Part 1-3
Bread zone Chiddin Holt Portsmouth ,UK Mar. 25th 2014
2014年3月25日 イギリス ポーツマス チデン・ホルト 穀倉地帯
「お前、それじゃあ──どうやって?」
麗香はウィリアムが何を尋ねたいのか分かる気がした。
「“弓道”──その全日本チャンプだったんです」
彼の呆けた様な顔がなんとなく可笑しくて彼女は笑いそうなのをこらえた。
「ああ、ウィリアム、勘違いしないで──日本式のアーチェリーみたいなものです。弓が人の身長よりも長い──」
麗香は彼が何か言いたそうにしているので、説明を中断した。
「お前、それでスコープの中心にスチールプレートを捉え続けられたのか?」
彼女は問われ、それがどうして特殊なのか理解できなかったので素直に尋ねた。
「難しい──事なんですか?」
「当たり前だ! 1000ヤード先のものをスコープで見ても呼吸でブレまくる。ましてや初めての──」
麗香はまた彼の云わんとしてる事が理解できた。
「私がやってたスポーツ──弓道はとても呼吸の制御が重要視されるんです。出来ないと“遠的”──65ヤード(:約60m)で的にすら矢が届きません」
ウィリアムは押し黙り、しばらく彼女を見つめているといきなりライフルをマットに戻し、銃から離れた。
「もう一度、スコープを覗け」
「え? あなたが“鶏”に当てたのを見ろというんですか?」
「違う! いいからプローンスタイルをとれ!」
プローンスタイルが何かを彼女は知らなかったが、半ば怒り気味に彼が言うので麗香は仕方なくまたマットに腹這いになりライフルの後部に突き出た板状の最端を肩に当てスコープを覗き見た。そうしてどうせまたプレートを見ろと命じられると、彼女は自らブナの木を探り当てスコープの視野の中央に捉えた。
「“鶏”を見てます」
「本当に見えてるのか!? ライフルを構えて二秒──いいから、そのままプレートを中央に捉え続けろ」
彼に言われ麗香はそのまま十字線の中央に僅かに上下する“鶏”を見ていた。そうしたら彼が傍らに身を寄せライフルを操作し、その機械音がする間、スコープの視界ギリギリに木にぶら下がるオブジェが暴れまくった。だが何とか逃さずに捉え続けると、また十字線の中央に“鶏”が戻った。
「トリガーに人差し指を掛けろ。第一関節の際を横に添えるように意識して──だ」
麗香は言われるままに引き金の前面に人差し指の腹を乗せてみた。だが僅かに遠く少し無理をしないと第一関節どころか爪の裏ですら当てるのがやっとだと分かり、直ぐにその事をウィリアムに告げた。
「少しばかり遠いです。関節の傍を当てるなんて」
「かまわない。お前と俺のLOPが違うからだ」
“ロップ”って何なのだと彼女が眉根を寄せると“鶏”が今度は十字線の右横に逃げ出した。それを無意識に修正した直後、彼に問われた。
「クロスヘアーの中央に捉え続けてるか?」
即座に彼女が肯定すると、しばらく間をあけて次の指示を出された。
「クロスヘアーに目盛りが打たれているのが見えているか?」
『ええ』と彼女が簡素に答えると即座に別な指示を出された。
「中央から右に二つ目の目盛りをスチールプレートの中央に移動させろ。出来たら呼吸を鎮め、最も吸い込む直前か、吐き出す直前のどちらが安定してターゲットを捉えられるか判断しろ。どちらかが必ずもう一方よりぶれない」
麗香はそれがどちらなのか中学生の頃から理解していた。“離れ”の直前──矢を放つ寸秒前に呼吸の谷──稜線の間の最も底──キレットにいたる直前。
「スチールプレートを言われた位置に固定したと意識した瞬間、ゆっくりとトリガーを絞れ。いいか、二段になって抵抗が変わる。最初は重く長く、次は軽く短い、境目は僅かだ。それを指の腹に感じろ。引こうとするな。真綿を絞めるようにトリガーを絞るんだ」
言われた通り、ゆっくりと、だが安定の一瞬は短く、だから素早く、と彼女は引き金を絞り込んだ。
乾燥した二枚の板を叩き合わせた様な爆音と共に銃の後部が肩に食い込み、スコープの後端が瞳に迫った。
それでも麗香は瞼を閉じなかった。虹彩をほんの僅かに游がせた瞬間、木の幹に微量の煙が上がり手の甲ほどの樹皮が剥がれ落ちた。
「“鶏”に当たりませんでした。左に20インチ(:約50㎝)。木の幹の真ん中に」
その事に彼女は落胆したが、彼に的中とは別な事を尋ねられた。
「幹に命中した高さとスチールプレートの高さの差は?」
麗香は横に半メートルも外したのだから、それにどの様な意味があるのだと不思議に思いながら、ありのままを彼に伝えた。
「変わりません。ほぼ同じ高さですけど──」
麗香がそう言った直後、彼女はウィリアムが僅かに含み笑いを洩らした様な気がした。
「少しだが風が強くなったからだ」
彼がそう言った直後、ライフルを取り上げられ、彼女は振り向きウィリアムを見上げると彼に運命を告げられた。
「お前を事務職にさせない。教え込む事が山ほどある」
LAX Los Angeles CA., U.S. AM 08:25 Aug. 13th 2015
2015年8月13日 午前8:25 合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス ロサンゼルス国際空港
車を会社指定の駐車場へ入れるなり、ジェシカは飛び降りるようにレクサスから出ると乱暴にドアを閉じて、テールゲートへ回り込みそれを開いた。
中には後席の背もたれを倒し普段自分が機内に持ち込むものよりも二倍以上も長い大人でも入りそうなスーツケースと、大型ゴルフバックが入っていた。麻薬か禁止物などの密輸品なのだろうか? もっと小ぶりのケースに小分けしてくれればと彼女は一瞬顔を歪め、我にかえり、その二つを機内に持ち込めば娘が解放されるのだと今一度、自分に言い聞かせた。だが一目見るなり、その二つどころか一つでも彼女一人の手に余ると気がついた。台車を借りてこないといけない。搭乗手続きカウンターにも団体の手荷物を運ぶキャニスターがあったが、そこまで行ってる余裕がなかった。
ジェシカはなりふり構わず貨物ターミナルの方へ駆けだした。
すでに出勤時間まで半時間を切っていた。一分でも遅れれば、搭乗勤務は取り消され、代わりのグラウンド待機中のローテーション・スタッフが乗り込むことになる。そうなればクロエの命はなくなってしまう。
娘の部屋に侵入し、娘を人質にとったあの男は、そこら辺のチンピラ崩れの様な感じがまったくしなかった。クロエを目の前で人質に取られ、激しく動揺したジェシカを一度脅しただけで要件を──脅迫を簡素に伝えきり、早く出勤しないと抱き込んだ女の子を容赦なく殺すと頭に拳銃の銃口を押しつけた。
ガレージに向かいながら、警察に助けを求めに行こうかとジェシカは懸命に考えた。だがあの男はそれすら見越してる様に誰かに助けを求めるなとは逆に言わなかった。
あの男はプロなのだ。
下手に動けば、容赦なく娘は殺される。
彼女はそう考えながら、自分の身分証を使い、貨物取扱いエリアに入室すると、管理室に顔を覗かせた。搭乗受付勤務のスタッフ──グランドホステスが、お客の荷物を探しに時々来るので、同じ制服の彼女を眼にしても誰もさして愕かなかった。彼女はキャニスターを一台拝借する事を告げ、トーイングトラクターが移動させるコンテナドーリーを避けながら、コンベアーの入り組んだ大きな部屋の片隅に並べられた台車の中から一番大きなものを引き出すと、駐車場へ向かい早足で押し始めた。
その時になって、ジェシカは娘が解放されて安全がはっきりとした時点で、機長に事情を説明し、警察を動かせばいいのだと思いついた。
☆付録解説☆
☆1【LOP】(/Length Of Pull)。通常は、Stock最後端(Buttplate/バットプレート)からTrigger迄の長さをいいます。13.5in(:約343mm)~14.5in(:約368mm)が標準だといわれますが、手・指の長さには個人差があり、肘関節(:ちゅうかんせつ)からTriggerを引く人差し指の末節(指先から最初の第一関節)迄の長さがそのSniperの適切なLOPといわれる場合もあります。Rifle系Said-Armsの場合この長さを適切にとらないとスムーズに引き金を引けませんので着弾が乱れる原因にもなり、また照準器(:Peep-SightやOptical Scope)の中心軸に虹彩の中心を据える事が出来ず正確な照準が出来ません。Buttplateに肩関節を当てた場合、Triggerに自然に指が掛かれば良いとされますが、Skeet Shooting(:スキート射撃。クレー射撃の一つです)やTactical Shooting等では少し短めの方が、素早い操作がやりやすく有利となります。ただしRifleの場合は短すぎるとOptical ScopeとのEye-Relief(:瞳との間です)が取れずとても危険です。
☆2【離れ】。弓道で矢を放った一瞬を『離れ』と表現します。ベテランはこの一瞬に的中するかしないかが判断できると聞きました。感覚論なので適切ではないのかもしれませんがRifleの場合もこの感覚に近いものが存在します。
☆3【トーイングトラクター、コンテナドーリー】(/Towing-tractor/Container dolly)。いずれも航空関係者用語で、Towing-tractorとは航空機と空港施設間で貨物を牽引する自走車輌で小型のものはゴルフカートサイズからあります。Container dollyとは可動式台車でサイズは積載物により様々ですが、多くは連結できるものとなっています。
☆次話へのプロローグ☆
ウィリアムの『仕込み』が本格的に始まり、ジェシーの乗務する旅客機に起こる災厄の端緒の次話をご期待くださいませ。