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Part 2-4

ATC-Parbright ,UK Mar. 26th 2014


2014年3月26日 イギリス パーブライト 陸軍訓練施設




 できない、と言ったのに丸め込まれかかっていると麗香は感じた。


「やると、開いた口で、やれないと口答えする。お前はそんな生っちょろい女なんだな」


 右手に握ったフィールドスコープで指差され、そんなモノで人を指さすなと麗香は段々と腹立たしくなってライフルを放り出しマットの上に座り込んだ。


「こんなに酷いものだなんて、あなたは一言も言わなかったからです!」


「酷い!? レイ、お前は初めて眼にするものに何でもそんな評価を──アーチェリーにも使ったのか?」


 何の関係があるのだとすぐに麗香は反論した。


「私がやっていたのは“弓道”です! “アーチェリーじゃ・な・い・わ!”。私はその有段者──公認の上位の資格をもつスポーツマンです。この凶暴な『銃』と何の関係もないわ!」


 彼女は自分の胸を右手のひらで叩いてウィリアムへ怒鳴った。


「お前みたいな逃げ出す奴が“チャンプ”になれるスポーツなんて、このライフルが狙撃する意義の前に何の価値もない」


 あなたみたいな人に否定されたくない! だが麗香は彼が怒鳴り散らさない事に眉根を寄せ思った。この人は“たくみ”だ。私のプライドを利用しようとしている。私を逃げ道のない袋小路に追い込もうとしている。スナイパーとはこの様に策士さくし家なのかとムカついた。


「私の家は由緒ある“武家”──あなたにわかるように言うなら、“ナイト”の家柄なんです。子どもの時から武術を叩き込まれ、敵に背を向けることをよしとしない事が当たり前の様に日常にされてきました。その私が逃げていると?」


 麗香の言い分に耳を傾けていた見下ろす彼が瞳を細めた。


「ああ、そこいらの娘みたく、“震えて”立ちすくんでいる」




「こんなライフルごとき──」


 吐き捨てる様に麗香はつぶやいた。




「──怖くもなんともないわ」




 言い切ると彼女は再び伏せてAX50のストックを肩付けしプローンスタイルをとるとスコープを覗き込んだ。


「レイ、お前がそのライフルにおどろいたのは教えられた通りにしっかりと肩付けせずにトリガーを絞ったからだ。射撃時に少しでもバットプレートと肩に隙間があるとライフルは暴れる。下手をすれば大怪我をする」


 もういい。レクチャーより、私に撃たせなさい!


「いいから、始めて下さい。次は何を狙えばいいんですか?」


「聞け。新兵!」


 新兵ですって!? この人は本当に私の事を兵士として見ているの!? ふざけないで! 麗香は怒りに奥歯を強く噛みしめた。


「プローンスタイルで普通のシューターは反動を逃がすために、ストックの延長線上から利き腕と逆に二十度ほど身体を逃がす。だがタクティカル・シューティングでは連射が必要になるため素早いボルト操作をできる様にできうる限り身体をストックの延長線上に持ってくる。それは──」


 覚悟はできてる。


 彼が言わんとしてる事が手に取る様に理解できると彼女は思った。狂気とも思える暴力的な反応を見せるこのライフルを真っ直ぐに受けるということは──それは“AX50(コイツ)”を──。


 素早く親指の背でボルト・ハンドルを跳ね上げ曲げた人差し指でそれを後ろに引き、リムを引っ掛けたエキストラクターが空の薬莢やっきょうをチェンバーから引きずり出すとプランジャーが押し出した真鍮しんちゅうを中指と薬指で受け落とし、弾倉から押し上げられた次弾をリロード(装填)するために直後親指でボルトハンドルを押し戻し下側へ押し下げた。ボルトが閉鎖した一瞬、スコープのクロスラインの中心上に得点数字の“1”を捉えると一気に呼吸を鎮め、トリガーの一段目を絞り込み、二段目はゆっくりとトリガーが落ちる瞬間までの狂おしい寸秒を一歩踏み出した。


 爆轟の刹那、跳ね上がるバレルと襲いかかるストックの痛打をすべて受け止め、揺れたスコープの視野の中でコンマ3秒後に投擲とうてきされた銃弾が“1”の中心に吸い込まれるとわかった。




 ──コイツ(AX-50)を支配してみせる!




 ハリス製バイポッドの脚がマットを捉えた一瞬に麗香は間をおかずに再び十字線の中心に穿うがったあなを捉えながら二本の指だけでボルトハンドルを前後させさらに次弾を装填した瞬間、トリガーを引き絞った。


 同じ様に、乱れずに、放ったはずの銃弾が、先の孔に吸い込まれずに、傍らの横に連なる新たな孔を形作っていた。


 なぜなのだと、歯を噛みしめたまま、彼女は今度こそと射撃にいたるルーチンを精確に再現しさらに三弾目を発砲した。そのバレットがまた違う場所に新たな弾痕だんこんを残した。繋がっていたが今度は左下だった。


 唖然としながら麗香は接眼レンズ越しに結合する像を見つめ続けた。くっついた三つの跡。


 矢尻の上に新たな矢を射ぬける私が──。


「なかなかだ、レイ。だがお前は知らなすぎる。同じところを狙いながら、バレットが暴れる理由をつかめないでいる」


 悔しかったが、その通りだった。


「なぜなの? 私は乱れなかった。それなのにどうしてこんなにも散るの?」


「一発──撃つごとにバレルは加熱する。加熱したバレルは射撃時に不安定な振る舞いを見せる。このブランクレンジでもグルーピングが1/4インチ(:約6mm)も乱れる。うちのライフルなら1ホールが可能なレンジだ。それを避け集弾率を上げるのが冷却時間をおくコールドバレルだ。次弾を撃つのに最低120秒、間隔をあけろ。いいな、レイ。マガジンチェンジ」


 そう言って彼が麗香の手元に新しい弾倉を一つ放り出した。麗香はそれを左目で捉えてうなづいたがまだ残弾が残っているのにと思いながらマガジン・リリースキャッチを親指で押し弾倉を引き抜き、フルロードしたマガジンを押し上げマガジンの底部を引っ張り確実に固定されているのを確認した。そうしてまたボルトハンドルを踊らせ新たな一弾を装填し、今度は“1”の数字の下にある“2”の数字をクロスラインの中心に据えた。ゆっくりと息を吸い、吐き出し切る前にトリガーを絞った。炸裂した空気が土煙を舞い上げ上擦うわずったスコープのリングがまぶたに迫った。


 激しく揺れた標的の“2”の傾斜線の中央に孔が生まれた。


 即座に彼女は声を出さずに唇を微かに動かし、数字を1から数え始めた。60まで数えるとリロードして射撃に備えた。数え続け110で息を吸い込み吐き出しながらトリガーに載せた人差し指を曲げ始め、中ほどを過ぎ急に軽くなった引き金を意識してゆっくりと絞り込んだ。120を意識した刹那、引き金に連動したシアがストアエナジーを貯めたファイアリングピンを解放しプライマーを叩いた。


 六度目の衝撃にやっと理解しかかった暴れるタイミングをつかみ始め、麗香は揺すられながら右肩でリコイルを受け止めきった。落ちてきたスコープの光軸に標的を捉えたその時、眼にしたのは“2”の傾斜線にある“ひとつだけの(・・・・・・)”弾痕。




「インパクト! ワンホール!」




 そう言ったウィリアムがフィールドスコープを見ながらにやついているなど麗香は知りもしなかった。












#2031 Boing 777-300ER West-Liner LAX Los Angeles CA., U.S. AM 10:13 Aug. 13th 2015


2015年8月13日 午前10:13 合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス ロサンゼルス国際空港 ウエスト航空 ボーイング777ー300ER 2031便




 床に横になった顔の左の眼球が飛び出しかかり、開いたままの口が物言わぬまま抗議をしている様な酷い有り様。残忍な殺し方で他の乗客達のかせとなった航空保安官の姿を眼にした数人の乗客が悲鳴を漏らしかかり口を塞いだ。まるで悲鳴すらハイジャッカーらの殺す口実になるのだと皆が思いこんでいた。


 航空保安官を射殺したハイジャッカー──マーティン・ルフェインは動かぬむくろから顔を上げると声を張り上げた。


「再度警告する! お前たちは我々の交渉材料だ。お前たちは限られているが、ふんだんにある。我々は状況を維持するためなら、何人でも性別、年齢、身分に関係なく容赦なく切り捨てる!」


 ハイジャッカーの一人が放送も使わず、エコノミークラス・プラスとエコノミークラス前半の乗客らへ地鳴りのような声で警告した。その時だった。37列席後方のラバトリー(:洗面所)から見える後部エコノミークラスの一部乗客が席を立ち後方へ通路を移動しているのを目にしたハイジャッカー──マーティン・ルフェインはあごのひと振りで後部席へ向け二人の部下を走らせた。


 ハンス・ケインとデニス・メッサーの二人はそれぞれ左右の通路を駆け抜けラバトリーを通り過ぎ後部エコノミー席が並ぶ機体後部へと走り込んだ。最後尾にあるギャレーの傍にある機体左側のドアを開こうと二人のラフな服装の白人男性乗客がロックを操作していた。ハンスとデニスは通路半ばまでも駆けずに立ち止まり20ヤード(:約18m)の距離から素早くスコーピオン・エヴォ3A1サブマシンガンのストックを肩付けしボーテックス・ストライクファイア Ⅰ のダット照準をドアを開こうとする二人の乗客に向けトリガーを引いた。


 二挺のサブマシンガンの6発の銃弾がその二人の白人男性の背とわき腹に襲いかかると、二人は一瞬激しく身体を揺すり、その場に崩れ落ちた。その光景を振り向いて見ていた47C席の褐色の肌をした中年女性がパニックにおちいって叫び声を上げ席を立とうとした。左側通路にいたハンスは素早くサブマシンガンを振り向けその女性の額に照準しセレクターをセミオートに切り替え一度だけ引き金を絞りきった。席を立った女性は額から血筋をきながら一度シートの背もたれに激しくぶつかると、通路側へ崩れ落ちた。怒りをあらわに右通路脇の44J席の髭をはやした年配の男が怒鳴り立ち上がろうとするのをデニスは無言で指差した。ほんのつかの間(にら)み合いになった。そのにらみつける表情に髭面の年配の男は黙り込み席に腰を下ろすと前のシートの背もたれに両手を載せた。


 ハンスは目配せでデニスに後部エコノミークラスへ残るよう指示すると、きびすを返し機首へ向かった。


 連射した銃声の後で通路を早足で戻ってきたハイジャッカーの男を横目で見ていた航空保安官のエレン・ノーランはもう一人が後部に残った事でハイジャッカーらは4人なのかもしれないと思い始めた。彼女がじっと見つめていると、戻ってきた男は、あごを振り二人の男らに行けと指示した男の傍らに行き小声で何かを報告し、指示を出した男はファーストクラスの方へ姿を消した。


 4人なら条件がそろえば射殺できるかもしれない。


 そう思いながらエレンは残って皆を見張る男を青い瞳でにらみつけた。








 ファーストクラスの通路にハイジャッカーの一人が戻ってきた。ゴルフバッグと大きなスーツケースを受け取り、取り出した銃を仲間に渡した男。混じりもののあるブロンドのショートヘアーをした見るからに扱いにくそうな意志の強さが表情ににじみ出たその男なら──客の世話を命じられ自由に歩き回れるフライト・アテンダントの一人──ジェシカ・デスプラは深い後悔の念にさいなまれ続けていた。機内で何度か銃声が聞こえ、今のところ乗客達は大人しくしていたが、もしも誰か勇気を出した人がこのハイジャッカーらと争いだしたらチャンスはなくなる。ジェシカは意を決してファーストクラスに戻ってきたその名も知らぬ男に声をかけた。


「あの──すみません。ギャレーの方へ来ていただけないでしょうか」


 男は顔を振り向けジェシカを睨みつけた。いいや、ただ見ただけなのかもしれない。この男は生来の気難しさからなんにでもにらむような視線を返すのだと、彼女は少しでも自分に都合よく考えようとした。


「なんだ?」


 押し殺した必要最低限の声。ジェシカは震えだしそうな脚をだましだましファーストクラス機首側のギャレーへ歩く素振りを見せ振り返りながら男が付いて来るか見ていた。


 彼女が数歩進むと男が探るような目つきで用心深くついてくる。ジェシカはそのまま客席とギャレーを仕切る出入り口を抜け機首側最前列のギャレーの陰に立ち振り向いた。すぐにそこへ男も入ってきた。


「どうしたというんだ!?」


 男の声は大きくなかったが剣のある言い方だった。


「私はあなた方の指示に従いゴルフバッグとスーツケースを運び込みました。だから──」


 男が黙って聞いてくれている。なら要求がかなえられる可能性があると彼女は思った。


「娘を──クロエを解放して下さい。お願いします」


 すぐに男が返事をせずに彼女をにらみつけていた。


「まだだ。機内の我々に何かあれば、お前の娘は殺す」


「そんな! 私はあなた達の仲間の指示を守ったのよ! 娘を解放して!──」


 いきなり銃口を眉間に向けられ、まだ娘の解放を訴えようとしたジェシカは口を閉じた。


「我々をわずらわすなら、お前は二度と生きて娘には会えない。それでも、まだ言うか?」


 ジェシカ・デスプラはきつく閉じた唇を震わせ、視線を床に向けた。その様を目にしたハイジャッカーはギャレーから出て行った。その気配がなくなると彼女はつぶやいた。


「なんとかして外の人に娘が捕らわれていると伝えないと──」










 ファーストクラスの01L席に座るデビッド・クリステンセン上院議員の前のシートとを隔てる敷居に載せた手のひらを握りしめ、隣の01Kに座る秘書のルーシー・レインは彼の気を静めるために懸命だった。


「いいですか、デイヴ? 貴方が乗客のために名乗り出るのなら、私は貴方のたてとならなければなりません。その意味をよくお考えください」


「だが、私が交渉の窓口となれば、それだけ乗客が早く解放される」


「いいえ、連中は真っ先に貴方を人質に交渉を始め──」


 そこまで言いかけて、ファーストクラス前室のギャレーからハイジャッカーの男が出てきたので、ルーシーは慌てて口をつぐんだ。だがハイジャッカーの男はすぐに立ち止まり二人を見下ろした。




「知ってるぞ、お前──クリステンセン上院議員だな」













☆付録解説☆


☆1【スコーピオンEvo3A1】(/CZ Scorpion Evolution 3A1)。チェコ共和国CZUB(/Česká zbrojovka a.s. Uherský Brod/チェスカー・ゾブロヨフカ・ウェラスキィ・ブロド)社のサブマシンガンの一つです。同社は異色で車やオートバイを生産するかたわら、ショルダー・アームスからハンドガンまで製造・販売しています。9x19mm拳銃弾を使用する銃でクローズドボルト式の命中精度の高いサブマシンガンで精度と低価格、バリエーションやオプションの多さを武器にポストMP5と言われる新しいアーキテクチャの軽火器です。射撃モードはフル、3バースト、セミと選択可能になっています。


☆次話へのプロローグ☆

 麗香は狙撃距離を1700ヤードへといきなり敷居を上げられます。ハイジャックされた旅客機から犯行声明も要求もなく次々に殺されてゆく人々。困難に直面してゆく者達の選択とは──。次話をご期待くださいませ。


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