ヒュプノスの葛藤①
「鷺沼さん……?」
なんで鷺沼さんがここにいるのだろうか。やはり夢なのだろうか。だが、そう思うにはあまりにも感覚がリアルだ。
「錦田くん……?」
鷺沼さんも同様に呟いた。
なんなんだこれは。理解の難易度が微分積分の比じゃないぜ。
オデュッセイアは不思議そうに思っているであろう声で呟いた。
「どうした?早くその子を殺れ」
みると、向こうにも同様に人型の光がおり、鷺沼さんになにやら言っている。
「なぁ、オデュッセイア。さぎ…あっ…あの子が向こう側の神が取り憑いた人間なのか?それからここであの子を殺ったら現実世界ではどうなる」
「ふぅ…得意の質問攻めか。まあいい、教えよう。
まず、あの子が向こう側が憑いた人間だ。それからこの世界であの子を殺ると、」
時間が止まったように感じた。元々夢の世界に時間の概念なんてないのかもしれないが。
「現実世界ではなかったものになり、みんなの記憶から消える。勿論お前も例外ではない。だが、それも全人類が滅ぶよりはマシだ」
「すまない…オデュッセイア。俺にはあの子を殺れない……」
「は?ふざけるな70億人を見殺しにする気か!?」
「いや…」
俺は一つため息をつくと、鷺沼さんの元に近づいていった。彼女はなにやら怯えた様子でこっちを見ていた。
「鷺沼さん、俺にはあなたを殺すことはできません。ですが、全人類を滅ぼすこともできません。そこで両方ともかなえる方法が一つだけある」
「俺を殺して下さい。それで全てすみます」
背後から強烈な気配を感じ、振り返るとオデュッセイアが怒鳴りつけてきた。
「ふざけるな。錦田てめぇ、裏切るつもりか」
「すまないオデュッセイア。だが、俺にとってはこの人の命の方が大切なんだ」
すると、鷺沼さんは涙目でこっちを見ると枯れるような声で俺に言った。
「私も……錦田くんを無かったことにするなんて……できない」
それを聞くなり二人の神々は揃いも揃って叫んだ。
「てめぇらどういうことだ。世界を破滅させる気か。全人類と俺らの恨みを買うことになるぞ」
確かにそうだ。全人類が滅んでは元も子もない。俺はならばと思い鷺沼さんの隣に佇む光に話しかけた。
「この世界、自害できないのか」
すると、そいつはこう言った。
「ここは夢の世界。刃物でも生み出せば自害できますよ。念じてください」
良いことを聞いたこれで鷺沼さんを巻き込まずに済む。
俺は、いつも母親が使っている包丁を想起し、強く念じた。すると、俺の手に見覚えのある包丁が出現した。鷺沼さんがなにやら叫んでいて、このままにしておくと邪魔をしてきそうだったので、俺は地面を隆起させて鷺沼さんの自由を奪った。すみません。今回ばかりはお許しください。
「鷺沼さん。今までお世話になりました。お元気で」
これで俺は無に帰すことになる。やり残したことはいっぱいあるが、やれたこともいっぱいある。皆の記憶から俺は消えるのわけだ。
あぁ…鷺沼さんがなにやら枯れるほどの大声で叫んでいたが、もう俺の気は変わらない。別にかっこつけてるわけじゃないですよ。
鷺沼さん、あなたが好きだったんです。