優しい嘘なら許されますか
本作は、Twitterでのお題に沿って書き上げた、即興の掌編小説です。
ツイート一発書きです。
お題は以下のとおり。
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志茂塚 ゆりさんには「優しい嘘なら許されますか」で始まり、「手を伸ばしても空を掴むだけだった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。
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後書きにて、筆者の関連作品を挙げさせて頂いております。
なお、本作は完全なフィクションです。
「優しい嘘なら許されますか」
西高東低、関東の冬空はたいてい白っぽく晴れている。この日もやはり晴れていた。コートのウール地を通して、中途半端に冷えた空気が二の腕を侵食する。
火葬場の庭には鳩が群れていた。鳩たちは寒気を孕んではち切れそうなほどに羽を膨らませていた。
彼の顔は、煙突から立ちのぼる煙と同じ程に白かった。白粉が痩せた頬にむらを作っていた。
(私なら、もっと綺麗にできるのに)
愛用のリス毛の筆で、彼の顔を撫でてあげたかった。
もちろん、遺族の前でそんなことができるはずもなく、私は棺に花を差し入れたのだった。トルコ桔梗が彼の頬を撫でた。
若い人の死は、例外なく悲劇的だ。霊柩車を送るとき、葬儀社の人までもが目じりを袖で拭ったのを、私はぼんやりと見ていた。
「慣れている筈なのにね」
隣に立っていた友人がそっと呟いた。そうだね、と私は返事をした。
霊柩車にお父様とお母様が乗り込んだ。
お母様の計らいで、私たち友人一同も、空席だらけのマイクロバスに乗せてもらった。霊柩車、お坊様の車、マイクロバスの順で葬儀場を出た。葬儀社の人は、その姿が見えなくなるまで頭を下げていた。バスへの同乗を遠慮した先生が、背筋を真っすぐにして見送る姿が、講壇に立つ姿とは全く違って見えた。
炉の前でお坊様がお経を唱える間、私は、彼の棺に納めた文庫本の冒頭を頭の中でなぞっていた。お母様の背中は微動だにしなかった。
読経が済むと、遺族は控室へ列をなして移動していった。私たち友人連中は新鮮な空気を求めて建物の外へ出て、火葬場の庭をそぞろ歩きした。
不意に力が抜けて、私はその場にへたり込んだ。友人が慌てて私の背中を撫でてくれた。でも、友人の言葉も、背中に染みこんでいる筈のその手の温かさも、ガラス一枚隔てた世界の出来事のように、私には他人事に感じられていた。私は、庭をトコトコと歩き回る鳩と同じ目線で、煙突を見上げていた。
煙突から立ち上る煙は、やがてダイヤモンドのように透明になって、冬空に溶けていった。私は、私に火をつけてしまいたかった。そのまま煙となって、彼の煙と混ざりたいと思った。そして灰になって、雪と同じように彼の墓穴を埋めたいと、本気で考えていた。
「私、あなたと燃えたかった」
友人が私を抱きしめてくれるのを、コートのウール地の向こうに感じた。
優しい嘘なら許されますか。
私は野辺の煙へと両手を広げた。手を伸ばしても空を掴むだけだった。
即興小説を読んで下さり、ありがとうございました。
筆者の関連作品は次のとおりです。ご一読いただければ幸いです。
●【短編小説】「あなたについて」
https://ncode.syosetu.com/n8887fp/
●【詩】「ダイヤモンド・シミラリティ」
https://ncode.syosetu.com/n1568ff/
●【詩】「静寂の糸 編み上げて」
https://ncode.syosetu.com/n6204fd/




