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母が遺してくれたもの

作者: 009


母が亡くなった。




と言っても実の母ではない。自分が11歳のとき、父は再婚した。もともと実の母の記憶はなかったため、再婚という事実は割とすんなり受

け入れられた気がする。




「兄さん、ちょっといい?」




遺産相続を主に扱う弁護士である弟から打ち明けられたのは、想像もしなかった事実ーーーー母には父と再婚する前の娘がいるという話だった。弟が母の逝去に伴って役場で手続きなどをするうちに分かったらしい。そして兄である自分の方からその娘さんに母がなくなったことなどを打ち明けて欲しい、と。




「連絡先は調べるからさ」




そんなこと言われたって……




当時まだ幼く無邪気だったこともあって、弟はすぐに母と打ち解けた。それに引き換え自分はどこか他人行儀で家族としては母と接することができなかった。



そんな母と始めて心を繋いでくれたのは料理だった。小6の夏休みの宿題でお家の人とご飯を作るレポートが課された。それまでお手伝いなんてしたこともない自分だったが、料理の得意な母に教えてもらいながら作った料理に感動し、のめり込んだ。中高もろくに部活には入らず、家で料理を作っては母がいつも褒めてくれたものだった。



高校卒業後は料理の専門学校に行きたいと言うと両親は反対した。料理なんて他の仕事しながらでもできるじゃないか、と言ったりして。それでも最後は自分の意志の硬さに両親がおれて認めてくれた。そして10年以上たった今、繁盛とまでは言えないが若店主として店を持てている、、




「もしもし、はじめまして…」




母の実の娘さんに電話をかけた。自分はお母様が再婚した相手の子供であること、わずかながら母があなたに遺した遺産があること、そしてーー



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「いらっしゃいませ。お忙しい中お越しいただきありがとうございます。」




母の娘さんを自分の店に招いた。母のことについて弟を交えて話すためだった。




「お二人と母について話す事はありません。手短に、私はいくら頂けるのでしょうか。」



「その点は私からご説明いたします」



詳しいことについては弟が彼女に説明してくれた。そして自分は厨房へ向かう。

それにしても、…… 実の母が亡くなったというのに冷たい人だ。興味があるのはお金のことだけらしい…




鍋に火をかけ、具材を煮込む、水を入れてスパイスを入れる…

この味付けは自分の味ではない、今手元には、整った小さな文字で書かれた手帳サイズのノートがある。




「えぇっ、これだけですか?遺産て言うから、もっとあるのかと思ってたのだけど」




「申し訳ありませんがこれで全てです、というより、生命保険から降りてきたお金も兄と自分とあなたで折半させていただきそれも含めた額がこの通帳のとおりです。」



相変わらず冷たく、お金にしか興味がない彼女に弟が説明している。




実際、母は自分の遺産というものをほとんど持っていなかった。父がなくなったとき、母はその遺産を自分たちにほとんど分けてくれた。 断ったものの、私には使うところなんてないから、と。

そして母が遺したものはこの僅かな預金と古くて立地も悪いけれど穏やかに暮らしていた家、そしてーー自分の手元にあるノートに目を落とした。




「せっかく遠出してここまで来たのに、あの人が遺したものはこれだけだなんて、まぁ、私達を捨てて行った人ですから期待する私もおかしかったですね、それでは、忙しいのでここで、」



「お待ち下さい」




帰ろうとする彼女を弟が制した。





「母が遺したものがまだあります」




弟がそういったのと同時に出来上がった料理を彼女のテーブルに置いた。




「母の遺品から私や弟と暮らしているときには見たことのないノートが見つかりました。これはそこに書いてあったレシピを見て作ったハヤシライスです。」




彼女は戸惑いの表情を浮かべた、そして数秒の後、スプーンを手に取った。




中盤でヨーグルトやくるみを入れたり、完成間近でコーヒーミルクを入れる、これは母のレシピに書いてあったとっておきの隠し味だった。




自分たちと出会う前の母に何があったのかは分からない、今目の前にいる実の娘とも何があったのかは分からない。でも、血の繋がってない自分と母を繋いでくれた料理というものが、離ればなれになった母と彼女も繋いでくれるのではないか、………そう信じたかった。




「これをお持ち帰り下さい。」




そう言って母のノートを彼女の前においた。その表紙には自分達と出会う前の母と小学生ほどのおんなの子が写った写真が貼られていた。




一口、また一口と彼女のスプーンが進む。

そして





「……おかあさん、……」





と声にならない声でつぶやくと、 一筋の涙が彼女の目からこぼれ落ち、わっと顔を覆ったかと思うと、子供のように泣き崩れた。







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