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今日の記憶――日が沈むまで

 昼休みに一人でいるのは普通のことだった。


 大抵自分の席で、外を見ながらお弁当を食べる。


 寂しいとは思わない。


 小さいころから、こんなものだった。一人には慣れている。


 ……慣れている、けど、それが楽しいというわけじゃない。


 いつものように机の上にお弁当をひろげる。


 お弁当箱の蓋をあけ……そのまま閉めた。


 幸い、私の奇妙な行動に注意を払っている人などいはしない。



(こ、これは一体……)


 勇気を出して、もう一度お弁当箱の中身を覗き込む。


「……」


 見間違い、もしくは幻覚であってほしいという私の希望(妄想?)は打ち砕かれた。


 お弁当箱のほぼ半分を占める巨大ハンバーグ。


 当然、お母さん入魂のデミグラスソースを纏っている。

 


 今日の朝食は、なぜかすさまじいボリュームのビーフシチューと手作りのイギリスパンだった。


 朝からあの量はきつい。


 けれど、お母さんの期待の込もった視線のせいで、食べなくてはいけないような気になってしまう。


(味の系統がかぶってる……というか、まったく同じ)


 もしかして、


 ――か、家庭内イジメ?


 それはないと思うけど。


 ないといいなと思うけど。


(……いただきます)


 お箸を手にして食べようとしたけれど……私はすぐにお箸を置いてしまった。


 お弁当の内容のせいだけではない。


 今朝の、小暮さんとのやりとりを思い出してしまったから。


 考えたって、どうしようもないこと。


 わかっているけれど、気持ちが沈みこむのは止められなかった。


 もう、彼女が私に話しかけてくることなんてないだろう。


 お互い、そのほうがいいだろうし。


 日曜日に、遊びに誘ってくれたのも、きっとなにかの気まぐれだったのだろう。


 思考を整理すると、諦めのような感情がわき上がる。


 ただ沈んでいるよりはマシ。


 諦めてしまえれば、別の何かを選ぶ余地はうまれる。


 今の場合は、


(とりあえず、食べよう。


昼休み終わっちゃう)


 そういうことだった。






 月曜日の放課後は何の予定もない。


 図書室によって本を2冊借りて、そのままどこにも寄らずに家に帰り着く。


 学校から家までは、徒歩で10分たらずの距離。


 電車かバス通学だったら、どこかに立ち寄る余地もまれるのかなと思う。


 ……たいして変わらないかもしれないけど。


 一階の居間をのぞくと、姉がいた。


 ひとつ年上の姉は、私と違って外交的で友達も多い。


 こんな早い時間に家に帰っているなんて、めずらしいことだ。


 たいてい、遅くまで友達と遊んでいるのに。


 「た、ただいま……」


 ただ帰宅の挨拶をするだけなのに、緊張してしまう。


 いつもはたいして私に注意を払っていない姉が、じっと視線を向けていたからだ。


「な、なに?」


「話すってゆった」


「え?」


 びッ、と人差し指を突きつけてきたので、思わず後ろに半歩引いてしまった。


「明日話すっていったじゃん。


 明日になったんだから、話してよ」


「あ、……」


 思い出した。


 そういえばそんなこともあった。


 ほとんど、ごまかす為にいったことだったけど、姉はちゃんと約束として覚えていたようだ。


「えっと、昨日はちょっと色々あって……」


 何の説明にもなってないことは、自分でもわかっていたけれど、仕方ない。



 私にだって、いったい何が起こったのかなんてわかっていないのだから。


 小暮さんに彼女の事情など聞けないし……適当に誤魔化して話すしかないだろう。


「いろいろって……雪ちゃんがバイオレンスモードになるくらいのこと?」


「ば、ばいおれんすもーどって……」


 なにそれ。


 姉はときどき大げさすぎる物言いをする。


 さすがに今回の表現はちょっと……と苦笑しかけて。



 私は文字通り凍りついた。


 ――思い出した。


 いや、この表現は正確ではない。


 私はひとつも忘れてなどいないのだ。


 だから、思い出したではなく。


 ようやく認識できたのだ。


 昨日の私の行動の異様さが。


 いつもの私とはまったく違う思考が。  


 いつもの私なら、あんなことはしない。




 夜中に帰宅したら……仕方なく、怒られるだけ。

 

 姉を起こして、2階から忍び込もうとなんてしない。


(月世、なんて呼び捨てになんかしない)


 お母さん相手に、あんな、軽くあしらう様な話し方なんて出来ない。


 いつも、相手のいいように、望むように、聞いたり、話したり、行動したり。


 ――それが、私なのに。


 自分がやったことだって、覚えてる。


 あのときは、そうすることが“自然”だったから、そうしただけ。


 でも、こんなのは、私じゃない。





 なんの脈絡もなく。


 あの男の人がいっていたことを思い出す。




 ――嫌な声だと思った。


 いやな、声。



 優しく気遣うような口調。


 ああ、なんていやな、声。


『君は、自分がキライなんですね』


 そんな優しい表情で、


 本当のことばかり言って。



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