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イキガミちゃん  作者: とうふーしゃ
2/7

第1話 少女の祈り

 木々が生い茂りおおよそ人のいる気配などない。おそらく数年、数十年手入れもされていなかった神社の境内に少女が一人立っている光景はさぞ異端に見えるであろう。


 少女は毎日この神社を訪れてはわずかな小銭を賽銭箱に投げ入れている。真っ黒い髪を肩の近くまで伸ばし、背中には少し大きめのカバンを背負っている。とても可愛らしい少女だ。

 

「おばあちゃんをたすけてください」


 2礼2拍手1礼、礼儀正しく参拝した後泣きそうな顔で振り返り立ち去ろうとした。


 彼女の祈りはいつもこれだ、僕もいい加減同じ祈りばかり聞くのは飽きてきた。本来人間の前に現れるのは死に瀕した当人の前だけにしていた僕だが、いい加減彼女の熱意に根負けしてしまった。一応こんなんでも神様の端くれですからね。


 「おい、そこの女」


 少女はどこかの安い芸人のような大げさなそぶりで振り返った。


 「あなただあれ?ここらへんのこ?」


 神様相手にこの子はずいぶんと軽々しいな、いやこれは僕が悪いんだ、人間界に降りるときは職務質問とやらを受けないように小さな子供の姿で降りているからな。


 「僕は神様だよ、おばあちゃんはどこ?」


 彼女は目を丸くして驚いたがすぐにその表情は曇っていってしまった。何かしてしまっただろうか、やはり子供の姿では威厳がないのか。


 「ダメなんだよ。かみさまなんていったら、ばちがあたっちゃう」


 「本当に神様なんだって」


 「またいうー、でもふしぎいつからいたの?」


 「んーと、10日くらい前かな」


 「えええ、そんなにまえからいるの!?」


 「ごはんとかどうしてるの?ここにはほかにだれもいないみたいだけど」


 「そんなもの食べなくても生きていける」


 実際死神やイキガミの中には人間界の食事を楽しみにしている者も多くいるが本来僕たちには必要がない、だって神様だもん。空腹で死んだりしないし、けがや病気にもならない。


 「きて、いっしょにたべよ!」


 そういうと彼女は僕の裾を引っ張って境内の椅子に座らせ隣に座ると、うしろに背負っていたカバンから小さなおにぎりを二つ取り出し、一つを僕に渡してきた。


 「おいおい、僕がもらったら君が足りないだろう」


 いくら小さい女の子でもこれではあまりにも少ないことが分かった。正直二つでも足りないのではないかと思ったぐらいである。


 「だいじょーぶ!一緒に食べたほうがおいしいから!」


 そういうと彼女は小さなおにぎりを頬張りかわいらしい笑顔でのぞき込んでくる

 ここで断ると厚意を無碍にするか...と僕は思い、おにぎりを頬張った。


 「おいしい...」


 毎日毎日飽きもせず口にモノを運ぶ人間や一部死神イキガミ連中をバカなのではないかと幾度となく思ったが、なるほどこれはうまい。


 この味がどのようなものなのかは僕にはわからないが、中に入っている鮭?とやらがすごくおいしい。


 「でしょ、わたしのじしんさくだよ!」


 「あ、わたしミカっていうんだぁーきみは?」


 ミカというのか、人間の名前はあまり覚えることがないが何故かしばらく覚えていそうな予感がした。さて僕の名前か困ったな、あいにく僕には決まった呼称などない。なんせ誰かから呼ばれることなどほとんどないし呼ばれたとしても、おい、おまえ、きみくらいで十分なのである。


 「え、と僕の名前は...ないんだよ」


 「ないくん?ちゃん?」


 「いや、あの違う、名前がないんだよ、あと僕は一応身体は女の子だよ」


 「ええ!なまえないの?あとおんなのこなのにぼくっていうのー?」


 そりゃそうだ、この年の女の子は性的マイノリティなんて言う言葉は通用しない、男の子は男らしく女の子は女らしくあるのが当たり前でありそれを疑う余地もないのであろう。まあ僕が僕というのはいわゆる神様界隈では一番年下だからなんだけど。


 「はは、まあね。よかったら名前を付けてくれよ」


 ミカはしばらく考え込んで神社の境内をてくてく歩き始めた。

 ふと、彼女は神社のほうを向いて止まりしばらくした後に目を輝かせてこちらへ振り向いた。


 「きめた!あかねちゃん」


 「ほう、いい名前だな、何かを見て思いついたのか?」


 「あれっ!」


 彼女が指をさした先にはきれいな茜色をしたトンボが一匹止まっていた。


 全く小さい子は恐ろしい、神様にトンボを見て名前を付けるとは、だが少し可愛くて気に入ったのでありがたく受け取ることにした。


 「じゃあ今日から僕はあかねだね」


 「ぼくっていうのやっぱりへんだよ」


 どうやら彼女はどうあっても女の子の一人称は僕であってはいけないと主張し続けるらしい。


 「じゃあほかになんていえばいい?」


 「わたしとか、うちとか?あかねっていってもかわいいよ!」


 生まれた時から僕なのだから、急に変えるというのもなかなかに難しいが、かわいい笑顔で言われたら逆らえない。

 僕、いや私?うち...あ、あかねは意外と押しに弱いのかもしれない...?と思った


 「ふむ、じゃあ私?にしようかな」


 「ん!かわいい!」


 そんな話をしているうちに、ミカもおにぎりを食べ終わったようで足をぶらぶらしている。

 しかし、この子には私が神だと告げるよりも人間として接して仕事を遂行したほうが都合がよいのではと思い始めた。


 と、いうか神に祈りに来たのになぜ神の存在を信じないんだ。やはり人間はわからない。


 「そうそう、なんでここの神社にきたの?ここのところ毎日いるよね」


 「うん...おばあちゃんがね」


 ミカは悲しそうな顔で語り始めた。聞くと彼女の母方の祖母は数か月前にかなり進行した膵臓ガンが発見されたらしく、その時に余命1年を宣告され現在闘病中らしい。こんなに毎日祈りに来ているあたり状況は芳しくないのであろう。


 人間が死ぬことは仕方がない、死ななければ次の命として生まれることもできない。死そのものを止めることはできないが、少しばかり遅れさせてやることは私にはできる。


 死神の新しい仕事が強制的な死だとすれば私たちイキガミの仕事は強制的な生、ガンであろうが身体の形さえ保っていれば生きさせることができる(さすがにバラバラは無理だけど)


 だがしかし、私の仕事は本来若くして死んでしまう人間へのちょっとした救済。ミカの祖母はおそらく死ぬに値する年齢なのだろう、その寿命を延ばすことをして良いのだろうか。


 そんなことを考えているとふいにミカは立ち上がって私の手を引っ張った。


 「いまからおばあちゃんのおみまいにいくの、あかねもいっしょにいこーよ」


 「ああ、いこうか」


 なんだかんだで、ミカの祖母に会うことはできそうだ。まあ命を渡してやるかはともかくどのような人間かは見ておこうか。おにぎりの恩もあるしな。


 鳥居の外に出て石段を見下ろす位置に立つと、この神社は山の中腹に建立されていることが分かり、周囲には一面紅葉した赤く燃える木々が見て取れた。


 私の名前の由来はこの紅葉ということにしておこうとひそかに思った。さすがに女の子の名前がトンボというのはどうかと思う。いや性別なんてないんだけどね。


 石段を下り道に出ると小さな民家が数件と畑が一面に広がっていた。少し離れたところには小さい市街地のようなものが見えた。


 「あそこの、くろいクルマがとまってるいえがミカのいえだよ!」


 指をさした先には木造の2階建て、現代の家というよりは一昔前の見た目だが中々いい家に思えた。


 「病院まではどれぐらいあるんだ?」


 「んーー1じかんと30ぷんくらいかな」


 ほぉ、小さいのに1時間半も歩くのか、この子はなかなか根性があるみたい。しかし両親は何をしているんだ。


 「ミカ、両親はどうした?そんな距離歩くのは大変だろう」


 「ミカがちいさいころにしんじゃったんだ」


 悲しそうな顔をさせてしまった。悪いことを聞いてしまったな、と思ったがそれよりもひとつ気になることがあった。


 「あれ、今ミカ何歳だよ」


 「んー?8さいだよ」


 8歳には見えないな、年齢にしては小さい体つきでもう少し大きくたっていいと思う。しかしその歳ならもう少し漢字を使って会話をしていただきたいものだ。


 「ミカのしんせきはおばあちゃんだけ、ほかはみんな...」


 私は彼女を無意識に傷つけてしまったことを反省した。例の祖母が彼女にとって最後の身内で、もし死んでしまったら彼女は天涯孤独となるのであろう。


 世の中には決して珍しくはない、身寄りをなくし施設で暮らす子供たちもいるのが現実だ。彼女だけを特別視して助けるわけにはいかない。そんなことはわかっていてもやはり多少感情というものが存在している限り考えてしまう。だがだめだ、感情移入していたらきりがないことはわかっている。

 

 そんな葛藤をよそに彼女はすぐに立ち直り自身のことを話してくれた。


 ミカは少し離れたところに見えた市街地の学校に通っているらしい、しかしここ最近は祖母の看病や家のことがあるのであまり行けていないようだ。口調が幼いのはそういうわけか。そして今では友人とも疎遠になり大抵の時間を一人で過ごしているらしい。


 その歳で数か月学校に行っていなければ友人も失ってしまうだろう。彼女の事情を理解できる年齢でもあるまい。しかし学校の担任は事情を知っているのか学校で配られた配布物や情報を時々彼女に伝えているようだ。不登校になっている事も咎めることなく理解しているのだろう。


 そしてミカは今困窮している。彼女の身内は病床に伏した祖母だけであることを考えれば当然のことではある。農家を営んでいた祖母の貯蓄と彼女の両親が残した遺産で食いつないではいるが、祖母の入院費もかさみ貯蓄も遺産も底をつきかけているのだ。


 幸い近所の人間は暖かく数少ない小さな子供であるミカを助けるために収穫したコメや野菜をわけてくれているそうだ。


 しかし、小さいのに冷静でしっかりしているものだと私は感心した。中々良い人間だ。


 「ここがミカのがっこうだよ!」


 「ちいさいな、何人くらいいるんだ?」


 「わかんないけど20にんくらいかな」


 どうやら体育か何かをやっているようで数名が外へ出てきていた。みたところ複数の学年、それも中学生ぐらいの子供まで一緒に遊んでいるようだった。


 田舎であればそういうこともあるのだろう。


 「おい!あれミカじゃねえの?」


 「ほんとだ、あいつなにしてるんだこんなところで」


 10歳くらいの少年とそれより少し年上の少年が2人でミカのことを話しているのが聞こえてきた。


 「あかね、いこう」


 急に表情を曇らせたミカは、私の手を引いて走った。今日はやたらと引っ張られることが多いな、私はそんなにとろくさいのか。


 「おい、ミカ、急にd...」


 全て言い終わる前にミカは話し始めた。


 「ごめんね、あのこたちはすこしにがてなんだ」


 だろうな、悪意の感情に満ちた顔をしていた。遠くではまだこちらを向いて笑っている。不愉快な連中だ死神に頼んで殺してやりたい。まあそんなことをしてしまったら私たちの仕事が増えるだけなんだけどね。


 「どうしてミカにいじわるするのかわからない...ミカはなかよくしたいのに」


 ミカは先ほどの少年2人のほかに1人の少年と2人の少女計5人にいじめられているようだ。全校生徒が20名だとすればその1/4はいじめの主犯で、おそらくほかの生徒も見て見ぬふりをしているのだから助けにはならない、いやそれどころか事と次第によってはいじめに積極的に加担することも考えられた。何故だ大人たちはミカのことを心配して見守ってくれている、なのに。


 「大丈夫、私が友達になってあげるよ」


 私はあまり長くこの地に滞在することはないとわかっていた。しかしそう無責任な言葉を出すしか彼女の慰め方を知らなかった。


 「ほんと?ミカとおともだち?」


 そう言ったミカの笑顔がとてもまぶしくて、少し心が痛んでしまった。


 「ああ、ずっと友達だ」


 


しばらく市街地を歩くと病院が見えてきた。4階建てでこの辺で一番大きな建物であることは明らかであった。


 中に入ると受付のお姉さんとおばさんに声をかけられた。


 「あら、みかちゃん、今日はお友達も一緒?」


 「可愛らしいわねぇ、ボーイフレンドかしら?どこの子?いくつ?」


 お姉さんはともかくおばさんは年相応になんていうか、うざい。何故人間の女性は年を取ると余計なことを言いたがるのか。


 「あかねちゃんだよ!おんなのこですーー」


 「はじめまして、あかねです」


 私も見た目は10歳くらいなものなので丁寧にあいさつをしておいた。


 「あら、ごめんなさいねぇ、ミカちゃんおばあちゃんはいつもの病室よ?わかるわよね」


 「うんっありがとうおばさん!」


 な、子供とは恐ろしい、普通こう40代ぐらいの微妙な年齢の女性におばさんとは言わないだろう。ってなんで私が人間より人間らしく気を使っているのだ。

 まあ、すこしすっきりしたのは内緒にしておこう。


 ミカによると彼女の祖母の病室は3階の一番奥らしい。そして階段を上ろうとしたその時私はある気配に固まった。それは人間の住む世界のものではない。つまり私と同郷のもの、それもこのうざったいほど纏わりつく負と死のオーラは...


 「よぉ、久々だなぁ」


 死神。きっとミカは気づいていない。人間には聞き取れない言語だ。


 「ごめん、ミカちょっとトイレ!」


 「え、うん」


 そういうと私は死神の手を引き女子トイレの一番奥の個室へと引き込んだ。


 「どうしてお前がここにいる」


 「それはこっちのセリフだ、ここには若くして死ぬような奴はいないぞ」


 「野暮用だよ、んで誰を連れていく?」


 私は祈るような思いで聞いた。彼女の祖母であれば回復の見込みはなく、死神が来ているということは数日以内に確実に死ぬ。


 死神はめんどくさそうにあくびをしてからこう告げた。


 「あいつのばあさんさ」


 ああ、やはり、嫌な予感というのはたいてい当たるものだし、そうなるのは予想通りだ。これで私は選択を迫られる、ミカの祖母に命を渡すか見殺しにするか。できれば干渉せずに生きていてくれるならそれが一番いいと考えてはいた。しかし現実はそううまくいかない。


 「あとどれぐらいだ」


 そう尋ねた、私にだって考える時間が欲しい年寄に命をやるなんて本来の趣旨に反している。それなりに言い訳を考えるか、ミカをある意味で裏切ることに対して自己弁護したい。


 死神はあごをかきながら、そうだなぁとつぶやき1本の指を立てた


 「1週間か?」


 と、私は尋ねた。1週間あればそれなりに考えがまとまりそうだなとも思った。


 「いんや、1晩だ」


 「は?」


 死神が言うにはあと1晩。正確には明日の朝7時40分に死んでしまうらしい。私は人を思いやってやるほどの感情は持ち合わせていない。そう自負していたが、あの子のことを思うと。


 「私はあのばあさんに命をくれてやろうと思う」


 「おい、お前本気か?」


 「ああ、まだ悩んではいるが」


 「そんなことしたらお前、上からどんな仕打ちを受けると思う」


 わかっている、お上の意思に反していることだって、だがごまかすことはできる。


 「なあ協力してくれよ」


 「は?何を」


 「だからさ、わたしとお前の能力を使って...」


 そんな話をしていると個室の扉がたたかれた。


 「あかねちゃんだいじょうぶー?」


 どうやら心配して見に来てくれたようだ。こんな話聞かれるわけにもいかない。死神にはまた後で話すことにしよう。


 「と、言うことで今夜また来るから0時丁度にこの個室で」


 「あ、ああ」


 小さな声で今夜の密会の約束を取り付けて個室を後にした。死神が小さく笑っていた気がしたが何か楽しい事でもあったのだろうか。まさか私に気があるとか...あいつも身体は女だけど。


 「大丈夫だ、さあ病室へ行こう」


 「ちゃんと流して、手を洗ってからだよーもう」


 これはうっかりしていた、本当は用を足すことなどないから考えてもみなかった。私はミカの言う通りトイレの水を流し手を洗ってか外に出た。イキガミはトイレになど行かないのである。


ほんとだよ。

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