第6話 闘争
「きゅぅぅ......」
腕から降ろされた子狼がぽてぽてと駆けていく。
足をもつれさせ、ぴすぴす鼻を鳴らして懸命に前へ進む。
へし折られ、撒き散らされた木々の残骸の中に混じる...血と毛皮に覆われた肉塊に、はみ出る骨の数々。
犬とは明らかに違う、数十にもおよぶ狼の死体が、ボロ雑巾のようにバラバラに千切られ、打ち棄てられている。
数多くある狼の死体に、さらに混じる...豚のような、人間に限りなく近い身体をしたソレも、やはり千切り捨てられるようにバラバラになって、木々の合間にこびり付いてぶら下がっていた。
爺ちゃんに教えられ、かつて山の中で狩って来たそれは、人々の敵と言われ続けるオークという豚の顔をした亜人の、魔物の一種だ。
嵐に見舞われたように荒れたこの場所で、しかしこれは明らかに人為的なものでもたらされている。
例えるなら人か獣に嵐が宿って暴れたかのようだ。
狼は金属製の武器か何か...斬れ味の悪い刃物で力任せに強引に斬り破かれ。
オークは牙で...あるいは、よくわからない鋭利な何かで貫かれ、あるいは裂かれて...所々で、オークの肉塊から血が水に混じって滴り落ちる。
オークの多くが手に金属製の武器を、一部木でできた棍棒を手に事切れているのを見るに。
おそらく、オークと狼は此処で敵対して戦ったのだろう。互いに強力な首領が群を率いながら争い...。
子狼が其処から抜け出した。
たった一匹であの夜の森の中を駆ける。
...どんなに、寂しくて心細かったろう。
上手く走れずあちこちで転んで...それでも諦めずに走って。やっとの事でたどり着いたあの河原で俺と出会い...。
...そして、戻って来た。
遺体で溢れる破壊された森の中で、一際目立つ存在があった。
精悍な顔つきは子狼のそれとはかけ離れ。
白い毛並みに他の狼の二倍大きくがっしりした体躯は、血と泥に塗れて薄汚れている。
身体のあちこちに切り傷があって、
だが中でも一際大きく目立つ、胸から腹部に掛けて空いた大きな穴が。ぽっかりと、空洞になって。
かの存在の死を、あきらかなものにしていた。
子狼は...しきりに鼻を鳴らして、二度と動く事のない狼の顔を懸命に舐める。
それでもう、二匹の関係は明らかだった。
そして、この場に足を踏みならしてやって来た空気を読まない存在も。
「ごふ...ごふうう......」
ソレは初めから身体に無数の傷を負っていた。
「ぎははは!!」「ぶおおお!」「ぎゃっ!ぎゃっ!」
背後に生き残りのオークを従え。
鉈のような、刃毀れした巨大な剣を手に肩に担ぐ。
豚と言うには無理があるほど逞しく大きな身体。
豚と人の合いの子のような造形の顔で、口から覗く牙を打ち鳴らし、口元を歪めて笑みを作った。
その肩には、白い...頭の残った狼の毛皮を纏い。
もう片方の手には数匹の、狼の子供の...死体が首をあらぬ方向へ捻じ曲げて、ぶら下げていた。
「...ありがとよ」
俺は怒りのあまり、思わず礼を言う。
「お前らを、ころすのに、何の躊躇いも、必要無くなった」合成弓に一瞬で無数の矢を番えて、放った。
理不尽。
この世界も、余りにも残酷で理不尽だった。