第22話 ルンナの昔話
ものすごく遅れました( _;´ω`)_すみませぬ
その起源に関する考察諸説は多々あれど、この世界で『人』と認識されてる種族は七種類。
能力も寿命も平均的だが極稀に例外が産まれる人間。歴史上英雄と呼ばれる者の約半数が人間から生まれる。
森に住まう精霊魔法と弓術の達人。長命種の中で最も長く生きる森人。寿命の長さ故に知識と技術の研鑽は他の追従を許さない。
洞穴や地底に住む地精を祖に持つ産まれながらの戦士にして繊細な物作りの名手。地人。エルフに次ぐ長命の者だが、魔術はあまり得意ではない。
草原や高原に住まい、人間や森人を一回り小さくしたような容姿を持つ。気ままに暮らす陽気な騎馬民族...草人。東の大陸では草人の王が大小の国を滅ぼし、帝国を築き上げたという歴史がある。
川や沼地から乾燥地帯まで幅広く住まい、独自の感性で生きる狩人の蜥蜴人。歴史に名を残す槍の名手の大半は蜥蜴人だ。
身体能力に優れ、ありとあらゆる場所で生きる獣人。犬、猫、兎、鼠と種類も様々だ。
世界の抑止力...風竜エアと相打ちとなった偉大な英雄ワンダは犬の獣人である。
魔力や特殊な力を発生させる器官を角や翼という形に持ち、様々な外見と能力を持つ魔族。半身が動植物である人魚やアルラウネ、ケンタウロスと言った存在も魔族のうちに入るという。
そして今は見る者も聞く者も居ない...出自すら定かではない、失われた種族。
『ダークエルフ』もそういう失われた種の一つとされている。
珍しい話ではあるが、ないことはない。
同じ種族同士の結婚から違う種族が生まれる。
滅多にないが、極々。極めて稀にだが、実際にある事だ。
七つの種族からなる世界で、他種族と交わる者が居たとして。
遠い昔に、違う種族で子を成した者が居たという確かな証として。
女神は古くより御告げとして、子供と母親の無実を証明しており。
問題が全く無いわけではなかった。
§
その一族は、首都ニルヴァより離れた場所。海に面し山林に囲まれた土地ケセルナにあった。
優秀な者なら、例え奴隷であっても迎え入れて血族とした錬金術師の家系。
古くから魔術師や錬金術師を輩出する家は、魔力や才に秀でた者を番にして、自身の血筋からより優れた魔術師を生み出す事に力を入れていた。
その家には『蒼玉』の二つ名で呼ばれる名うての錬金術師が居た。
彼女の名前はアルナ。そして『紅玉』と呼ばれるこの国最強の魔術師イルダナフの妻でもあった。
二人は当時辺境伯だった友人の頼みで錬金協会を作ると、ケセルナの豪商が販路を整理し。僅か1、2年の間で国に蔓延する劣悪なポーションを駆逐した。
流通するポーションと魔道具の価格を抑えて品質を向上させるなど数多の功績をあげ、ついには王より爵位と組織の認可を授かった。
二人は名誉でもあった王宮への誘いを断ると、弟子の育成に励み。修行を終えた弟子を次から次へと世に送り出した。
弟子達は辺境伯の寄子や縁のある貴族。場合によっては王宮に仕えるなど様々な場所で活躍した。
そんな二人の間に産まれた子供は、実に凡人だった。
優れた両親から全ての素質を受け継ぐ事は無く、どれだけ頑張ってもごく普通の錬金術師。
周囲の人間は、落胆を隠せなかったという。
しかし図書機関の幹部だった父親を思わせる機敏があり、組織に必要な才覚の持ち主でもあった。
ルンナの母親となる弟子の娘は、平民らしからぬ魔力と才能の持ち主で、数多の弟子を抱えたアルナの一番のお気に入りだった。
二人は惹かれ合い、16になって成人すると、そのまま結ばれた。
修行を終えた二人は王都に建てた錬金協会で幹部として働くようになり、その翌年に男子が産まれた。
子供は母親からの素質を大部分受け継いで産まれ、父親は大層喜んだという。
仕事は順調。
王に貴族や世間に認められ、組織としても盤石となった頃。
ルンナの母は再び身籠もった。
息子の時と違い、母体に宿る命が大きく育つ程母親の身体はやつれ衰える。
ケセルナからやって来た祖父母の用いるどんな薬や回復魔法も効かなかった。
この世界の医療技術は、衛生管理を始め治療魔術の効かないものに対する救済措置だ。
患部に埋まった異物を除去するための外科手術を可能とするも、研究が追い付かずいまだ未熟。
打つ手もなくなり、赤子を下ろすようルンナの父は祖父母と共に懇願したが母親は頑として首を縦には振らなかった。
出産の日がやってきた。
母体の危篤状態も、その原因の解明すらままならず。魔術など打てる手立ては全て尽くしたが母体を救うには及ばず。
「この娘を...ルンナをよろしくお願いします...」
母親は、女子が産まれたら付ける筈だった名前を言い残して、間もなく息を引き取った。
そうして彼女は産まれた。
エルフ特有の長い耳を持ち、産まれながらに黒い肌。
赤子でありながらも頭に生える黒い髪...
母親の命と引き換えに産まれた赤子は、取替子だった。
この世界には神の力による奇跡やお告げがあり。このような事態に女神の司祭が出向き、その真贋を見抜く力で真か偽かの審判が下される。
当時の女神の司祭は、赤子が確かな娘である事を告げた。
祖父母...アルナは御告げを授かる前から、乳母役の女中からルンナを預かり、自らの手で世話をして周りが呆れる程に可愛がった。
乳母の乳をやる時すら、片時も離れなかった程だ。
...赤子に罪は無い。
アルナは愛弟子を、母親を亡くしたルンナの柔らかなほっぺたに頬擦りしながら涙した。
それからしばらく、母の死をおぼろげながら理解した息子と父親はルンナの世話に掛りきりなアルナを手伝うようになり。
少しずつ、悲しみに打ちひしがれた日から戻ろうとしていた。
当時ケセルナでは、隣接していた国と貿易についていざこざが起こっていた。
オロ辺境伯の先代が、王都からの援軍含めて数万からなる軍隊を率いて国境で睨みをきかせており。辺境伯と友人であった祖父母は、法衣貴族の義務もあって万が一の為に戻らねばならなかった。
後髪を引かれる思いをしながらも二人は遺言に則り、孫娘を息子に託しケセルナへと帰っていった。
後年、二人は後悔する事となる。
理屈では分かっていようとも、人の心はそこまで強くない。
伴侶を失った悲しみと憎しみを飲み込むには、父親の心は強くなく。
幼い兄が、ルンナを目の敵にする様になるまで、さほど時間は掛からなかった。
「──父と兄は、お母さんの命を奪った私を恨んでいるんです。...当然ですよね」
「...」
ルンナさんの言葉に俺は何も言えなかった。
原因を他に見出すことが出来れば、どんなに救われることだろう。
彼女の兄と父親にしたってそうだ。
人間として彼女が産まれれば何も問題は無かった。
ダークエルフという有り得ない種族で産まれたからこそ、二人は肉親の愛を与える事が出来ない。
隔世遺伝、取り替え子。
呼び方はどうあれ、それが愛する我が子であった場合どうなる。
...理屈じゃない。
肉親であったとて、それが己の最も愛する肉親を、伴侶を奪ったとしたら──
──それでも彼女が物心つく頃までは良かった。
父親も兄もまだ彼女を家族として見てくれた。
しかし...或る出来事が、かの家庭を壊してしまった。
それは、貴族や魔術師の家ならば誰もが経験する親による子の教育。
魔術。
貴族を始めとする支配権などの既得権を持つ家系は年月を掛けても、平民とは違う力...すなわち魔術を習得するのが習わしであった。
ルンナの物心が付き、言葉を覚える様になってしばらく経った日の事。
彼女は極めて聡明で物覚えが良く。
何より素質があった。
父親が見本にやって見せた、種火の魔術。
見て聞かせてそのたった数秒の事で理解し、そうして、さも簡単と言わんがばかりに彼女は二人の目の前で軽くやってのけた。
この世界の魔術は貴人の為の力という側面があるものの、学ぶ事に前提条件のない武術に比べて魔力という素質を要求される為に遥かに敷居が高く。
また、その力を高める為にも長い時間を掛けて習得するものだ。
兄ですらその極々簡単な魔術の行使と制御に一、二年掛かり。才能のない父親はそれ以上の歳月を掛けた。
そんな二人の才能と努力を嘲笑うが如く。
まだ三人だけだった頃のゆっくりとした時間が育み、培った男児の拠り所を彼女はなんの自覚もなく容易く打ち砕いた。
その二人にとっての大事すら知る由もなく。ダークエルフの少女は、手の平に灯る小さな明かりが、意のままに揺らめき...輝く様を見て無邪気に喜んだ。
...初めての魔術である種火。
その明かりが揺らめく先にある二人の顔を、ルンナは今も思い出せない。
無理のないペースで更新しようと思います