第20話 <遍在>
(´ω`)権能記述の表記を。変更しました。
時は夜。三日月に薄雲が掛かり満天の星が夜空で輝く頃。
西の大陸にあるごく普通の森の奥にある、ほんの小さな泉の傍に二人は居た。
それは少女の作った秘密の場所。
誘われたのは、まだ少年の域を出ない若い狩人。
この世界のテントと同じ布でできたタープが張られた木の下。
二人は切り株のテーブルを前に、手頃な石に座って向き合う。
この様な場所で、いとも容易く世界を操る。
操れてしまえる。
それは世界を支配するとまで言われる魔王を遥かに上回る行い。
人の意識を改竄するなど、神の範疇すら越えた所業だ。
止めねばならぬのだろう。
しかし止める勇者も居なければ、英雄すら居ない。
だが、居たところで結局どうにもならぬ。
世界を操る少女の側に居るのは、神すら滅ぼす超越者なのだから。
§
早速<遍在>の権能記述を見せて貰った。
彼女を中心に淡い光を放つ無数の線が、一本も交わらず直角に曲がって広がる。
夜の森という自然の中で見るその光景は、未来を題材としたまるで映画のワンシーンの様で...
「情報を見るというだけならば、付随記述を使う必要はありません。この記述の凄い所は常に周囲や知りたい情報の在り処を私に教えてくれる所にあります」
確かに、情報を弄るには情報が見えなければならない。
記憶であれ認識であれ必要な事だ。
彼女の指が一本の線に触れる。
途端に俺の脳裏にここ一帯の地形や広さが、情報が流れ込む。
住んでいる生物の数や状態に始まり、今居る場所の風向き温度湿度天候...
「情報が必要な彼等にとって、ケセルナと私達は探る事の旨みが無いと認識させます。──【認識】」
触れたその一本の線が青白く変色する。
全く疑問にも思われないのは、あまりよろしく無い。彼女の改竄は実に適切な方法だ。
「私達の事を全く探られないようにするのは可能ですが。強すぎる改竄や繰り返し記述を使う事は、そ、その...」
「分かっています。この力は余りにも強くて便利過ぎる...代償がこちらに無くとも、弄られた人に歪みが出てもおかしくない」
ダークエルフの少女が世界を変えた。
何の変哲もない日常で、とある情報が自分の中で変わってあるいは隠されていながら。
人はその事に全く疑問にもてず、違和感が無い。
それはとても恐ろしい事だ。
そして、<遍在>使ってるのは彼女なのに、俺にも記述がもたらす情報が流れ込んでいる。
...一体なぜ?
「それはきっと...タリオンくんが、私に対して敵意や疑惑を一片たりとも持っていないから。その、わ、私の方からも...」
そりゃそうだけど。
...
...あれ?
「はい」
ひょっとして今俺の考えてる事は?
「あ、ごっ、ごめんなさい」
微かに頬を染め、視線を逸らす。ランプの明かりが見せるその姿は色めいていて、とても可愛い。
「...///」ますます赤くなって俯いた。
おぉぅ。
もしかして、出会った頃から此方の思考はダダ漏れだったのか。
「ぁ、やっ...そ、その...」
俺は切り株のテーブルに突っ伏した。
出会った時に綺麗だとかレストランで狐耳のメイドさんをちょっとドキドキ邪な目で見てしまった事やメイド服着せたらきっと一番可愛いとか眼鏡が似合って可愛いとか──
「だ、大丈夫です!ひょ表面的な、大まかな、思考の方向性だけですから!かかっ、可愛いってそんな何度も──」
──ウツダシノウ
「はぅ!?だ、だっ、だめですっ!」
「ぉぅぁぁぁぁ...」(ガクガク)
ルンナさんに肩を掴まれガクガク揺すられる。
顔を上げれば、俺に与えられる振動とリンクして大きく揺れる二つの大きな、胸
荒ぶる二つの偉大なる山脈。
...
いきよう。
そんな活力と、希望が、湧いてきた。
「──もうっ、死んじゃうとか言ったら駄目ですよ?」
「はい」
<遍在>を停止した彼女に「めっ!」された俺は、身体を起こして素直に頭を下げる。
...生き延びる為に勝てない戦いはしない。とても大事な事だ。山脈万歳。
「そう言えば、タリオンくんはなんでこの森の中に?」
「ああ、それはですね──」
俺はこの森に来た理由を説明した。
権能記述<深山幽谷>の付随記述【一炊の夢】によって作られる世界の事。
超越者を倒した事で解放された数千の人々が、新たに加わった仲間と共にそこで暮らしている事を。
明日三人を連れて狩りに行く下見のついでに、薬草や茸を取りに来ていた事も全部話す。
「実は狩りに向かう予定に合わせてこの土地を色々知ろうとしたのですが」
「そうだったんですか?」
帆布で作った柿色のリュックに、詰め込んでおいた非常食、折り畳み式の椅子と飯盒の食器セットや水筒を机の上で広げて見せた。
「わぁ...」
彼女は目をキラキラ輝かせて道具を手に取った。
道具は地球に存在する形を元に、キリルが溜め込んでいた物資の中にあるものを利用して作り出した。
ルンナさんも支配空間を持っている為、こうしたものは一切不要だろうけど...
「...魔導具の水筒?不思議...おばあちゃんに習ったものと原理が違う。?これ...中に皿みたいなのがあって、どう使うのかな」
ルンナさんは明日渡すつもりだった道具を、じっくりと調べている。
蓋を捻って開けたり、折り畳みの椅子を開いたり閉じたり...
水袋では無く水筒もこの世界にはある。
外観はある程度この世界のものに寄せてあるが、中の作りは地球の魔法瓶がベースになっている。
ダークエルフの少女は魔力を通して、あっさり水を作ってみせた。
水筒をはじめそれぞれの道具の特性を掴んで、すっかり気に入ったようだ。
「はい。これと同じものを三人分用意してあってそのうちの一つです。よかったら差し上げますよ」
「あ、あのっ...これ、頂いていいんですかっ?」
「最初からそのつもりです」
「っ...ありがとうございます」
彼女は目を閉じ、感極まるとばかりにリュックを抱きしめた。可愛い。
アルナさんから必要な物を与えられていると思ったが違うんだろうか?
「いつか森に出かける事になるって言われてたから。その時道具は自分で探すか調べて集める様にって、おばあちゃんが」
「なるほど」
自分で考えて決めさせて実地で学ばせるスタイルか。
彼女は道具一つ一つを丁寧にリュックに入れて支配空間に収めた。
にこにこと笑ってとても嬉しそうだ。
でも、プレゼントと言うには余りにも御粗末過ぎた。少し恥ずかしい。
俺は気分を紛らわせる様に立ち上がって、木の枝に掛けていた帽子を被った。
さっきの<遍在>で森の地形もかなり把握する事が出来た。あとは明日に備えて、ゆっくり風呂にでも入って寝るとするか。
「それじゃあ戻りましょう。僕は【一炊の夢】から...」
明日は出がけに狩猟用ナイフとロープ、雨合羽に虫除けを揃えて...
しかし、こそこそやって人目を誤魔化そうとしてた俺が馬鹿みたいだな。
「もう一つの、世界...あ、あのっ!私も一緒に入っても?」
「大丈夫ですよ。あ、ランタンはしまってください」
俺は切り株の上に手をかざした。
<深山幽谷>──
権能記述を起動して意識を集中すると、切り株の真ん中に置時計が現れた。
今は十時頃か...
「時計!記述で出来たものですか!?」
「は、はい」
うぅん...何にでも食いついて来るので少し心配になる。詐欺師にうっかり騙されたりしないだろうか?それは駄目だ。
ルンナさんは俺が守護らねばならぬ。
それはそうと、彼女には目の前に置かれた不可視な筈の時計がばっちり見えている様だ。
超越者には見えない筈の時計が見えるのか、それとも彼女が友好的だからだろうか?
「この置時計がある場所なら、何処からでもそこに入る事が出来ます」
「ぁ...」
「失礼」
彼女の手を取り置時計に手を向ける。
その場で握り返す彼女の確かな温もりを感じながら、俺達は違う場所へと移っていった。
首領「客が来るぞ。寝る前だから果物と飲み物だけで良い」
料理長「!!」(ガタッ)
首無し騎士「!!」(ガタタッ)
首領「お前じゃない座ってろ」
首無し騎士「(´・ω・`)」