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女神の興奮未だ冷めやらぬ

 勇者(人間の味方ではない)現在投獄中。


「びっくりした。言葉は通じるのに話が通じない」


 逆であればまだよかったかもしれない。ランザキはそう自分を納得させる。そして冷静に自身の状況を分析する。


「(あれから連中に捕まって、敵意はない事を伝えても牢屋に入れられた)」


 現在地はまったくもって不明だが、石造りで出来た砦のような場所に、ランザキは囚われている。残念ながらこの牢獄に人権などという物は存在せず、人が寝るための寝具はおろか便所もない。間違いなく囚人として、それも特に重い罪を背負った人間が入れられるような場所だった。


「(とにかく弓だ。弓を返してもらって、それからコートも)」


 弓とコートをはぎ取られ、さらには手枷、足枷、両方をつけられた彼女は、身動きが取れない。


「(幸い無限ポーションは取られなかった。お腹も満たしてくれるとは予想外)」


 空になったポーション瓶を見つめながら、どうにかもぞもぞと動く。


「(そんでもって……えーと)」


 不自由しながらも、背中側にあった矢筒の中にある、ある物を取り出すことはできた。ここに連れてきた彼らは、この物体がなんなのか理解できず、気味悪がってそのままにしていたのが功を成す。


「念じればいいはず……あー。あー。聞こえる? デルピューネさん」


 地面に転がった六面体のクリスタル。水のように透き通ったその石が、ランザキの声に反応するかのように波打つ。しばらくし無音が続いたあと、水晶の表面にあの顔が映った。


「あ! 勇者ランザキ様! 地上に出れました!? 」

「うん。出れたよ……ランザキ様? 」

「はい。貴女の名前です」

「あー、そっか、そんな名前だったのか」

「でもよかったー。どうです? 弓の使い心地は」

「すぐ捕まったから分かんない」

「そうですかぁ……ってぇええ!? 」


 ランザキは最初、この女神を糾弾する気だった。だがどうにも相手のうろたえ方が騙した側のソレではない。女神にとってもこの状況はどうやら不本意なものであるようで。クリスタルの奥では慌ただしく動き回っている。


「あの! 今どこかわかります!? 」

「それも分かんない。でも砦だとおもう。全部石でできてる」

「外の様子は!? 窓とかありませんか? 」

「窓……」


 言われるままに牢屋をさがすと、ちょうど頭上で光が差し込んでいる場所を見つける。窓というよりも空気穴に近いそれは、とてもではないが人間一人が通れる大きさではない。それでもランザキは足枷がついたままで起き上がり、その穴をのぞき込む。そして目に付いたものを片端から上げていく。


 その光景は、衝撃的であるはずなのに、どこか腑に落ちる光景だった。


 赤い鱗をした、角も牙も立派にはえた大きなドラゴン。それは、この世界に来て初めて、自分の目の前で撃ち落とされたあのドラゴンであった。よく見れば、そのドラゴンの角は傷だらけで、さらに片方が折れており、幾多の戦いを人間と繰り広げたであろうことが伺える(うかがえる)。そんなドラゴンは、砦の広場で無様に逆さで吊るされている。そして何より、その吊るされたドラゴンは


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 精肉。その言葉がふさわしい光景だった。ドラゴンの全長が、その尻尾を合わせ30mほどあるため、人がわざわざ足場を組んで吊るしたドラゴンを大人数で捌いている。彼らの動きは実に洗礼され、かつ手慣れており、これが初めてでないことを証明し、ランザキには、いつか見た牛の精肉のソレとなんら所感が変わらなかった。故に言葉もどこか淡々としている。


「赤いドラゴンが捌かれてる」

「え? 」

「ええと、ドラゴンが翼きられてはらわた抜かれて、血抜きされてる」

「―――赤い、ドラゴン?」


 『詳しく解説はしないほうがいいな』と考えた時、デルピューネはあきらかに今までとちがう声色をした。クリスタルに視線を映せば、そこには両こぶしを握り締め、唇を噛みしめ、そして目に涙をためた顔が映っている。デルピューネが次の言葉を話すのにざっと10秒はかかった。


「その、赤いドラゴンの、角は、どんなですか? 」

「傷だらけで、片方は欠けてる」

「ああ、そんな……そんな……」


 デルピューネは、その場にうずくまって、ついに泣き出してしまった。クリスタルからは小さな嗚咽だけが聞こえ、あたりがしんとしているために余計に響いた。


「(知り合い、か)」


 そうとしか思えない反応だった。デルピューネは悲しみ、嘆く。その涙をみて、今のデルピューネに何を質問しても、冷静な答えは期待できそうになかった。自分の理不尽をぶつけようとした矢先に、その相手に同情してしまえるほど、ランザキは人間ができている。


「(泣きたいのはこっちなんだけどなぁ)」


 ほとんど騙された形での転生。人間側ではない勇者。三つしかない己の武器。相手の、すでに銃をもっている文明の高さ。何もかもの説明がほしかった。だがそれは、相手の、おそらく知り合い、それもかなり親しい間柄の死でもって、すべて掻き消えてしまう。


 同時に、現状が悪い方向へと動き出す。


「おい! 何をしてる」

「―――」


 クリスタルからの声を不信におもった兵士がランザキの元へとやってくる。このままでは、クリスタルを奪取されることはおろか、今以上に人権のない扱いを受ける可能性がある。


「(具体的には拷問とか! どうする! )」


 肉体的であれ精神的であれ、ランザキは拷問の訓練をうけていない。そんなことをされれば弓の事もポーションの事もクリスタルの事も、そしてデルピューネの事も話してしまう。


 今泣いている女神の事を、自分の手でさらに貶めるのは、彼女の、少なからず保っていたモチベーションが否定した。


「(弓はない。けど矢は作れるはず)」


 コツコツとせまる足音がもうすぐそこまで迫っている。


「デルピューネさん。矢の作り方をおしえて」

「え」

「べつに貴女を憎んでないから」


 枷がつけられたまま、難儀しながらも背中側でクリスタルを隠しながら問う。


「だから早く教えて。どうすればいい? 」

「えっと、念じてください。矢の形を念じれば、手のひらにできます」

「わかった」


 兵士が牢屋に覗き込む直前、口の形だけでランザキは伝えた。『信じる』と。


「―――はい! 」

「おい! さっきから誰と話してる! 」


 デルピューネの返事を最後に、クリスタルは輝きを失い、何も映していない。ランザキはとっさに手枷のついた両腕を上にあげて、自分が無抵抗で無力であること必死にアピールした。


「なんでもないです! 」

「嘘をいうな! 話してたろう! 」

「そうじゃないんですよ。ただ」


 ランザキはその瞬間、その男の腰についているものを目撃する。じゃらじゃらと揺れるソレは、まごうことなくこの牢屋と手枷の鍵だった。


「あー、ソレッぽい」

「あ゛あ゛?」


 そしてその鍵を見た瞬間、彼女の中で、すべての覚悟が決まる。この世界でなんとしても生きるために、どんなことでもしてやろうと。たとえそれが泥まみれの血まみれだろうとも。


「ちょっと、背中が痒くて」

「背中ぁ? 」

「それに、ずり落ちちゃって困ってるんです……だから」


 デルピューネの美しさとなまめかしさを思い出しながら、精一杯、己の中の、人間の種としての力を発揮する。男だろうと女だろうと持つ共通の力


「ちょっと上げてくれません? 逃げませんから」


 わざとらしく、両腕をあげたまま、背中をみせる。コートを着ていない彼女の背中は無防備で、さらにその下のズボンはずり落ちている。さらには、彼女の尻肉がわずかに見えている。そしてその肉を()()()牢屋の鉄格子に押し付けて、肉感を強調している。


 ランザキの狙いは、つまるところ色仕掛けである。


「ねぇ、早く」

「ヘヘ。いいぜ……」


 男の手がそのズボンにかかろうとする。まちがっても上げようという意思はない。むしろこのままずりさげようとする意図が明確だった。


 ランザキの両手は真上に挙げられている。そしてその両手は鉄格子の間をぬけ、片手が外にでている。男は目が血走って、その後のことしか考えていないようだった。ランザキ自身が意図した事とはいえ、ここまで反応が露骨だとかえって冷静になっている。


 そうして男が、ランザキのズボンに手をかけ、同時にその体を拘束しようとしたその時。


「(出ろ! )」


 念じて、矢を作った。わざと刃をおおきめに、簡単には抜けないように、わざわざ()()もつけた矢は、迫る男の喉に、そのまま突き刺さる。男からしてみれば、目の前で突然矢が現れた形になる。欲望に支配された頭ではその矢を回避することができなかった。


「―――ン!!ン-!!  」


 武器も持っていなかった相手から突然喉を貫かれ、声も上げることもできず、その刃をにぎりとっさに引き抜こうとするも、返しが付いているためまったく抜けることはなく、やがて男は鉄格子に寄りかかるようにして絶命した。ランザキは背中から垂れる人間の生暖かい血を浴びながら、初めて人を殺した事を自覚する。


 だがそこに後悔はなく、ただ、この匂いと感触に、慣れることはこの先永遠と無いのだろうなと悟った。それはそれとして。


「こいつがスケベで助かったぁ」


 鉄格子の鍵と手枷、足枷の鍵を手に入れ、晴れて自由の身となる。


「さてさて。弓とコートはどこかなと」


 鉄格子をあけ、体を伸ばし、今後の展望を考えようとしたとき。


 背中から剣で己の体を貫かれた。


「……え? 」

「この魔族の手先め! 」


 背後から、突きの一撃をうけ、そのままランザキはどさりと倒れこむ。先ほど浴びた物とは別の赤い血が、今度は自分から流れ出ていく。そのたびに、徐々に力が無くなっていく。


「(結局何も出来なかったなぁ……デルピューネさん、怒るかなぁ)」



 ◇


「ッハ!? 」


 目をあければ、そこは先ほどと同じ牢屋。手枷も足枷も同じ。


 違うのは、さっきは空になっていた無限ポーション。


 それがいつの間にか()()()()()()()()


「どういうこと? 」

「えーと、きこえますかぁ」


 背中の矢筒から、より正確にはクリスタルから声が聞こえる。


「ごめんなさい! 言い忘れちゃったけど、死んじゃっても大丈夫です! 」

「……なんで? 」


 至極当然の問いだった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そして至極当然のように応えがかってくる。そのときデルピューネの声は、どこまでも、普通の声色だった。さきほど聞いた泣き声も、わずかに震えた怒りの声も、おそらく、ランザキがこの世界に来る前に説教を受けていた時の、あのうろたえた声も、彼女の本心であるこを理解する。


 同時に、彼女は絶対に人ではないことも理解した。


「色仕掛けのあと、扉をでたらすぐ敵がいてグサーッだったので、今度はそいつもすぐ矢で刺しちゃいましょう! 」

「……デルピューネさん」

「なんです? 」

「殴られるかキスされるかどっちがいい? 」

「え、ええーと……痛いのはちょっと……でもキスはまだ早いっていうか♪」

「よし」


 だが、そのデルピューネが見出したランザキである。


「またあったらどっちもしてやる」


 その精神性については、人間のそれではなかった。どっちもどっちである。


「まぁいいや。それにさっき言ったしね」

「ええ。聞いてました。口の形だけでもはっきりと」


 彼女が、言ったのだ。自分が死ぬ直前、男に色仕掛けをするその前に。


「ならやるしかないなぁ」


 信じると自分でいったのだ。であるならば、ランザキは信じる。それだけの事。


 そして、信じる事の為ならばだまし討ちも色仕掛けも厭わない(いとわない)。それがランザキの、ある種の精神における特異性であった。

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