プロローグ 恋人を処刑した日
問題:人間の首を斬り落とすのは簡単でしょうか。YES or NO?
使用する武器は大剣か斧、好きな方を選んでくれ。イメージする肉体は中肉中背の成人男性だ。
……答えは出ただろうか?
正解はNOだ。
人間の首を斬り落とすのは容易ではない。
もっと言えば、人間の骨を斬ることは容易ではない。
人の骨は鉄と同等、もしくはそれ以上に硬いのだ。しかも、骨の他にも首には皮があり肉があり血がある。これらを全て一度に斬ることが容易なはずがないのだ。
ジャック=トロッチという悪名高き処刑人が存在する。
ジャックの手際はそれはそれは酷かったらしく、斬首に何度も失敗し、受刑者をのたうち回らせた。ただ、ジャックを一方的に責めることもできない。先の説明通り、斬首とはそう簡単なモノではないのだ。ジャックは何度も斧を振り下ろしたのにも関わらず、首を斬れなかった。ジャックの悪名が処刑の難しさを物語っている。
なにが言いたいかというと、人の首を綺麗に斬り落とすには技術が要るということだ。技術だけでなく、もちろん、肉体・精神の強さも求められる。
重い重い大剣を振り回すだけの腕力。大剣に振り回されないほどの屈強な下半身。
対象の急所・状態を見極める眼力。首をピンポイントで抉る精密性。
そして、誰が相手でも心を乱さない、精神力――例え相手が、最愛の人であっても、迷いなく殺せるだけの無我の精神。
体も心も常人からかけ離れた時、首斬り執行人は完成する。
つまるところ、僕は今日この日、執行人として完成したのだ。
◆
「間違っている」
大衆が囲う処刑台の上で膝を付く。
僕の名はシャルル。
齢14歳で1000を超える首を斬り落とした処刑人だ。
「……こんなものは間違っている」
処刑台の上を転げまわる生首を見て、僕は呟く。
パチパチと拍手が耳に入る。
罪人が死んだことを讃える拍手だ。今の僕にとって拍手の音は、蠅の羽音よりも耳ざわりだった。
――死んで当然だ!
――邪教徒め!
――よくやったぞ執行人!
拍手の隙間に挟み込まれる民衆の声。
彼女を苛む声、自分を讃える声、そのなにもかもが、ひたすらにうるさかった。
僕が今、処刑した女性の名前はアンリ=サンソンと言う。
彼女の笑顔は眩しくて、
美しくて、
彼女が笑うだけで、世界は楽しいものだと思えたんだ。
そんな彼女を、僕は自らの手で、処刑した。
『シャルル。大好きだよ』
処刑される前に、彼女はそう言った。
「僕も、君のことが大好きだった……アンリ」
暑い暑い夏の頃、
真っ赤な空の下で、
僕は愛する人を殺した。
どうして、彼女は死ななくてはいけなかったのか。
その答えを、ずっと探している。




