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イキガミちゃん  作者: とうふーしゃ
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第5話 ミカの逡巡(後編)

 ミカはゆっくりと死神の誘導で、窓へと向かう。そこには大きなバケツがおかれていた。おそらく死神があらかじめ設置していたのだろう。


 「さあ、このバケツに乗って窓を開けるんだ、靴は脱ぐんだよ」


 死神は既にミカから見えない姿になっていたが声だけは聞こえている。指示に従い靴をその場で脱ぎバケツの上に乗るとカラカラと静かな音を立てて窓が開いた。


 ミカは開いた窓からそっと家の中をのぞいた。ごく普通のありふれた一軒家の子供部屋である。中には勉強机、本棚、おもちゃ箱に加え少年の趣味であろう野球の装備一式が綺麗に整頓されてあった。


 死神に洗脳されているとはいえ、生活感のある部屋を見せつけられたミカは躊躇していた、そして意識的に目を逸らしていたのか、遅れて少年が眠る布団が目に入る。

 

 そこには少年の姿があった、しかしその様子は普通とは言い難く趣味でもなければこのような格好で眠ることはない。彼は死神によって手足の自由を奪われ、口には猿ぐつわをはめ、目隠しをされていた。少年は抵抗して体力を失ったのかそれとも...とにかくぐったりとしてあまり動いてはいなかった。すでに死んでいるのではないかと思えるほどであった。


 その少年の姿を見てミカは完全に固まってしまう。自分自身の手で人を殺すなどということは例え祖母を助けるためであっても、どんなに恨んでいたとしてもできない。そう思いおそらくこのそばにいるであろう死神に


 「こんなことはやめませんか?」


 と問いかける。すると死神は姿を現した。その表情は明らかに苛立ちを覚えていた。


 「できれば、やりたくはなかったんだ。」


 「どういうことですか?」


 「イキガミに怒られるし、天界にバレるからね」


 ミカがさらに疑問を投げかける前に死神は姿を消す。ミカが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると死神の笑い声が聞こえた。不気味で人間のDNAに恐怖の具現であると刻まれているような声で笑い続ける。ミカはその恐ろしさのあまり眼をつむり耳をふさぐ。


 そうしてしばらくすると笑い声が止まった。恐る恐る目を開くとそこは何もない真っ暗な空間だった。程なくしてミカは意識を失うこととなる。


 私はミカを見つけることなく橋に差し掛かる地点まで戻ってきた。この町のなかは隅々まで探したつもりである。特に騒ぎになっている様子は感じられず、ミカは家の中で寝ていることを確信しかけていた。


 当然まだ確定ではない、この橋から家までの間を歩いているだけかもしれない。しかしそうであれば確実に発見して止めることができる。


  私は内心安堵していた。真夜中で人通りが全くないため、人間にはありえないような高速で探し回り若干疲れていた事もありゆっくりと歩きながら帰ることにした。


 しかし丁度橋を渡り終えた辺りで異変を察知した。流れの速い川の音のみが聞こえるはずのこの場所で妙に不快な音が混じっているのだ。


 耳を澄ましてよく聞いてみると、何か笑い声のような声が聞こえた、そして私はこの笑い声に聞き覚えがあった。間違いなくあの笑い声は死神のものであった。そして彼女の笑い声は歌声へと変化した、先ほどの不快な笑い声とは違いきれいな歌声であるが死神が強い洗脳をしている証拠でもある。

 

 そして私はすぐにミカがあの声の方向にいることを悟った。ミカが死神によって洗脳されてしまっている。本来ならすぐに駆け付けて助け出すべきだ、しかし死神のあの歌声は私たちイキガミにとっても害があるものなのである。


 だからすぐに近づくことができない。ミカが洗脳に晒されていると言うのに一切の行動ができないことが腹立たしくて仕方なかった。

 

 どれほどの時が経ったろうか、手出しのできないもどかしさが身体の中で暴れまわる。いやきっと時間で言えばまだ十数秒程度であろう。しかしこんなに長く感じる十数秒もないものである。私はミカの身を案じ焦り悔しさのあまり地団太を踏んだ。


 時間にして数分程度経ったであろうかあの歌声は止まっていた。しかし死神にあの歌声を歌わせてしまった時点で私にとって最悪の事態が訪れたのは確定的であった。

 

 歌声が止まったということは洗脳が完了したか、考えたくはないがミカが耐え切れずに死んでしまったかのどちらかである。死神が歌声で洗脳する可能性は考えていた、しかしそれをすれば天界に確実に感知されてしまう。その能力を使い人を殺したところまではバレないだろうが、目をつけられて良いことはないだろう。

 

 そこまで考えると死神がそこまでして洗脳するとは考え辛かった。とは言えこれは私の判断ミスだ、ミカと一緒にいてあげれさえすれば...いや、今は反省している場合ではない。


 私は歌声が聞こえた方向へと走る。

 

 途中ポツリポツリと降ってきた雨を気にしつつ道を急いでいると、背後から声をかけられた。

 

 「よぉ探したぜ」

 

 先程の歌声の主、死神である。私に沸き立つ怒りを抑える余裕はなく既に胸ぐらをつかみかけていた。しかし死神は身軽に避けて笑っている。不愉快な女だ。


 「怒るなよ、早くあの子を助けないと人間に捕まっちまうぜ」


 「どういうことだよ!」


 「聞きたいか?」


 私は返事をせずに唇を噛む。すると死神はミカの居場所を教えてくれた。そして死なれると困るので助けてやれよと付け加えた。非常に気持ち悪い笑顔を浮かべながら。


 私は無言で走り出した、何か言葉を発してしまえば堰を切ったように悪口が出てしまいには手も出てしまうからだ。だが嬉しいことに私は思ったよりもミカに近づいていた様ですぐに死神に教わった地点にたどり着いた。


 そして侵入経路を探すため付近を見渡すと、小さな靴を発見した。もしや、と思い近づいてみてみると間違いなくミカが履いていた靴だった。そしてその付近には不自然にバケツが転がりすぐ上の窓が開いていた。


 私は窓から家の中を覗き言葉を失った。そこには血にまみれたミカが座っていた。両手に何かを持っているようだが暗くてよく見えなかった。


 ミカがどのような状況かわからない中声をかけるのは不安であったが、意を決してそっと家の中へ踏み込んだ。暗い部屋に眼を慣らすとそこは想像以上に凄惨な状態になっていた、私はかつて少年の一部であっただろう腕を持ち上げ絶句した。8歳の少女がここまでできるのか。

 

 部屋中に血がまき散らされ、今私が持っている腕には手首から先が付いていなかった。勉強机には首だけになった少年が置かれていてその表情は恐怖と苦痛で歪んでいた。よく見ると耳や鼻は削ぎ落され口の中に入れられていた。その横にあったコップの中には爪が剥がされた手の指が10本詰められていた。

 

 開いたおもちゃ箱の中には脚が二本反対方向に折りたたまれて入っており、本棚の本は床に投げ捨てられ代わりに内臓がコレクションのように並べられている。

 

 そしてはぎ取ったであろうその他のパーツは床に無造作に散らされていた。あまりの状況に乾いた笑いがこぼれると、ミカは私に気が付きこちらを覗いてくる。その右手には腕を左手には剥いだ皮膚を掴んでいた。


 「あかね、ちゃん」


 私はこんな状況でも自分を認識してくれていることに若干の安堵を覚え、彼女に近づこうとする。


 「ふふ、おそろいだね」


 不意にミカが私に笑いかける。一瞬お揃いとは何のことかと思ったが、すぐに気付いてしまう。彼女は私の持つ腕とお揃いであることを喜んだのだ。


 私は絶望し、ふらふらと彼女の前に歩いた。間近で現実を直視するのは怖かった、変わってしまったミカを見るともう戻っては来ないのではないかとも思ってしまう。しかし、私はそんな風になってしまったとしても、いやそんな風になってしまったからこそ彼女を見捨てることができなかった。


 そうしてミカの前に立つと、ぎゅっと彼女を抱きしめた。


 「あ...ね、ちゃん?...くる、しいよ...」


 か弱い声で呟く、彼女が浴びた返り血で私の服も赤く染まってしまった。しかしそんなことも気にせずさらに強く抱いた。


 「あかねちゃん、わたし、おばあ...あ、ひ、ひとをこr...」


 彼女の目には涙が浮かび、ひどく苦しんでいるように見えた、しかしそれは死神の強い洗脳にも抗う彼女の意志力を表すものであった。


 私はミカを助けることができると確信し、彼女を抱えて家を飛び出した。


 「ごめんな、ミカ遅くなって。大丈夫私が絶対に助けるから」


 意識が朦朧としている彼女には聞こえていないかもしれないが必死に励ましながら家を目指し空を飛んだ。


 草木も眠る丑三つ時、静寂の空を意識を失ってしまったミカを抱えて飛び続ける。そして先ほど降り始めた雨はさらに勢いを増していた。


 私は雨にあたるのを嫌い高度を取る、しかしミカの様子が変わったことに気づく、目を覚ましているわけじゃないが表情が先ほどより苦しそうだ。あ、高度を上げたから呼吸ができなくなっているのか。


 自分がいかに気が回らないかを痛感し、周囲の大気を集めミカの周りの気圧を調整する。どうやら私たちには人間を助けるための能力を色々持ち合わせているようだ。使ったのは初めてだけど。


 暫く飛ぶと雲を抜けることができた、まさか雲の中でびしょ濡れになるとは思わなかったが。


 「あかねちゃん?」


 「うわ、さむぅ...」


 びしょ濡れになり少し落ち込んでいるとミカが意識を取り戻した。そして周囲の温度を上げておいた。本当に私は...


 「う、うわああ! えええ!」


 突然ミカが暴れだす、まだ洗脳が解けているわけではなかったのか、と思い警戒するがどうやらそうではないらしい。目覚めたら急に雲の上だから死んだかと思ったそうだ。面目ない。


 私はミカが少年を殺してしまったこと以外、これまで起こった事の顛末を伝えた。そして私がイキガミであるということも。


 彼女が知る私の姿は10歳程度の幼い女の子だったが、イキガミの姿の私は人間が天使や女神と聞いて創造するような美しい格好をしている。つもりだった。


 しかし、それを聞いたミカの第一声は「かわいい!」であった。曰く16歳程度のこすぷれ?にしか見えないそうだ。ひどい。


 ミカは笑っていた。死神に洗脳され倒れていたと言うのにもう笑って会話をすることができるなんて大した精神力だと思う。


 ひとしきり話した後、雲や街の明かりに邪魔されることのない綺麗な満月と星空を2人占めすることができた。今日は中秋の名月らしい。


 「おだんごもってくるんだったね」


 「いいぞ、雲を抜けるときびしょ濡れになるけどな」


 「それはいやだなぁ、ってもうびしょびしょだよー」


 ...私は冷や汗をかいた。ミカが返り血に気づいてしまうのではないかと。しかし存外それは杞憂に終わることとなる、雨である程度流れた上に月明かりがあるとはいえ暗いので赤と黒の区別がつかなかったようだ。まあ血も鮮血じゃなくどす黒いからだろうけど。


 今はまだミカに真実を伝えるわけにはいかない。そう思いミカを再び強く抱きしめる。


 「どうしたの? いたいよー」


 「ふふ、ミカよく見ろ今夜は月が綺麗だぞ」


 「もぉーばかぁ」


 ミカは布団で見た時のようなにやけ顔を私に見せてきた。


 「やっぱり聞いていただろう」


 「なんのことかな?」


 ミカはおどけた顔で私をからかう、私はその顔を見てようやく安堵することができた。


 「「えへへへへ」」


 私とミカはお互い顔を見合わせて笑う。


 もう少しこの景色を2人だけで堪能することにしよう。

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