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Part 7-1

LAX Hanger PM 15:45


午後3:45 ロサンゼルス国際空港 格納庫




 一人、車のシートに身を預けひざの上で組み合わせ両手の指を見つめていた。


 麗香は、一年半もウィリアムと一緒にいながら彼が抱えている苦しみをまるで気がつかなかった事を悔やんだ。


 ウィリアムはアフガニスタンとパキスタンの国境で親しかった友人を撃ち殺していた。敵の狙撃手から細切れのようにまとにされる友人を苦しませない様にと一撃で殺した(・・・)


 どんな言葉を並べようとも、その殺した事実が彼を軍務から退しりぞかせていた。


 彼は、二度と人を殺せなくなった。


 その事をウィリアムが熱く語ったわけではなかった。


 反撃をできない状況で、そうするしかなかったと彼が静かに言葉少なに語った。


 絶えず考える様になり、いつも堂々巡りをする様になると彼は言い、それが人を殺すことだとウィリアムは語りさとそうとしてくれる彼の暖かさを麗香は感じずにはいられなかった。




「レイ、二度と同じ絵が描けないように、踏み込んだ最後、戻れなくなる。生きたまま土の中に埋葬された気分が一生続くんだ。お前はこちら側へ来るんじゃない」




 だけど──彼にそうしない(・・・・)と彼女は返事ができなかった。


 童話の様な魅力(あふ)れる甘い人生を望んではいない。完全結晶な宝石は存在しない。


 欲しいものはたった一つ。


 たった一つ。


 哀しみの定め(うんめい)の果てに描く虚無の姿を垣間かいま見たい。狂おしいぐらいに突き上げてくるこの思いから逃れる唯一の方法が後悔と同義語でも構わない。




 いきなり麗香は顔を上げた。


 迷いは振り切れなくても、自分を照らし導く天空からの光が見えている様な気がした。




 息を呑んだ瞬間、彼女はドアノブに指を掛けドアを押し開いた。そうしてSUVからコンバットブーツを揃え下りるとそのまま車の後部に向かった。テールハッチの前に立ちドアを引き開けると自分のペリカン・ロングケースのハンドルをつかみロックを手前側にと向きを変えた。素早く解鍵しケースを開き真っ先に手前角の右手一列に並んだ弾倉へ手を伸ばした。


 アングルは7秒で組み上げる事が出来る。使う二個のアングルは確実に15秒以内でセット出来る。


 だがテンションの掛かった弾薬は安定するのに数十分かかる。その時(・・・)、直前ではダメだ。彼女は引き抜いた弾倉から順に一発だけを親指一つで押し出し、ケースを埋める灰色のスポンジクッション材の上に落とした。その弾倉をケースに戻すと次の弾倉を引き抜き同じ様に一弾押し抜く。


 五発の中三発より弾倉のスプリング・テンションの低い四発の中の二発がより集弾すると経験から知っていた。だけど三発の中、一発ではダメだわと彼女は思った。一発は──たったその一発でゼロイン(Zeroing:ライフルの基準調整の一つ)と狙撃を達成しなくてはならない。やり直しの効かない一撃なら4921ヤードの距離でミリ単位アキュラシー(/Accuracy:精度)が必要となるだろう。そのためには遠回りしても直前の一弾が必要になる。麗香はそう考えながら、五つの弾倉から一発を抜いてすべて四発装填にするとクッション材に転がる銃弾一つ指に取り、そのアイスピックの様に鋭い先端を綺麗なクッション表面に突き立てた。そうして指の感触を確かめるように銃弾をクッションへと沈めてゆく。皮膚にめり込み、骨を穿ち、脳を粉砕するのを想像(イメージ)しながらリムまで刺し沈めた。




 問題は一つ。


 一つだが大きな問題。




 簡単に──紙を刺す様に前後の頭蓋骨を粉砕する銃弾が、たとえ亜音速に落ち込んでいても膨大なエナジーを蓄えたまま操縦室後壁をも意図も容易たやすく突き抜けてゆく。そうして乗客に襲いかかる。CD(:付随的被害)は望まない。絶対に望まない。




 アキュラシーだけでなく、絶対的なパワーコントロールが要求される。




 世界でたった一挺しか存在しない自分のためのライフルを見つめながら、もうしばらくお待ちなさいと声に出さずに唇だけを動かしなだめる様にふたを下ろした。




 完璧に操られた力。




 絶対領域の技術。




 だれも踏み入れた事のない、神の領域。




 麗香は静かに車のハッチを閉じると、ひそかにかわきの答えをつかめた様な気がして振り返った。そのガーネットの視線の先に数百の命を盾にし籠城ろうじょうする邪悪な者達がいた。




 見つめる先に、今は遠い旅客機がある。












L.A.TB(/Los Angeles Television Broadcasting Systems, Inc.), Los Angeles AM 11:50


午前11:50 ロサンゼルス・テレビジョン・ブロードキャスティング・システムズ・インコーポレティド(:ロサンゼルステレビ放送株式会社)




 プロデューサーのフランシス・ロレンツは事務所の電話でなく、守衛室の受話器を握り強張った顔で耳を傾けていた。


『今、執務室で転送されている放送を見ているが、これは何の茶番だ?』


「浅はかだと? 私はマスメディアの信念を掲げている身。その真実を報道する姿勢が茶番だと!?(・・・・・・)


『そうだ。仮にも真実というならば、視聴者の嗜好をジェノサイドで煽る行為はもはや犯罪者らの共犯となる』


「違うぞ、首席補佐官! 視聴者が嗜好で真実を知ろうとしてるなど、上に立つものとしてのおごりだ! 事実を求めるのは、人が文化を築く以前から持つ本能的欲求だ。危機からみずからを守る術を得ようとする防衛本能だ!」


『いいか、よく聞くがいい一(かい)の者よ──』


 その慇懃いんぎんな言い方にフランシスは口元を歪めた。


『──多くの者は社会の底辺に位置する。それはオブラートで包めば基礎ともいうが、要約すれば導かれる立場にある烏合の衆(・・・・)だ。君らには事実を渇望する仮初かりそめの自由を与えている。その意味をここで授けてやろう。要約してやると言っているんだ。それは自由の下で手に入れた事実こそが真実だという幻想を抱かせるためだ。すべては操られたリソースの上に成り立つ偽りの自由意思という真に操られた状態が社会を安定させる。その意に染まぬ行為は反社会的行為で、それを支持するのは犯罪行為に等しく、公の場で』


「ミスター・スレイマン──あんたはこう言いたいんだな。即刻、放送を中止しろと」


『ほう、物わかりがよいな。それはプロデューサーとしての君の自由だ。私は一つの理想政治にのっとった法則を説明したに過ぎない』


 とことん見下げた奴だと、フランシスは思った。


「一つ聞きたい──」


『何だね、ロレンツ君?』




「どうして、たかだか一つのハイジャック行為に注目したんだ? 初めから彼らが何者であるか、知っていて横(やり)を入れてきたとしか取れない。大統領の意向か?」




『合衆国政府を甘く見ないで欲しいな。我々(・・)は、常に統制する立場にあるからこそ、幾つもの耳目じもくを有する。インテリジェンスに関しては優秀な部門が幾つか存在するんだよ。だがすべてに関して逐一大統領が知る必要はないんだ。社会の統制と大筋の動向以外は大統領は知る必要がない。彼の傍には優秀な(・・・)スタッフが何人もいるのだからな』


「そうか──つまり、こうだ──」


 首席補佐官が口を差し挟まぬ事実が、フランシスが言おうとしている事の確かさを保証していた。




「ハイジャッカーらは、現役の米軍兵士であり、あんた方階層の誰かが、事実を握りつぶしてるんだな」




『それこそ邪推だ。自由な発想を許すとそうなるもっともたる見本だよ。事件は長引かず、大衆は早期に興味を失う。君らが如何いかあおろうともな。時間と放送枠を無駄にする事はないという忠告に過ぎないんだ』


「自信を得たよ、首席補佐官殿()。最後に一つ忠告してやろう(・・・・・・・)


『ほう──聞くにあたいするならな』




「視聴者という大衆を舐めない事だ。大統領のスタッフを左右するのは他でもない。それは大統領任期への投票権を持つ民衆だ。それを大衆というんだ(・・・・・・・)!」


 最後を荒々しく浴びせるなりフランシスは受話器をビジネスフォンに叩きつけた。彼が振り向いた後ろの出入り口にドアを開き様子を見ていた彼のスタッフがいた。


「どうだ? とれたか?」


「バッチリです。特番の音声に差し替えすべて(オンエア)しました」




 そう言った放送スタッフは微笑んで口元のインカムを指差した。













☆次話へのプロローグ☆

 今話もサジタリヘお越しくださりありがとうございます。運命へ備えだした麗香を待つのは冷酷な現実です。場は一気に加速し旅客機の中を拡大します。さあ、その次話をお楽しみに。

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