に溶けてなくなった。涼しくも激しい風が前髪を上げる。
僕とラントは窓から顔を出して、学園島をフィルターなしで見下ろした。
森ばかりのエリアは自然エリアだろう。風化した建物ばかりのエリアは遺跡エリアで間違いない。色鮮やかな建物が多いのは商業エリアか。あとの2つのエリアは見分けがつかない。
絶景とはこういう景色を言うのか。まるで都市を一つ大陸から切り離したようだ。
「おい、あれ見ろよシャルル!」
ラントが指を向けた方には絵本に登場するようなドラゴンが居た。白色のドラゴン、翼を広げて飛んでいる。魔導車ぐらいの大きさのドラゴンの上にはゴーグルをかけた男性が乗っている。
「飛竜だ!」
ラントが言った。
飛竜は列車と並走する。ゴーグルをかけた男性は僕と目線を合わせ、こっちに寄ってきた。
茶髪で長い髪を一つ結びにした男性だ。頭にはタオルを巻いている。
「ようこそ、学園島へ」
僕とラントにそう言うと、飛竜と男性は離れていった。
「かっけぇ!」
ラントの言う通り、飛竜を巧みに乗りこなす男性の姿はカッコいいものだった。
今まで自分が住んでいた世界とはまったく違う世界に来たのだと実感する。
ここが魔術師の園、学園島〈ユンフェルノダーツ〉……。




