逃げ込んだ先
胸が痛い。肺が悲鳴をあげている。
荒い呼吸のせいで、ぜいぜいと痛いくらいのどが鳴っている。
足ががくがく震えている。何度も転びかけながら、走る。
(――逃げなきゃ、いけないのに!)
初めて来た街で、どっちに走ればいいのかなんてわからない。
ただ、あの人たちの怒鳴り声や、追いかけてくる足音から逃れるために、暗く細い道を無我夢中で走った。
あせるほどに、足がもつれてしまう。
追いつかれてしまう。
つかまったら、何をされるかわからない。
こわい、こわい、こわい。
(こんなとこ、来なければよかった)
いまさら後悔したって遅いのに。
酸欠で痛みだした頭で、なんども繰り返す。
来なければよかった。
ここは、私なんかの来るべきところじゃない。
おとなしいだけの、いつも人の影に隠れているような、弱い女の子が来るべきところじゃなかった。
なんであの時、頷いてしまったんだろう。
(……嬉しかったから。声をかけてくれて)
こんなことになるなんて。
(彼女が悪いわけじゃない。
きっと運が悪かっただけ)
「……でも、逃げた」
かすれて、しゃがれた声。
その声に、止まりかけていた足が、止まった。
もうどうでもいい気分になった。
とても疲れていたし。
立ち止まってしまったら、立っていることもできなくなって、その場にしゃがみ込んだ。
どこだかわからない、暗い路地。
両側をビルにはさまれているせいで薄暗い。
街灯がひとつ、ぽつんと立っているだけ。
「もう、こんなに暗くなってたんだ。
……きっと、お母さんにすごく怒られる」
どうでもいいことを考えた。
考えただけじゃなく、知らずに口に出していた。
――背後から足音が近づいてくる。
頭がぼーっとしてきた。
それから、すごく悲しくなって、泣きたくなった。
なんでだかわからない。
彼女は私を見つけてくれた。
連れ出してくれた。
そして、
見捨てて、逃げ出した。
ただ、それだけの事なのに。