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子育て?超越者(ヒュペリオン)  作者: 樽腹
第四章 超越者
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第37話 英雄の帰還


人間とは何か。


日々入れ替わる細胞に守られた記憶を元に心を持つ者か。


魂とは何か。


命の失われた肉体全てを直したとて人は動かない。


彼の愛すべき姉が、極寒の地で起きた革命の巻き添えで死んだ時。


まだ幼かった子供は覚醒した。


【福音】と【暗黒譚】を持って──


子供は憎悪と狂気のままに、姉を殺した原因となった全てを破壊した。


愚鈍な王族と傲慢な貴族。

軍も民衆も全て殺して回った。


殺さなかったのは自分と同じスラムに住む弱き者と、姉と同じ修道女の知人に神父だけ。


少年(キリル)は神と運命を呪った。


王侯貴族から奪った富を世話になった孤児院に寄付した彼は、姉の亡骸と僅かばかりの荷物を持って世界を飛び立つ。


...その世界に神は居らず、彼は元の世界には二度と戻らなかった。





数百年を生き、鬱屈とした心根は次第に歪んで壊れていく。



失われた命を蘇らせる為に、失われた魂を探す旅。


殺した者。

生きた者。


余す事無く実験に使い、命の謎に迫る。


善も悪も等しく殺す。

其処に区別は一切ない。


特に貴族や神に近い存在は、例えどんな善政を敷こうとも徹底的に拷問に近い実験で殺した。



永きに渡り精神は歪み、より邪悪に。



異世界を渡って書を漁り。

医師や賢者を殺してその知恵を奪い、さらに研鑽する。


まるで買い物か便所に行くような手軽さで命を奪う。



最初に抱いていた弱者を殺さぬ矜持はすでに無かった。



その過程で産まれた不死者の兵を用い、さらに生きた者を捕らえて使う。


超越者の力は渡りに船。


やがて神を殺して手に入れる為に、他の超越者を襲って力をつける。



全ては姉に命を、魂を再び取り戻す為に。



数百年の時を越えた今も、俺に殺されるまでもその目的は何一つ変わっていなかった。



俺の記憶の中で優しく微笑む彼の姉の存在が。

正気に繫ぎ止める縁だったのだ。



...


気付けば俺はうずくまった状態で、地面に臥せっていた。




あまりにも、救いが無かった。


極貧による飢えと身分と生まれによる迫害。


それを起因にした革命と最愛の姉との死別。


もっと前に目覚めていたら彼は最愛の者を救い。

...少し気難しい隣人としてこの世界にやって来れたであろうか?



もっと後に目覚めていたら、彼はその事実に心に傷を負いながらいつか折り合いを付けて。

...痛みを知る者として、他者を救う存在になれたであろうか?



全てが終わった後で『もしも』を考えてしまう。


この男に俺の前世の記憶が渡らなかった事が唯一の救いだ。


もし、俺を殺して知ったのなら確実に彼はもっと知ろうとするだろう。



あの世界の全てを最悪な手段をとって...そして、今度はその科学の力を使ってあらゆる次元の神に──



「タリオンくん!」

「...ええ、大丈夫です」



俺は片膝をついたまま、逆手で引き抜いた山刀を鞘に納めた。


皆、真剣に俺の心配をしている。


あのココですら、本当に泣きそうな目で見るのだ。



中途半端に良い奴め。



イルダナフさんから俺の肩に飛び移ったステラと、きゅうきゅう鼻を鳴らして体をくっつけるラヴィネの頭を撫で続ける。


事情は確かにあった。


誰だってそうだ。


其処に主役脇役なんてものは無くて、皆が等しく意思を持って生きているのだ。


簡単に殺される訳にはいかないし、殺させる訳にはいかない。


あの男はケセルナの街の住人を、皆殺しにしようとしたのだ。



この力を迂闊に振るえば、一度箍が外れた人間がどうなるかを、キリルとその犠牲者の記憶がしっかり教えてくれた。



そして...


本来俺に必要のない知識。

死人や悪霊、人工精霊に携わる知識。


異世界間の人体の相違点に始まり、数十にも及ぶ言語と幾百幾千の知識が。


何の矛盾も違和感も無く、全て俺の力として収まる。


俺に無かった魔術すらも。


仙術、神術、錬金術、死霊術。


キリルは幾度も幾度もその道に生きる者達を狩り続けてその知識と技を奪いその力の純度を高めていた。


そうして殺した者の記憶と材料から新たな存在を、死人を生み出す。


あるいは生きたまま贄と使い、悪魔を呼び出し殺して支配する。


それらが全て、何のリスクも危険も無く俺の力となる。


これが、


これが超越者か。








ただ容易に殺す事を選ばせるこの力が、あまりにも恐ろしくて。



──皆を守れて本当に良かったと、心の底から思えるのだ。



「...さあ、帰りましょう」


...此処に長居はしたくなかった。


止むを得ず戦場にしたが、通行人が一度たりとも現れなかった事が奇跡にしか思えない。


「おっ!そうだな!」「さんせーい!!」


ワンダさんとココが、ほっと溜息を吐いて明るく笑う。


俺の言葉に首領達は一歩離れた場所に整列すると。


「俺達も還るとしよう」


眠ってる人を運ぶ為に白雪狼の親を残して。


それぞれ手を振り尾を降りながら、次々と消えていく。


ワンダさんとイルダナフさんの二人がこの場に立って居るのは彼らのお陰だ。


手駒ならば兎も角、この二人が死んだ場合どうなるかが分からなかった。


其処から作戦が漏れる危険があったからだ。


手駒を減らされ、記述もギリギリまで使って。

ようやく切り札を切る相手だからこそ、今回の作戦が成り立つ。


勝利を束の間でも味わっていたのも、直前で秘宝を壊した事も全て効いた。


最後までキリルは騙され続けていた。


最初に言われた通り。彼等を捨て駒にしなければ、この勝利はあり得なかった。


「ゔぉぅ」「きゅうう」


白雪狼の夫婦が挨拶を交わし、母親がラヴィネを優しく舐めて消えていく。



「またな!」



最後に残った首領が、俺とルンナさんを交互に見比べ、笑いながら消えていった。



何だってんだ...



俺はキリルの持ち物も全て入った支配空間から、じいちゃんの形見の弓を取り出す。


一度敵の手に落ちたが、無事取り返す事が出来た。


元の場所である背中の留め具に繋いで背負う。


うん...やっぱりこの弓が無いと、落ち着かない。


「ぁ...そ、そのっ、タリオンくんは...今のわたしの事を、なんとも...思わないの?」

「? どうしてですか?」


首を傾げてみせると困惑したようで


「どうして、って...その...」

「俺にとっては、今のルンナさんも眼鏡を掛けてるルンナさんも一緒ですよ」


俺は変に捻る事なく思った事を口にした。


「い、一緒...?」


「ええ、どちらもとっても優しくて綺麗で。素敵な女の子ですから」


その言葉が彼女にとって、どれだけの意味があったか。


前世ではもちろん。今世でも見たことのない表情(かお)で、こちらを見つめていた。


その心中は如何なるものか、


「......」「......」


ステラのぐーぐーごろごろ鳴る喉がやけに大きくて。





言ったあとですごく後悔する。




なんてめたくちゃ恥ずかしい事言ってんだ俺!





考えもなしに!考えも無しに!





そして保護者sはニヤニヤしないでください。

剣に手をかけた娘さんをどうか止めてください。


「か、帰りましょうか」

「...!は、はい...でも、その前に」


何処からともなく眼鏡を取り出してかける。


すると彼女の姿はたちまち元の姿に。


服装も朝に会ったままの姿だ。

どんな原理なのかわからない。


何故か湯立つように真っ赤な顔を両手で覆い隠すと、すぐさま俺の視線から逃れんと白雪狼の後ろに隠れてしまう。


「ルンナちゃあああん!」

「ひやあぁぁ!」


そして始まる女の子同士の追いかけっこ...

と、思いきやすぐさま彼女は捕まってしまった。


「うへへへ...どうやってここまで来たの?お姉さんにこっそり教えなさい」

「ぁぅぅ...」


...


一応保護者が居るから大丈夫だろう知らないけどきっとそう。


おっとそうだった、秘宝を回収しなきゃ。


「【回収(collect)】」


俺は地面に落ちたペンダントと、所有権が移った二つの壊れた武器の部品とかけらを全て拾い集めて支配空間に。


魔術師と鍛治職人としての記憶と技術も既に持っている。


記述も利用して修理しよう。


さて...


「うぉふっ」


白雪狼(ラヴィネパパ)よし


「すー...」


一般人よし、遺品よし


「わんっ」「ぴゃぁ」


子供達よし


「ぐへへへ良いではないか!良いではな(ドゴォ!)お“ぶっ!!?」


...最後にワンダさんが(ココ)を担いだ。


「ぅぅ、もぅ......」


俺は手を彼女の手を取り、引っ張って起き上がらせた。


「ぁ......あ、りっ、が........ぅ」


お礼は最後までは聞き取れず、今度は祖父の影に隠れてしまった。


イルダナフさんの妙に優しい笑顔が気になるが、とりあえず全員よし。




じゃあ帰ろう




...


この時、俺達は失念していた。


いやなんというかさ、俺も超越者になったばかりでさ。


色々ショッキングな事とか戦いとか、指輪の力で無事だったとは言え、一回死んだりもした訳で...


紅玉や勇猛という二つ名を持つとは言え、彼等もまた人間だ。


やはり疲労やショッキングな事が何度もあれば、当然ミスもする。


あんな街から離れた場所とはいえ爆発や閃光が飛び交っていちゃ気づかない筈は無かった訳だ。


うん




だからこれは言い訳だ。


...








「嘘だろ........」


チェインメイルにヘルメット。

ココと殆ど同じ装備をした一団が、目の前に立っていた。


その集団の先頭に立つ男はあんぐりと口を開け。


手に持ってた斧槍(ハルバート)を、その場に落とす。


「...爺さん..............おやっさん...」







「「「「「あ」」」」」


此処で俺は、俺達はようやく現世に居たらいけない人物が二人も居た事を思い出した。


「うぉふ...」「きゅぅぅん」「ぴゃ...」


信じられないものを見るような、そんな目で俺を見る三匹の顔が今も忘れられない。


...ごめんなさいやらかしました。




こうして──



ひとまず世界の危機は終わりを告げ。




二人の英雄の帰還とともに、

ケセルナの街の最も長い一日は幕を閉じたのであった。



──めでたし、めでたし...?




これにて四章はおしまいです(_;´ω`)_難産だった...

今後とも子育て超越者を宜しくお願いします。

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