第13話 ココの昔話
此処でこの世界の国と王の成り立ちまでを少々。
三つの月が夜空に浮かぶこの世界の名はジャ・ピセタ。
女神の慈悲と祈りによって生まれたとされるこの世界には、四つの大陸とそれを隔てる海があり。地球と同じように、泡沫の如き小さな島や国が収まる程の島があちこちに点在している。
その四つの大陸のうちの一つが西の大陸デュシスである。
広大な土地を分け隔てる山脈が、大陸の端から端までを壁の如くそびえ立ち、人の住める大地を三つに分断していた。
そんな中にあってエヴァフリークは最も西に面した土地にある。比較的穏やかな気候で湿度も少なく。
海の遥か先に、おそらく東の大陸であるシャルグがあり...
途中にある島国エギリアと遥か遠くにある砂の大国クジテから、交易の為の船が時折ケセルナにやって来るという。
──国の成り立ちは定かではない。
古代文明と呼ばれるものがあって贅の限りを尽くしたソレは、大事故によりあらかた消し飛んだという事ぐらい。
それは後世に実しやかに受け継がれ...時に脚色されて伝えられていた。
歴史の真実を知る者は、三人の女神と抑止力の八竜を除けば...
神代より生きる北の大陸の果てに居るという伝説の不死者の王か、南の大陸にある幻の森に住む妖精の民だけと言われている。
文明を失い地に落ちた生活の果てに、次第と人は寄り添い、集う。
人が集えば最も優れた者が長となり村を作り...
いつしか長は武の力によって他の村を平らげる豪族となり、破れた者は付き従うようになって。
そうして出来たその集まりの中で、最も強い者が王と呼ばれ...それ以外の者が貴族となった。
ケセルナに根付くオロ辺境伯の祖先である豪族も、そうした者の一人であった。
エヴァフリークの王に従った豪族の中では最も新参とされながら、変わり者とされていたという。
王に従う貴族となった日。
貴族の序列の証の冠を授かった彼は、長年愛用していた帽子を庭園のゴーレムに自ら被せたというエピソードがあり、今もなお語り継がれている。
建国より幾年も過ぎた後。
国難が幾たび訪れようとも、今日までケセルナは外敵による侵略を跳ね返し。不作による餓死者は一人も出なかったと伝えられている。
食べ終わった串と紙コップをゴミ箱に捨てると、ココはラヴィネを抱き上げ膝に乗せる。
餌を食べ終わったステラは、自分からルンナさんの膝にひょいと飛び移り、足を投げだしてくつろぎ始めた。
ルンナさんはいつまでたっても紙コップを手放そうとしないので、後で何個か渡す事を約束して捨てさせた。
...使い捨てのものを取り上げただけでしょんぼりしたり。あげると約束しただけで目をキラキラさせて喜ぶので、罪悪感が半端ない。
膝に乗せたラヴィネを撫でながら、ココはぽつりぽつりと語り出した。
「──私が謹慎になったのってさ、別にあんたが悪いっていう話じゃないのよ」
ワンダさんは元々騎士を輩出する名家の長男だったが。親とあまり上手くいっていなかったという。
訓練所で斬り合いに発展するような喧嘩をして、その時止めに入った現近衛騎士長...当時の見習い従士と騎士数名諸共吹っ飛ばしたという事件があったそうな。
そこに、どんな思惑があったのか。
表向きは修練に熱が入り過ぎたという事でワンダさんは王都から追放され、大怪我により親は引退。
身一つになったワンダさんは手切れ金で買った剣一つで傭兵家業をしながら、あちこちを巡り歩き、時に国を出てダンジョンに潜るなどしながらケセルナまでやって来た。
親戚だったオロ辺境伯へ挨拶しにやって来たが、其処で出会ったユユさんに一目惚れ。
紆余曲折あり二人は結婚。
警備隊の隊長に据えられ、翌年にココは産まれた。
国の危機とも呼べる魔物の襲来や、密偵の暗躍を突き止め断ち切るワンダさんは、その働きから罪を許され...のちに王都に寄る事を許されたという。
ちなみに継ぐ筈だった家督は二男に継がれ、今に至る──
「なかなか強烈だな...ん?」
もしかして近衛騎士長打ち倒したエピソードって...
「違うよ」
ココはまるで俺の心中を察するように首を振った。
「御前試合があって...おじさまの護衛で来賓席で見学してたお父ちゃんが、名指しで呼び出されて戦う羽目になってね」
御前試合。
得られた知識によると強さの箔を欲する者の出来レースみたいなものらしいが、王の代替わりと共に真に強さを競い合う物として性質を変えたという。
貴族が自身の私兵に加えるにあたり強さを見定める場でもあり、武芸者にとってまさにチャンスの場でもある。
とは言え最強の称号は常に王の身に寄り添うべきであるという思惑の元、開かれ続けたものだ。
政治色の強いものが性質を変えるには、例外はあれど程々に時間を要する。
当時ずば抜けて実力の高かった近衛騎士団長はもはや従士の頃の面影は無く。
御膳試合の決勝であってもたった一合二合切り結ぶだけで勝利し...彼は優勝した。
その場に居る誰もが納得のいく勝利。
一斉に賞賛する観衆と貴族に騎士団の面々。
──だが、其処で事件は起こった。
「最強を名乗るにまだ足りぬのではないか?」
近衛騎士団長の優勝が決まっても、王は玉座に座ったまま。退屈そうな顏で頬杖をつきながら言い放ったと言う。
「『勇猛』を此処に──」
...
「...王様に名指しで呼び出されて本気でやれって言われてね、その...」
幼い娘を膝に乗せて見ていた彼はにっかりと笑い、妻に娘を預けて立ち上がった。
ダンジョンの最奥に挑み、拾い上げた大曲刀(シャムシール。
数多の魔物を斬り捨て『魔物喰らい』と呼ばれるようになった、秘宝を手に──
「おい、まさか...出来レースの意味合いの強い御前試合で」
「...一撃で吹っ飛ばしてた」
oh...
決勝まで見学して動き見てるもんなあ。
俺は仲間達が絶対勝てない敵を、ワンダさんがたった一振りで斬り捨てる様子を見ていたので分かる。
きっと才能があるとか努力してきた。そんだけじゃあ勝てない。
理屈じゃないんだ。
「おまけに貴族の中で特に気難しい連中のとこまで吹っ飛ばしたもんだから其処に居た公爵家の人共々──」もういいもういい。
そりゃ近衛騎士団とか貴族から相当恨まれるだろ。特に実家。
「私もなんか王都に居る間貴族の悪ガキに凄い絡まれてさ。まあその時にルンナちゃんと出会ったんだけどね」
ねーっ、と言いながらルンナさんの肩を抱き寄せようとして、「もがっ」ミケさんに頰を押し返される珍獣。ほんと学ばないなこいつ...
「こ、ココちゃんね...小さくても、とても、つ、強くって。い意地悪な子から、守ってくれたの」
確かに13くらいの女の子が俺の仲間の狼と互角くらいの強さってのが凄い。
特に魔物を倒して強さを得る事が出来るこの世界で、恐らくただ剣の修練だけでそこまで強いのは、はっきり言って異常だ。
当時王都に住んで居たルンナさんも悪ガキに標的にされていたらしく。
そんな悪ガキをココがいつもとっちめていたそうだ。
「そいつらもの凄いボッコボコにされてそうだな」
「もちろん!足腰立たなくなるくらいとっちめてやったわ!」
胸を張り、ドヤ顏でラヴィネの頭を撫で回す。
うぅむ...俺が斬りかかられたのも、その条件反射的な...いや、よそう。
兎も角ココとワンダさんの二人が、王族に近い貴族にとって敵視されてる理由も分かった。
ボコされた悪ガキが俺達と同い年であると考えるなら、尚更酷そうだ。
ワンダさんが復活しておきながら、自分とこの重要人物が復活出来ないのって納得行かないだろう。
謹慎を名目にココが貴族との接触を避ける事が出来ると考えれば、オロ辺境伯のとった手段は苦肉の策とも言えた。
警備隊の仕事の都合、常に誰かが何かしらフォローを入れられる状態であれば良いが...そうじゃない状況ってのはどうしても出来る。
...それが悪意を持った者の手で作られれば、最悪の事態ともなり得るのだ。
しかし、これだけでは万全とは呼べない。
ルンナさんも祖父であるイルダナフさんが復活してるし、狙われる対象となるし危険だ。
オロ辺境伯の周辺やアルナさん。警備隊の人にも何かしら仕掛けられないとも限らない。
...やはり王族相手に呪いを掛けて脅し付けるか、敵対する貴族と密偵全員傀儡にするしか──
「タリオンくん」
「ん...?」
そこまで考えていたら、唐突にルンナさんに呼ばれて振り向いた。
眼鏡の奥にある全てを見透かすような、青い瞳を細め。
「...大丈夫ですから」
にっこり微笑む彼女に、何故か抗えない強さを感じて...
俺は、ただ曖昧に頷くしか無かった。
(´ω`)此処まで読んで頂きありがとうございます。
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