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Part 5-1

Snowdonia National Park Northwestern Wales ,UK Mar. 28th 2014


2014年3月28日 イギリス ウェールズ地方北西部 スノウドニア国立公園




 ウィリアムは戻ろうとしていた方向からわずかに逸れた場所にフィフティ・キャリバー(:.50BGM)の裂けた空カートリッジを見つけ、レイの意図を知るとその方向から左右180度にわけ、さらにそれを細かく扇状に数度ずつのグリッド分けにするとフィールドスコープでゆっくりと見始めた。


 距離からいって半径1000ヤードの円の中心から捜し出そうとしているので、広さはおおよそ650エーカー(/650acre:約2.63平方㎞)ぐらいだろう。広くもあり、狭くもある。どこかにいるとしても、背を向け反対側を捜索している最中に逃げ出されては車輪が一巡する。彼は左側を数度確認すると逆の方を数度見ていった。


 見始めて一時間、午後になってもそれらしいものは平原に見あたらなかった。すべてが草原ではない。五分の一ほどが、土がむき出しで大小の石が転がっているうねりのある大地だった。


 あいつは射撃した直後、偽装したはずだ。もしも渡したギリースーツを使っているなら土の起伏に偽装せず草叢くさむらに隠れているはずだ。それでも枯れ草の色をした迷彩で、できる事などタカがしれていた。


 彼はフィールドスコープを胸に下げ草原を見つめたままアリスパックを引き寄せると中から水筒と小さなプラスティックの器を取り出した。水筒のキャップを外すと器に軽く水を入れ地面に置いた。ベスがすぐに寄って来て水を飲み始める音を耳にしながら、ウィリアムはあの東洋人の女の事を考えていた。




 胸に開いた右手のひらを当てあいつが押し殺した声で主張している。




 私の家は由緒ある“武家”──あなたにわかるように言うなら、“ナイト”の家柄なんです。子どもの時から武術を叩き込まれ、敵に背を向けることをよしとしない事が当たり前の様に日常にされてきました。その私が逃げていると?




 騎士の家柄──だからなのか。肉体的に辛い思いをさせても、精神的にどれほど揺さぶってもレイはついてきている。今までSASの隊員の中から見込まれてスナイパーの養成にまわされてきた何人もの特殊部隊兵がをあげて脱落してきた。それをあんなに若い女が、時には腹立ちを見せても投げ出さずについてきている。


 しかもあいつは狩人として天賦てんぷの才能を持っている。


 これほど安定して短時間に高いアキュラシーを見せる兵士に過去出会った事がなかった。


 射撃は誰でも適切な教えで訓練すれば、幾度かの壁に当たりながら時間をかけ腕が上がる。


 だが初めてライフルに触れたあれは、たったの数時間でコンマ1MOAのグルーピングを易々と叩き出した。


 あんなに伸びる理由が何か、今一つ理解しきれてないが、レイはスコープの接眼レンズに見えている以上の情報をつかみ取れる眼をしているのは確かだった。


 あいつは100や200ヤードからボールのプライマーを撃ち抜いたのではないと確信していた。恐らくは700ヤード以上。いいや1000以上かもしれない。レイの使う45倍のシュミット・ベンダーが如何いかに高精細な像が見えるとしても、プライマーが針先ほどにも見えてなかったはずだ。それも地面に置かれたボールのボトムをどうやって照準したのだ!? ベンチマーク射撃ですらとても困難な射撃を意図も簡単に成し遂げる。


 あれはスナイパーにとってどれほどの技術や経験よりも、まず『見える』という事が一番大切だと知っている。


 しかも強固な肉体を操る精神力でブレていないターゲットを正確に推し量り、機械の様な精確さでバレットを送り込んでくる。


 教えた事をスポンジが水を吸い込むよりも内に遥かに多く取り込む。このまま一年掛けて続けられれば、あらゆる技術とその時間で学ぶ経験からレイはとんでもないスナイパーになるだろう。


 一点にバレットを送り込むのにどれほど知識と経験からくる勘が必要かあいつはまだ知らない。本能だけでベテランの様な射撃を維持している。




 レイは2マイル(:約3.2㎞)先のターゲットに初弾を撃ち込める逸材いつざいなのだ。




 彼はアリスパックからレーションを取り出し封を切ると半分をベスに与え、半分をみずからの口に入れた。彼女に渡したバックパックには食品やましてや水さえも入れていない。20時間、あの女が堪えられないとはウィリアムはまったく考えてなかった。だが飢えは判断を誤らせ、水への渇望かつぼうは意志を萎えさせるに十分だった。


 ふと彼はレイにシャイタックを撃たせてみたくなった。恐ろしいほどの弾道係数を持ちながら、スイートスポットが極端に狭いガウディの斜塔の様な形をした極限のオージャイブ(/Ogive:累積度数曲線)を持つ暴れ馬の様な銃弾。




 いくらあいつでも、まさか2200ヤードで5発──ワンホールを出せるとは思えなかった。




 コンマ・ツゥーゼロ・ワン(:0.001MOA。2011m先の6mm)のアキュラシー。




 一年続いたらレイ専用のワンオフのライフルと専用弾を与えてやろうと自分に約束しながら、彼はまたフィールドスコープをつかむと、中断した続きの観察を始めた。












 息をも殺し目先の近い地面だけを見続ける。




 寝返りすらうてないうつ伏せの体勢で一時間半が過ぎたと麗香は思った。日本でなら啓蟄けいちつもとうに過ぎているのに北海道か東北の様な寒さに虫一つ動くものがなかった。動かない砂つぶを数え792個で止めてしまった。


 寝てしまってもよかったが、見つかった時にウィリアムからいやみめいた事を言われるのもしゃくなので起き続けた。


 今、熊が来ても横たわっている自信はある。


 祖父が、こうやって大地に身を寄せると色んな事がわかると教えてくれた。人の足音どころか獣の足音すら地面から拾えた。一度など、まるでラッシュの駅ホームに上がる何人もの階段の足音を聞いた様で驚いて顔を上げたら、数メートル先を山百足(むかで)が移動していた。


 だが三月のイングランドの大地はまだ眠っていた。


 意識はわずかに聞こえ移り変わる音に注意しながら、彼女は湧き水の様に思いつくままの記憶を見続けた。




 見えるのは次々に襲いかかる鎌鼬かまいたち


 高校一年の時に県警トップと打ち合えるチャンスに恵まれ嬉々とする心を押し隠した。


 狭い面の視野に見えるのは竹刀しないの残像。その連打を勘だけでしのぎきる。面を狙い一瞬で切り返し胴を狙ってくる。


 この男が七段だと聞いてはいたが、ここまで凄まじいとは思いもしなかった。だが──この男は腕におごっている。数段格下のわたしを打ち倒せると信じきっている。それが間も与えない連打として表れていた。相手の打ち込みを流しながら、そのパターンを身体が覚え始めていた。一瞬のすき、一度の油断を見逃さない。


 その体格で頭一つ半大きな男がみずからの損耗で一瞬足(さば)きが打ち込みに遅れた。


 その刹那、押さえ込んでいた怒りが爆発した。


 たった一度の攻撃。


 一度きりのチャンス。


 それに喰らいついた。


 男のさらなる踏み込みに合わせ、大きく踏み入れながら相手の喉を狙い竹刀を突き出した。


 両脚を投げ出し遠ざかってゆく男を見つめながら、あなたがここまでわたしを追い込んだのだとにらみすえた。


 泡を吹き大の字に倒れた男の周りに血相を変えた同僚達が走り寄り担架を持って来いと怒鳴った。それ以来、県警本部の道場から足が遠のいた。


 ここにも答えがなかった。




 あれが真剣なら、あの男は前から首をつらぬかれたのだ。






 本当に──。






 それから一年も経たずに防具やまと相手の勝負に、自分の望むものがないと気づいた。




 真剣で切ってみたい。


 矢で射抜いてみたい。




 ──生身の人を──




 その渇望に、おのれが異常なのだと疑問を抱く様になり始めた。




 顔を背けても、いつもそれが心の片隅にいた。気がつく都度にそれが蜷局とぐろを巻き大きくなっている事に気がついていた。




 そんなある日、テレビで戦地取材をした番組を見ていた。一人の狙撃手が語る。


 一発の銃弾で何千という兵士を恐怖におとしいれ動きを鈍らせる。それが私の仕事であり使命であり祖国への忠誠と救済になるのだと。


 リポーターが罪悪感を感じませんかと尋ねた。


 感じない奴は殺人鬼で、私は兵士なのです。


 その狙撃手が見せた笑顔に凍りついた。


 嘘は言っていない。


 だけどこの人は命を奪う意味を知っていると直感がさだやいた。


 遠く離れた場所から一方的に生殺与奪を振るうその男が見つめるカメラレンズ越しに、おまえらには理解できないと眼で語っていた。


 それが思い込みなのか、真実なのか、高校を卒業し、大学に進み、答えをどうしても知りたくなった。そこにこそ生身の相手と命をした勝負をしたいという欲望の答えがあると思うようになった。


 十代のある日の夜、廊下でばたりと出会った父が、瞬間、娘をまるで妖刀を見た様な目つきで見つめた。


 弓道の全国大会で二位に圧勝して優勝した晩だった。その勝負の直後、あろう事か、その場で弓を叩き折った。先がなくなった怒りから衝動がそうさせた。


 優勝は取り消され、後日連盟から除籍された。


 それ以来、あれほど厳しかった父は口やかましい事を言わなくなった。




 ウィリアムなら答えを知ってるだろうか?




 このまま続けたら、わたしがいずれ人を撃ち殺すと彼は予想してるのだろうか?




 レプリカはもう沢山なの!




 答えはどこにあるのだろうか?




 本当に──。




 麗香はバックパックを引き寄せると手探りで折り畳んだシャベルを引き抜いた。そうして足掛けの左右をつかむと伏せたまま眼の前の土を発作のように掘り始めた。




 武士の末裔まつえいなら──


 勝負を途中で投げ出すな!




 遠く父の声が耳の奥にあった。












#2031 Boing 777-300ER West-Liner LAX Los Angeles CA., U.S. AM 10:47 Aug. 13th 2015


2015年8月13日 午前10:47 合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス ロサンゼルス国際空港 ウエスト航空 ボーイング777ー300ER 2031便




 まるで小規模な爆発が、五秒ほどの間隔で連続して起きていると、航空保安官のエレン・ノーランは座席の背もたれの肩をつかみながら思い奥の機首側を見つめた。それがもしかしたら特殊部隊の突入なのかもしれないと考え、それをすぐに否定した。兵士の姿は見えるどのドアにもなく見張っているハイジャッカーはまるで動揺してなかった。


 あいつらはいったい何をやってるの!?


 そう思った直後にまた乾いた短い爆発音が響いてきた。


 乗客らの皆が怯えた表情で辺りを見回す。


 答えはそんな所にない。


 不意にエレンは、ライフルの射撃音なのではと考えた。射撃の研修訓練を受けたときアサルトライフルの後にボルトアクションライフルを撃たされた。それが5.56ミリのアサルトライフルとまるで違う乾いた跡をく音だった。


 ハイジャッカーが操縦室でライフルを連射してる!


 何を撃っているの!?


 機体は滑走路にあり、前方には遠方まで何もないはずだった。


 滑走路の先で誰かが──ハイジャック対策の誰かが撃たれているとしたら?


 それを止めさせないと!


「くそったれ」


 彼女はそう小さく悪態をつくといきなり立ち上がった。その瞬間、乗客を見張っている一人だけのハイジャッカーがサブマシンガンを振り向けた。


「ちょっと、あんた! 化粧室へ行かせなさいよ!」


 女の要求にハイジャッカーはにらみすえた。


「今はダメだ!」


 男は銃口を向けたまま命じた。




「じゃあ、ここでする(・・)から!」










 機体中央からラバトリー(:お手洗い)とギャレー(:乗客への食事を用意するエリア)を挟み後部の乗客を見張っていたデニス・メッサーは片耳に差したイヤフォンから中佐の声が聞こえ始め耳を傾けた。


『デニス! 機体下に一人入り込んだ奴がいる! 片づけろ! そっちは私が見張りに行く!』


 彼は喉元のスロートマイクを片手で押さえ返事をした。


"Copy !"(:軍用会話での了解の意味です)


 事態は想定された事だった。


 デニスは一番後ろの空いていた座席に座り乗客の誰かが飲み物が欲しいとか具合が悪くなったと要求するのを待つFA(:フライト・アテンダント)の女へ駆けながら怒鳴った。


「おい! シンディ! 俺を前輪格納庫へ連れて行け!」


 怒鳴られたシンディ・トーマスは両肩をびくつかせ彼へ視線を振り向けた。










 床には空の大きな薬莢やっきょうが幾つも転がっていた。


 何度もの爆轟に耳が痛くなり甲高いノイズが響き続けていた。デビッド・クリステンセン上院議員は怒りに駆られたが、ハイジャッカーの指揮をするマーティン・ルフェイン中佐が爆弾ベストのリモート起爆スイッチを狙撃を続けるマーカスという男に預けているのを思い出しこらえた。この狭い操縦室で爆発すればみずからが爆死してもハイジャッカーの一人は殺せる。だが操縦士をダグ・クローリー副機長を巻き添えには出来なかった。


 ルフェイン中佐はモバイルフォンで何かの映像を見ていた直後、声に出してこの場にいないデニスという者へ指示を出した。


「デニス! 機体下に一人入り込んだ奴がいる! 片づけろ! そっちは私が見張りに行く!」


 言い放つなり、彼は撃ち続けるマーカスの肩に手を掛け、後ろ手に回した彼へ無言でリモート起爆スイッチを手渡した。そうして操縦室を駆けるように後にした。


 直後、いきなりダグがマーカスに飛びかかろうとした。


 伸ばされた左手に握られたサービスピストル。




 スコープをのぞきながらマーカスは伸ばした左手のM9で副機長の額を捉えていた。


「邪魔をすればお前の額から脳をかき回してやるぞ」


 スナイパーが押し殺した声でダグに命じた。副機長はどうして動きがバレたのだと眉間にしわをきざみ口をゆがませて唸ると座席に腰を沈めた。そうしてハンドガンをジーンズのヒルスターに戻し三秒もおかずにマーカスはまたトリガーを引き爆轟に操縦室が揺すられると前方の窓に開いたたった一つの穴から急激に空気がすり抜ける音が後を続けた。五秒、その短時間で男はボルトレバーを踊らせチェンバーから空の薬莢やっきょうを引き抜くと素早く次の弾薬を手で押し込みボルトを閉じ肩にストックを担いだ。




 また誰かが撃たれようとしている。




 いいや、命を落としたのだ。




 デビッドとダグは両側からハイジャッカーの狙撃手をにらみつけるしか手立てがなかった。













☆付録解説☆


☆1【車輪が一巡する】(/The wheel comes full circle.)。英語のことわざで日本語的に意訳すると「元の黙阿弥もくあみ」となり、事態が進展しない場合に使います。


☆2【シャイタック/シャイニィタック】(/.408 Chey Tac/Cheyenne Tactical)。Cal.408 Rifle Cartridgeです。50BMGと.338Lapua Magの中間を埋める為に開発されました。.505 GibbsをNec DownしたCartridgeで、BulletはNickel-Copper Alloy(:銅,ニッケル合金)素材からの削り出しから成り、針のように鋭いBulletの尖りで突出したBC数値(0.940)を持ちます。2000yd越えでも音速を超える在速性能を持ち弾道が理想的なフラットに近く落差は非常に少ないのですが、スイートスポットが極度に狭く(ライフル専門用語で集弾が気難しい事を意味します)、また硬質のBulletはBarrel寿命を著しく縮めるという欠点があります。


☆3【車輪格納庫への降り方】これを小説内に書こうかと半日も悩みました。場所も方法も奈月は知っているのですが、こんな事を暴露するとセキュリティー上の問題になり、以後、奈月はどこの旅客航空会社へも取材が出来なくなる事が確実です。これはTOW対戦車ミサイルの飛翔特性を暴露するよりもダメだと判断し割愛しました。






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