第17話 月明かりの下で
錬金協会のトップの老夫婦が住むこの屋敷は、外壁に面した場所にある。
弟子長屋はさて置き、屋敷の敷地内と壁には何かしら脅威となるものや異変が訪れた場合。
いち早く警報で知らせる、そのような魔導具が使われている。
【解読】でどのような類のものか、『読んだ』。殺意や敵意の他、魔力の異常値や衝撃の度合いで掛かるものらしく、生物の出入りを計測したりするようなものでは無いらしい。
好都合。
長屋の玄関から歩いて大樹の脇を通り抜ける。
ふと、屋敷の方から人が確認してたりしないか気になって振り返る。
特に問題はない。
鳥避けなのか、鏡が貴重なハーブ畑の四方に置かれていた。
あれだな、CDを吊るすと反射光で鳥が嫌がるやつだ。この世界では鏡を使うのか。
鳥害で苦しめられ悩んで調べた結果行き着く先とはいえ、発想は世界観と過去未来問わず似通っていた。
でも、鏡はこの世界では少し高い。裕福な家庭向けだな。
その鏡も今はただ月明かりを映して、静かに輝くだけ。
壁の高さは十数m程。
念の為に自分が発する情報を見えなくする。
【隠行】
俺の発する匂い、音、光。
温度、重さ、魔力、心。
ありとあらゆる情報が世界から隠れる。
下位記述とは言えその性能たるや、世界の情報を書き換える力だけあって魔術とは訳が違う。
今の俺はとあるゲームのステルス迷彩の様に、周囲から全く消え去っているだろう。
そうして、壁の前に立つ。
【輪】
壁に出来た、人が一人入る大きさの輪を潜り抜ける。
穴の空いた壁の向こう側には、俺にとって馴染みの深い景色が広がっていた。
森だ。
下位記述は敵対する超越者さえ居なければ、マナの消費を気にする事無く幾らでも使い続ける事が出来る。
PCで正常なテキストに誤字脱字をわざと付け加えるようなものだ。
特に気にする事なく時間が経つか、自身で記述の効果を解けば世界は勝手に元に戻る。
上書き保存不可能の文章のように──
俺がくぐり終えた輪は役目を終えると、その痕跡すら残さず消えた。
傷一つ付いてない壁は、その役割を果たしている。
「【再誕】」
先ずは首領を呼び、続け様に狼、ハイオーク、骸骨、蛇と呼んでいく。
記述を先程の装備の為だけにかなり使っていたが。超越者を打ち倒し、扱えるマナの量が増えた事も幸いしていた。
「随分と久々だな!」
「ぶふぅ!」「うぉふっ」
(しー...!)
興奮を抑えきれず吠えようとする皆に、俺が顔の前で人差し指を立てると、一斉に口を両手で抑えた。
蛇は尻尾で、虎と狼は身体を伏せてまで前足で覆う。上目遣いで見上げる姿がとてもかわいい。
ちなみに骸骨達が一番物静かだったけど、君らもやるのか...
「こっそりだぞ...」
(コクコク)(カタカタ)
ここはまだ森の浅い部分だ。
俺達の足跡はすぐ見つかってしまう。
なので、
【隠行】
...彼等も隠す。
彼等の姿が半透明になる。
超越者相手には全く効かないが、味方同士は視認出来るので非常に利便性が高い。
他にも外に出たがっていた屍人や魔獣、悪魔に首領が指定した首無し騎士を呼び出しては記述で隠していった。
森の中に集う軍勢。
俺と心を共有し、思考力を持ち、知識を得た...まさに国を滅ぼすにたる、凶悪な魔物達だ。
荒くれなハイオーク達を理路整然と統率する首領。
炎の様に揺らめく大気を纏う虎。
見る者全てを石に変える、八本足の大蜥蜴。
屍人の中でも特に危険度の高い首無しの騎士。
一人で一つの軍勢に匹敵する強さを持つ悪魔達。
...見つかったら絶対言い逃れ出来ない奴だなコレ。
「行こう」
彼等を従え、森の奥へ向かって歩いて行く。
全て見ていたのは月と虫だけだが、今は月すら俺達を見失う。
しかしちょっと規模が大きすぎたな...まあいっか。
腐葉土だけじゃ無い。
色々有益なものを生態系に影響の無い程度に且つ、後で採りに来た人が困らないように集めて行こう。
§
「森の奥に...なにがあるの?」
魔王の軍を思わせる魔物の群れを遠くに見据え。少女は、その群れに居る筈の少年を追って草木を踏み分け...ひとりで森の奥へと入って行った。
(移動中)
タリオン「所で何で首無し騎士も?」
首領「ジャージ姿で寝そべって、ポテチ摘んだ手で尻を掻きながら携帯ゲームを弄る様が余りにも堂に入りすぎてな...心配になって連れてきた」
首無し騎士「...!///」(ペシペシ)
???「...」(こっそり尾行中)