第2話 夜空
何処までも綺麗な月明かりの夜だった。
月に負けぬ程の大小様々な星が夜空を彩る宝石のように輝く。
草原の草は色鮮やかな緑の筈が、夜の闇の中では黒に限りなく近い緑の絨毯となって何処までも広がっている。
夜空に煌めく星は地球の星とは明らかに違う位置にあった。
さらには、空にかかる月が三つもあり。
それらが全く違う場所で満月になっていたり三日月になっていたりと、中々カオスだ。
俺は今居る場所の事を全く知らない。
濡れ衣で捕らえられて以来、目隠しで馬車に乗せられ此処までやって来たからだ。
方角については分かる。
天体から全く動かない星と、一年を通じた太陽と月に天体の動きを教えられた。
だが、爺ちゃんからは自分達の住んでる山以外の...所謂この世界の地理については、全くと言って言いほどおしえられていない。
人工衛星やGPSなど無い世界。
地図が貴重で重要な情報だからであろう。
知る手段は自分で現地を練り歩くか、現地の人に教えてもらうかはたまた地図を手に入れるかぐらい。
そういや...爺ちゃんに地図の中身を延々と叩き込まれた時は、俺が寸分違わぬものを描けるようになったら、今あった地図をなんの躊躇いもなく燃やしてたな。
あの俺が描いた地図は、今どこにあるだろうか...?
いつしか走るのをやめて、歩いていた。
既に砦の姿形は見えず。
誰にも知られず此処まで来た事はもはや疑いようは無かった。
あれ程心配していた、首輪の呪いは無かった。
...設定されていた主人である司令が死んだのだろう。
思わずため息が漏れた。
人の死によってしか今ある状況は無かったが、変に目覚めが悪い。
しかしこれ、主人が死んだら一斉に逃げ出すとかありそうだな。
抜け穴が誰にでもわかるほどでかい。
おそらく敵側に戦力として奴隷を渡さない為の措置なのだろう。
うーん...。
この世界の野盗になる奴って、案外こうして逃げた戦奴隷だったりするんだろうか?
いや俺は野盗なんかになりたいと思わないが...。
しかし、戦争だよな...いくら偉いからって、そりゃ死にもするか...。
濡れ衣を着せられ、勝手に連れてこられて命の危機に晒された恨みはある筈だし、俺のせいでもないのにな。
その筈だよな?うん...。
追跡や人と出会う事を恐れて、砦から続く道から外れ延々と走り続けていたが...今は安全と見て良いだろう。
首輪はいずれどうにかしたい。
遮蔽物すらない何処までも続く平原。
たまにある起伏が視界を遮り、木が申し訳程度に一本二本まばらに生えている。
このまま歩けば、いずれ海か森か人里か...何かに突き当たるだろう。
いきあたりばったりに頼るのはどうかと思うがこればかりは仕方ない。
常に走ってばかりはいられない。
今あるものは形見の合成弓と短剣にブロードソード。
矢筒は矢が数十本。
鞄の中身はくすねて来た鍋と水袋と、火起こしの道具にロープ...申し訳程度の岩塩の塊がひとつ。
食料と水は一切無かった。
今、この世界の季節は秋。
獲物となる動物が居れば良いが、最悪虫や草の根を食べる事すら考えなければならないだろうし、水の問題もある。
なるべく早く川や池を探さなければならない。
...せめて水作成の魔法が使えれば良かったなあ。
魔法には水を作ったりするものがあるが、俺は使えない。
爺ちゃんも使った所を見た事が無かったし教えられて来なかった。
才能がどうとか魔術協会がなんだとかで爺ちゃんから一切情報が入ってこないのだ。
まあ、使えないものは仕方ない。
この状況を切り抜けて然る場所に行けば俺も魔法が使えるかもしれない。
今はそれを楽しみにしよう。
そうして一人魔法の妄想に浸りながらとぼとぼと歩いているうちに。
暗闇に慣れた目が遠くにある闇のような塊に見える木々を捉えた。
そして星の光を反射して、きらめく細い水の流れ道が見えた。
森だ。おまけに、川までも。
思わずガッツポーズをして、俺は駆け出した。
自由と命を繋いだのだ。
|´ω`)