7. こら!
上空から街を確認すると、竜はすでに居なくなっており、竜がいた辺りのみがひどく損傷を受けていた。
堀くんは……実にあっけなく見つかった。
広場に降り立ち、通りすがりの女性に
「Excuse me. I am looking for a man. Have you seen this person?」
と、スマホに映った堀くんの写真を見せると、スマホそのものと、人探しの両方に興味を持ったその女性が傍にいた知り合いの女性達を呼び寄せ、またその人達が知り合いを呼び寄せ……あっという間に人だかりができてしまった。そしてその中の一人が、
「I know! I know!」
と、……ええと、見栄を張るのは止めて、以下日本語表記に直します。私も実は英語はあまり得意ではないので……。
脱線ついでに……英語ネイティブと友達になって、久しぶりに会うとその彼女が日本語をしゃべらないことに驚いたことがありませんか? 私の脳みそは英語を日本語より早く忘れる仕様になっているらしく、英会話をした後、相手が話した言葉を翻訳した部分だけが記憶に残り、いつのまにか私のなかで相手が日本語話者になってしまっていることがままあるのです。 私だけでしょうか?
ええと、「I know! I know!」でしたっけ。日本語にすれば「あたし、知ってるよ!」という感じでしょうか。
「あたし、知ってるよ!」
と、言ってくれた人がいたので、
「どこで見かけました?」
と、聞くと
「ついてきな」
というのでついていった所、堀くんはその女性の家の補修工事を手伝っていた。
彼女の家に着くまでの間、彼女と少し話をした。
「彼を保護してくれているんですか。ありがとうございます」
「一緒にこっちに来た女の子の話も聞いているよ。あんたが杏奈ちゃん?」
「はい。橘杏奈です。よろしくおねがいします」
「ほんとに可愛いわね。あの子が夢中になる訳だわ」
えー、一応書いておきますと、決して臆面もなくこのようなことを書いている訳ではなく、空気感を伝える為に、やむを得ず書いているといいますか……いえ、言われて嬉しかったことは否定しませんが……。
「あたしはマリー、よろしくね」
マリーというより悦子という感じの肝っ玉母ちゃん系おばちゃんだ。
「あれ? 彼、私のことをファーストネームで呼んでました?」
「なに?」
あ、そうか、英語だと自然にファーストネーム呼びになるのか。
「あの、彼をどういう経緯で保護することになったんですか」
「単に逃げる時横を走ってただけだよ。帰る場所が無いっていうからとりあえず家に泊めたんだよ。杏奈ちゃんが異世界から連れて来ちゃったんでしょ」
「はい。あのあと必死に探したんですけど、どうしても見つからなくて」
「あたしが親戚の家に連れ込んじゃったからかな。悪かったね」
「いえとんでもない。……ところであの、“異世界”って概念はこちらでは普通なんですか?」
「“異世界”から人が転移してくる場合があるって、話では聞いてたけど、実物を見たのはあんたらが初めてだね。ましてや魔法使いなんて……生きている間にお目にかかろうなんて夢にも思わなかったよ」
「へ? …魔法使い? 」
「杏奈ちゃん、異世界転移の魔法を使えるんだろ。話だけならいろいろな魔法使いの話を聞いたことがあったけど、そんな凄い魔法使いが居るって話は聞いたこともなかったよ」
「太郎ちゃんどんな説明をしたんですか? 私達はたまたま聞き覚えた呪文を唱えてみたら、こちらに転移しちゃっただけです」
「太郎ちゃん? あの子、自分のことは堀って呼んでくれって言ってたけど」
「堀太郎です」
何あいつ、私のことはファーストネームで呼んどいて、自分はファミリーネームなの?
「His full name is Taro Hori. Could you call him “Taro-chan” ? “Chan” is his title」
「OK」
おまえもファーストネームで呼ばれろ。
***
「堀くん!!」
とは言いつつも、彼の姿を見たときは嬉しかった。たった12時間前に分かれたばかりなのに、数年ぶりに会えた気分だ。堀くんは、借りた工具で木材を加工していた。
「よう」
「『よう』じゃないでしょ。私があの後どれだけ必死に堀くんのことを探したと思うの」
「そうか。じゃああの後、すぐに再移転に成功したんだな」
「もう本当に、いろいろあったんだから」
いかん。涙ぐんでしまった。
「悪かったな」
「とりあえず、帰ろ」
私は堀くんに手を差し出した。
「ちょっと待って」
堀くんは一緒に木材を加工していた男性の方を向いた。
「トミーさん、この子がさっき話をしていた杏奈です」
「おお、杏奈ちゃんか。はじめまして」
「はじめまして」
私は男性と挨拶した。ここでは頭を下げる、という動作が挨拶になるらしかった。中途半端に日本と文化が被っている。
堀くんは工具を箱にしまい、カバンと上着を取ってきた。
「じゃあトミーさん、マリーさん、ちょっと工具を取ってきます」
というと、私に手を差し出した。
「橘、頼む」
ちょっと待て、ツッコミどころだらけなんだけど。……そう思ったが、初めてあったご夫妻の前で下らないケンカなどできない。私は何も言わずに彼の手を取り、私の部屋へ戻った。