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8. あのねぇ

「姉ちゃんお帰り。意外と早かったね」


 私の部屋の片隅で、柚葉がスマホをいじっていた。


「ええと、柚葉ちゃん、かな?」


 堀くんは自分がどこに来たのか、なんとなく察したようだった。


「はじめまして。堀太郎さんですよね」


「はじめまして、堀です。ええと、ここはお姉ちゃんの部屋、でいいんかな」


 何で妹と会話を始めようとする?


「ちょっと、太郎ちゃん!」


 私はわざとそう呼んだ。


「な、なんだよ太郎ちゃんって」


「堀くん、家では太郎ちゃんなんでしょ」


「何で知ってんだよ!?」


「あの異世界の人達に話をするとき、私のこと“杏奈”って呼んでたの?」


「英語だとどうしてもそうなるだろ」


「その割に、Call me “Hori” って言ってたみたいじゃない」


「あのおばちゃん、おしゃべりだな」


「もう……あと、『ちょっと工具を取ってきます』ってどういうこと?」


「世話になるだけなっといて、こっちは何もしませんって訳いかないだろ。焦げて強度の弱った木材を再利用しようとしてたから、それは捨てて、新しい木材を使いましょうって提案して、燃え残りを取り外した所だったんだ。悪いんだけど、家からインパクトドライバとか取ってくるから、そうしたらもう一度飛んでもらえるか?」


「ちょっと、太郎ちゃん!」


「な、なんだよ」


「あんた自分が何言ってるのか解ってるの?」


「おまえに無断でむこうに協力を約束したのは悪かった。謝るよ」


「そうじゃないでしょ。私達、どんな原理で異世界に飛んだか、解んないのよ。ということは、いつ突然帰れなくなるかも判らないし、飛んだ先に物があって物理的に干渉した場合、何か起こるかも判らないでしょ」


 後半の方は、興奮してしゃべりながら途中で気が付いて追加した。言ってから自分でもゾッとした。本当にどうなっていたのだろう。


「言い方は悪いけど、あの人達は私達が普通に生きているかぎり、もう二度と出会わない人達でしょ。いわば夢の中で出会った人と一緒じゃない。義理もなにもないでしょ」


「ちょっと待て、それだけは違うぞ。そんなこと言ったらあの人たちは、何の義理もない俺に食事を用意してくれ、寝床まで用意してくれたんだぞ」


「けど異世界転移の危険性と天秤にかけると……」


「頼む」


 堀くん……もうそろそろ最近の呼び方に戻していいかな、太郎ちゃんは靴を脱いで私に土下座した。


「もう片道だけでもいい。橘は来ないで、俺だけ飛ばせるならそれでもいい」


「そんな、自分の彼氏を一人だけ見知らぬ世界に飛ばす訳ないでしょ」


 太郎ちゃんは頭を上げ、呆けた顔で私を見た。


「しょうがないなあ、付き合うよ。太郎ちゃんの義理に」


 そう私が言ったところで、柚葉が立ち上がり、黙って部屋を出ていった。しまった、柚葉が居たことを忘れていた。後で絶対にからかわれる……。


   ***


 太郎ちゃんと私は私の家から徒歩10分の場所にあるカインズホームに来ていた。カインズホームは埼玉県本庄市に本社を置くDIYショップである。


 私の主観だが、埼玉県は他県に比べてDIYショップが充実している。東京のベッドタウンとして結構な人口があること、東京より土地が安いことからマンションでなく戸建ての比率が高いこと、東京や神奈川に住む人々と比較して年収の低い人が多いため、ある程度の家の修理は自分でやらなければならない人が多いこと、などが理由であろう……と、私は勝手に思っている。……ええと、埼玉県の皆様、なんかすみません。


 ビバホームだのセキチューだのD2だのと近所に沢山あるDIYショップの中でもカインズホームは品揃えで頭抜けている。家事関係道具の安さではビバホームに一日の長があるものの、店内を見て回る楽しさという点ではカインズホームはピカ一である。ただ、今日は私の好きな調理具売り場ではなく、木材売り場に来ていた。


 私は知らなかったのだが、こちらの店舗では顧客にトラックを貸してくれるらしい。太郎ちゃんはトラックに驚くほどたくさんの木材を積み込んだ。長いものでは3mぐらいありそうなものもあった。また、ごちゃごちゃ良くわからない金具もいろいろと買い込んでいた。


 あのー、まさかこれ全部向こうの世界に持って行くつもりではないでしょうね。


「よし、行くぞ。杏…橘、助手席に乗って」


「もう杏奈でいいよ。で、これからどうするの?」


「まずは俺の家に戻って着替える」


 太郎ちゃんはまだ入学式の時のままのスーツ姿であった。スーツは可哀そうなくらい薄汚れていた。


「で?」


「で、その後このトラックごと向こうに飛べないかな?」


「出たぁ~。太郎ちゃん実は昔からそんな滅茶苦茶なヤツだったの? 合唱団の会計やってたときは頼れるしっかり者という印象だったんだけどな」


「やっぱり無理かな」


「もう…」


 私は苦笑した。


「とりあえずやってみよ」


   ***


 太郎ちゃんの家は私の家から3駅ほど下った場所にある。


 太郎ちゃんが着替えている間、私はトラックの中で待っていた。あの人の良さそうな電話のお母さんに会ってみたかったが、今一緒にいる所を見られると話がややこしくなってしまうので我慢した。


 太郎ちゃんはトラックに戻る際、ドリルだのドライバだのと工具を山のように持ってきた。そんな趣味があったのか……。


 それから、近所のショッピングセンターの立体駐車場最上階までトラックを移動させた。そのけっこう広い駐車場には車が一台も停まっておらず、人の姿も見えなかった。


「経営大丈夫? ここのショッピングセンター」


「最近近所にショッピングセンターがいっぱい出来ちゃったからね。苦しいことは苦しいんだと思うよ」


「ふうん」


 今日は弱みに付け込むようなお店の使い方をしちゃってすみません。今度、ちゃんとお買い物に来ます……と、私は心の中で謝罪した。


「……じゃ、行こうか」


 私は右手を太郎ちゃんに伸ばした。


「頼む」


 彼は右手でハンドルを握ったまま、左手で私の手を握った。私は左手でドアの手すりをつかみ、この車全体が“自分”である、と自分に言い聞かせた。


「あーあ、初デートが大工仕事かぁ」


 笑顔で太郎ちゃんを見つめてそう言うと、太郎ちゃんは困った顔になった。やっぱりかわいい。

〇〇〇 埼玉マメ知識、その4 〇〇〇


 平安時代の頃は、川を渡る技術が低かったので「街道」は主に山の側に作られました。そのため、都から武蔵国に来る時は、現在の埼玉側が武蔵国の入り口でした。すなわち、平安時代は東京から埼玉へ来る方向が上り、埼玉から東京へ向かう方向が下り、でした。だから何、と言われてしまえばそれまでですが。

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