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Part 1-2

Bread zone Chiddin Holt Portsmouth ,UK Mar. 25th 2014


2014年3月25日 イギリス ポーツマス チデン・ホルト 穀倉地帯




 AI社からボルボで半時間、麗香はウィリアムの車に揺られている間、どこへ連れて行かれて、何をされるのかといった話題を避けた。事務所にはウィリアムが研修に連れて行くからと伝えてあったので仕事を抜ける心配は不必要だったが、麗香は彼が何も話さない事に逆に安心感の様なものを感じていた。街並みを離れ直ぐに大規模な農地が幾つも連なりだした。


 そうして幾つかの曲がり角を折れ、一軒の大きな建物の建つ敷地へと車が入ると、その玄関口近くに車が止められ、ウィリアムは下りながら、車の傍で待てと、まるで番犬に告げるように素っ気なく彼女に命じその家のインターフォンを使いに行った。


 麗香が車の傍らで待ちながら見ていると、オーバー・オールを着た家主らしい人が出てきてウィリアムと短い会話を交わすとウィリアムが車に戻り、麗香に何も告げずにトランクを開いた。そうして彼女の足下からあごの下までありそうな長いアタッシュ・ケースと巻いた薄手のマットを取り出し、あご一つを振って彼女に付いて来いと命じ、農地の方へ向かって歩きだした。


「この辺りでは何が作られているんですか?」


 麗香が尋ねても、ウィリアムは無言で歩き続け、彼女は彼が無愛想な性格なのだと割り切る事にして、自分が踏む土の感触を楽しんだ。肥沃な土のような感じがした。麦なのかしら? きっと良い作物が実るのだろう。この国に来るまでは暗く曇りがちで寒い印象しかなかったけど、それが間違っていたと感じた。空は雲ばかりだったが、歩き続けているせいもありそれほど寒くは感じなかった。しばらく歩いていると。わだちが見え農地の境界線近くまで来た。彼はどこまで行くのだろう? 私に何を見せようというのだろう?


 すると農道の際で彼は放り出す様にマットを広げのばした。ヒト一人の身長よりやや長い肩幅をカバーできる小さなマット。それが彼のための物であり、自分には決して勧めはしないだろうと彼女は思った。ウィリアムはそのマットの農道側の端に胡座あぐらをかいて座り込むとアタッシュケースの三つのロックを手早く跳ね上げ、蓋を開くと中から二の腕ほどもあるやや大きな単眼鏡を取り出した。そうして傍に立って見守っていた麗香に差し出すと農地の逆側の方を指差した。


「裸眼で農地の外れの林が見えるか?」


 麗香は振り向き彼が指差した先を見た。まるで岩に生えたコケの様にわずかばかりの樹木が見えていた。


「ええ、なんとなく」


「そこに割と大きな二本並ぶビーチがある。それをフィールドスコープで見てみろ」


 ビーチ? 浜辺? 違う。発音が違ってた。二本と言うからには棒の様な──林を話題にしたのだから、おそらくは樹木の一種なのだろうと彼女はウィリアムに言われるままに単眼鏡を向けのぞいてみた。その視界は広く倍率が数倍しかない事に気づき、彼女は無意識に指先で倍率を可変できるダイヤルを接眼レンズの近くに探した。それらしいものを探り出し、回してみると木の少ない林の中に二本並ぶ様に力強く伸びている高木を見つけた。どうやら日本でも割と多く見かけるブナの木みたいな感じがした。


「その右の木の一番下の枝に二つの物が下がってる。何か分かるか」


 何か分かるかと言われ、麗香は最大倍率でも木自体がシャープペンシルの十分の一もないのにと思いながら、右の木に注視した。遠視をする時に眼球に力を掛けてはいけない。昔、幼少の時おじい様に連れられ山歩きをした時に、おじい様が隣山の斜面に鹿が三頭いると言われ、そんな遠くの生き物がどうして見えるのかと麗香は驚いた。おじい様は元々、視力が良く六十を過ぎていながら老眼にさえなっていなかった。


 遠くを見渡せるには心の眼も必要だと教わり、無理に見ようとせず、そこに飛び込むつもりになるといい。そう教わり、久しぶりにそれを意識した。それに曇ってはいるが、太陽光が直射するより見やすいと彼女は経験から感じた。


 一番下の左右の枝に一つずつ何か黒い物が異物として認識できた。


 何かしら? 円形の様でいびつな感じがすると彼女は思った。わずかに視線の中心を逸らし、脳裏に浮かぶイメージをつかもうとして、なんとなく分かった気がした。


「黒いにわとりのオブジェ──かしら?」


「見えるのか!?」


 ウィリアムに強く念押しされ麗香は『ええ』と答えた。かさず彼に別な事を尋ねられた。


「距離は、どれくらいだ?」


 距離と言われ、麗香は戸惑った。開けた農地には基準となる物が一切なく、勘に頼るしかなかった。


「おおよそ、1100ヤード(:約1006m)ぐらい」


「どうしてそう言い切れる? 当てずっぽうか?」


 彼の質問に微妙に驚きがにじんでいると麗香は感じ彼へ振り向いた。


「いいえ、ウィリアム。サッカーグラウンド十面分ぐらいだと」


 しばらくウィリアムは黙り込み、おもむろに彼はアタッシュケースから銃器を取り出した。麗香は間近で銃を見るのは初めてだった。艶消しの黒く長い上部と濃緑色の下部が後端に掛け伸びていた。


「これはうちの社の製品だ。L115ボルトアクションライフル──英国軍に納品してる」


 彼はそう言いながら、麗香の見てる前で銃の下部に付いた二本の足を引き伸ばしマットの先の土の地面に据え付けスコープの前後のカバーを上に引き上げた。それを見ていて麗香はこれが軍用なのだと知りわずかに驚いた。そうして今になって自分はライフルメーカーに就職したのだと思い知った。


「マットに()いつくばり、ライフルのスコープで君が見ていた物を見るがいい」


 そう言って彼がマットから身体を逃がしたので、麗香はライフルを抱き込むように腹()いになりスコープをのぞき込んだ。銃の後ろに伸びた板状の膨らみの後端が肩に当たり、スコープのギリギリまでは顔を付けることが出来ないと知り、彼女はやむを得ずスコープ後端から眼を離したままのぞき込んだ。


 のぞき見るライフルのスコープは明らかに倍率が高かった。フィールドスコープで見ているよりも林の木々が倍以上大きく見えた。彼女はかさず左手を肩に当たる銃の後部に添えて微調整すると二本のブナの木を探り当てた。その様をじっとウィリアムが見てる事など彼女はつゆ知らずにスコープの視界に集中していた。


 その枝にぶら下がるのは二枚の鶏を模した黒いプレートだった。


「“にわとり”──正解でしたね。ウィリアム、ご褒美を下さい」


 麗香が微笑みながらそうからかうと彼が真剣に聞いてきた。その声が半信半疑なのを彼女は理解しかねた。


「プレートが見え続けてるのか?」


「ええ、スコープの十字線の中央に。ずっと。変ですか?」


「もういい、ライフルを返してくれ」


 ウィリアムに言われ麗香は身を起こすとマットから下りて地面にしゃがみ込んだ。その横で彼が同じ様に銃器を抱き込みスコープをのぞき込みながら彼女に告げた。


「お前が、200ヤード先の5インチのマトを外さないと言ったのは本当だな。ハンドガンじゃなくライフル射撃を少しはかじってるという事だろう」


 言われて彼女は違うと返そうとしたが、彼が放ちだした冷気のようなものを敏感に感じて黙ってしまった。


 彼が何を判断基準にしているのか、名称も含めて麗香には分からなかったが、スコープ中間の上部と横のダイアルを回し調整すると、銃の横に置いているプラスティックのケースから見もせずに手探りで一発の銃弾を引き抜き、銃の握り手の付いた短いレバーを操作し後方へ部品の一部を引き下げると、スコープ下の黒い部分にその銃弾を静かに差し入れ、またレバーを操作し下がっていた機構部を元に戻し、スコープをのぞき込むなり身体の動きを全く止めてしまった。


 彼女はそれが弓道の“かい”に当たる瞬間だと本能で悟った。


 いきなり、それは訪れた。


 初めて間近で感じる銃声は大音響の弾ける波だった。銃口がわずかな焔を吐き薄い煙が広がった。ウィリアムが1000ヤードも先のプレートを撃てたのかと彼女に疑念が過ったのは、数秒してからだった。


 麗香は一呼吸した直後、微かな金属板を叩いた音を耳にして驚いた。その時になって初めてプレートが金属製だったのだと知った。


「こんなに時間が──数秒も」


「4秒弱。三分の一はバレットが到達する時間、残りは音が帰る時間だ。この寒さだ。わずかに音が遅く返る」


 そう言いながら彼はライフルを大事そうに胸に抱いて身を起こすと麗香に見向きもせずに続けた。


「射撃の半分は科学だ。うちの会社の職工らは厳密なルールに基づいて商品を作ってる。お前みたいな生半可なフリークはその価値すら──」


「ウィリアム! 私は銃を撃った事はないんです!」


 麗香の主張に振り向き初めてはっきりと彼が驚きをあらわにした。












CA-1 Monica Los Angeles CA., U.S. AM 07:40 Aug. 13th 2015


2015年8月13日 午前7:40 合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス カリフォルニア州道1号線




 リンカーン・ブルーバードの名で地元に親しまれる州道1号線は朝のラッシュで車の列が連なっていた。


 ジェシカ・デスプラは仕事に間に合わなかったらどうしようかと不安が際限なく膨れ上がっていた。クロエを人質に捕られ、解放条件に従うしかなかった。トランクの二つ荷物を旅客機に持ち込むしかない。それが何であり、何につながるのか。そこに何が待ち構えているのかなんて意識の片隅にもなかった。




 クロエを助けないと。




 急激に迫ってきた前車のテールゲートが意識に割り込み彼女は急ブレーキを力一杯踏み込んだ。レクサスのタイヤは悲鳴を上げつんのめるように、フォード・エクスプローラのバンパーにぶつかってしまった。


 わずかずつ車の流れが進んでいる中で孤立した二台の背後で、直ぐにクラクションの罵声が沸き起こった。ジェシカは慌てて車から下りるとフォードの運転手の元へ向かい、ドアの外に立つなり激しくウインドガラスを叩いた。それが下ろされるなり彼女は懇願こんがんした。


「お願い! 人の命が掛かっているの! 娘の命が! 弁済でも何でも受けるから、私を行かせて!」


 運転席の男が驚きの表情で彼女を見つめた。













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