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Part 3-5

Corris Corner of Machloop 2 Milles North of Corris Uchaf North Wales ,UK Mar. 27th 2014


2014年3月27日 イギリス ウェールズ地方北部 コルリスイハブ北3.2キロメートル マッハ・ループ コルリス・コーナー




 軍用機が近づき通過し、隣の山の稜線りょうせんに隠れるまでスコープが共振を起こして、錯乱さくらんした様な視野になる!


 視野が戻ったと思う一刻、嫌がらせの様に次の軍用機が放つ爆轟が襲いかかった。


 麗香はウィリアムの思う壺にはまり込んだみずからを責めぬいた。だが彼の狙いを予測できなかった自分の愚かさを恥じたところで状況が好転するわけではない。


 今頃、向こう山で彼はフィールドビューワー越しに困惑するわたしを見つめほくそ笑んでいるのかもしれなかった。


 その彼が声にならない呟きをらす。


 さあ、撃てよ──お前は、本能であらゆる苦境を凌駕できるんだろう。撃ってみせろ、レイ!


 唇を引き結び、オキュラー(/Ocular:接眼レンズ)に意識を集中する。


 振動が収まり、安定しかかかった像が揺らぎだすまで数秒。見える度に視野のあらゆる場所にいただきの岩に腰掛ける彼の姿が乱れ飛んだ。たった1000ヤードもなさそうな射程(レンジ)に狙いが定まらない。彼が指で押さえるスチールプレートが10分の1インチ(:約2.54mm)にも思えた。悪路を飛ばす車の中で針に糸を通す様な艱難かんなんに打開策を見いだせず、ストックのチークピースをほおに強く押しつけバイポッドの付け根を痛いぐらいに握り締め、少しでも揺れを地に逃がそうと彼女は足掻あがいた。力で押さえつけようとすると、レンズが微細な振動に変わり対物レンズ先の景色が揺れる水面の波紋の様ににじんだ。


 スコープのない狙撃銃がまったく用をなさないのを思い知り、麗香は困惑し続けた。


 安定して見えるのは二秒にも満たない。しかも飛来する航空機の種類で揺れ方がまったく異なって、わずかに見える次の視野に一貫性いっかんせいがなかった。


 小手で来るのかと思わせ、面を狙い、胴を一瞬で斬り返す様な嫌な相手と打ち合いをしてる様な気がした。何かをすればそれが裏目にでる。その様な相手に力で押し切る事など不可能だわと経験がさとした。


 麗香は三角形の翼をした機首にも小さな翼をもつ戦闘機が金切り声をあげ飛んで来るのを裸眼の視野の隅に捉えていた。


 その刹那、チークピースからもバイポッドからも、ストック後端からすら身体を離した。それで共振が収まるわけはなかった。だが事態は彼女が予想しなかった横顔を見せた。


 スコープが大きく緩やかに揺れ、にじむ様な波紋が消え失せ景色がハッキリと見えていた。そのクロスラインの特定の区間に一瞬──腰掛けるウィリアムの上半身が見事に1ミルに収まった。


 1000ヤードもない!


 984.3ヤードだわ。


 いくら揺れようと狙撃距離レンジは不変だった。意識する前に弾道落差が見えた。


 銃弾は190.7インチ(:約4.84m)落ちる。エレベーション・ダイヤルで合わそうとすれば104クリックでわずかに足らないぐらい。もたもたと合わせてみてもどのみちクロスラインの中心に彼の左手が押さえるスチールプレートを持っていくも、ここぞというタイミングでスコープのFOV(:光学照準器の視野)のどこかでホールドオーバーで撃つも同じだった。落差分5ミルをずらせば残りの落差は13.5インチ。34.2センチ下に落ちる分をライン間の目分量で微調整するなら、プレートのサイズと同じ。


 風は!? 目安となるたにの空間にそよぐものなどあるわけがなかった。彼女は機体を不規則に左右に揺すりながら飛び過ぎる四発のプロペラ輸送機を裸眼で追い続けふと気がついた。


 航空機も車がカーブを曲がる時に横向の力が掛かる様にその力に対して翼の下面を向け抗っている。軍用輸送機が入ってくる山の稜線に対して次の逆向きの傾斜面に対し同じ様な傾きで翼を切り返している。どちらのたにへの傾きもそれほど変わらなかった。なら掛かる力がそう変わらないという事実に気がつき、麗香はたにを吹き抜けている風があまりないのだと結論づけた。それなら銃弾の回転力と地球の回転力から右へ0.7モア流れるだけだから──おおよそ3クリック分、クロスラインをウィンデージ・ダイヤルで調整すればよかった。だが、その分すら彼女は水平に並ぶラインで1/5ミル目測でずらす事を即断した。


 スコープの中をシャチの背びれのような垂直の翼が残像を引き連れ飛びす去った。その直後に、それまで耳にしてきた轟音の様なエンジン音や、プロペラの唸りとは明らかに違う音が聞こえてきて、彼女は左目を目一杯横へ振って確かめた。


 先にプロペラの一組しかない小さな──小型のあれも軍用機なの? それまで戸惑っていた事が拍子抜けする様な静さでその小型航空機が目前に迫った。


 今なら3秒使える!


 麗香は一気に肩にバッドプレートを押しつけチークピースにほおを寄せ曲げた左手を右腕の二の腕に掛け、引き金に指を乗せながら、スコープの垂直線と水平線に並ぶ目盛りの交差する一点を、彼が押さえるスチールプレートに合わせた。


 つかの間の一点目掛け吐き出す息を急激に細く絞りながら、2ステージに入った感触から引き金を落とした。


 ウィリアムの手首を飛ばしたら、彼は二度とライフルを撃つことはできなくなるだろう。軍にも戻らずその方が彼にとって幸せなのかもしれないと意識の隅にろくでもない事を思いつき彼女がわずかに眉根を寄せた瞬間、上から戻ってきた光学照準の視界の中に彼が腕を跳ね上げスチールプレートが消え失せているのを眼にした須臾しゅゆ、その指が五本すべて無事であるのをまず確かめ、ウィリアムが面白いほどのしかめっつらになっているが見れて、麗香は右足首の痛みを思い出し渋い顔ながら笑みを浮かべた。




 彼がおんぶしてくれなきゃ、この山を下りれない。




 あまりにも情けないと麗香は直ぐにそれを否定した。












#2031 Boing 777-300ER West-Liner LAX Los Angeles CA., U.S. AM 10:25 Aug. 13th 2015


2015年8月13日 午前10:25 合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス ロサンゼルス国際空港 ウエスト航空 ボーイング777ー300ER 2031便




 殺してしまえの指示に狙撃手を挟み副操縦席に座るクリステンセン上院議員と機長席に座るダグ・クローリーFO(:副機長)は強ばらせた顔を見合わせそのマーカスと呼ばれているハイジャッカーが構える醜いライフルを睨みつけた。そんな視線を無視しストックを肩に載せたマーカスはクロアチア製の対装甲物ライフルRT-20の左側面に標準のスコープKahles ZF10x42から換装したナイト・フォースのコンペテッション 15ー55x52を覗き込んだ。


 はなから4000フィート余り(:約3685m)の滑走路内に狙撃手がネスティングするとは想定してなかったマーカスはこのライフルに260MOAというとんでもない角度のアングルを取り付けスコープを載せていた。


 彼は最大倍率の55倍でも限りなく点にしか見えない一組の男女が、戦闘服姿でなく長物を手にしてなかったのは揺らぐ輪郭りんかくのシルエットから見抜いていた。だがその二人は今やプローンの姿勢で半ば地面に溶け込んでいた。


 その男女が立っていた時の身長が最大倍率のレティクルのおおよそ2.1MOAあった。なら距離はと彼はドープブックをめくり変換表からおおよそ4075ヤード(:約3726m)だろうと判断した。別のページにはその距離の特殊ローディング弾20x110mm++APの弾道一覧表があり落差が11381インチ(:約288m)──265MOAだと分かった。アングル分を差し引き残り5MOAは──ヘアーラインの下7つ目にわずか届かぬ6.9MOAにホールドオーバーする。風に強いボールだった。3か9時方向の強風でも吹かぬ限り1MOAも横に流されない。コリオリとスピン補正で目測で横に肩を微量に揺すり0.8MOAずらす。後は時間が左右すると彼は思いトリガーに掛けた指を絞り込んだ。


 まるで爆発物がコクピット内で炸裂した様な大音響の瞬間、バレルが跳ねライフルの後方に吹き出したバックブラストが後ろ髪を引っ張った。同時にセンターピラーの左横の窓に指数本が入りそうな孔が生まれ周囲にわずかなヒビが走った。


 ナイン、エイト、セブン──彼はほかの者が理解できない様な小声で秒を刻んでゆく。




 ヘッドショット!




 その伏せている一人の周囲にやや暗いピンクの霧が広がるの目にしマーカスは満足し片側の口角を持ち上げ肩からストックを下ろすと素早くボルハンドルを握りしめ乱暴とも思える速さで排莢はいきょうしチェンバーに直接、指で次弾をリロードした。そうしてもう一人にもピンクの霧をお見舞いするために再び右肩にストックを載せた。













☆付録解説☆

☆1【RT-20】Croácia 20 x 110mm Antimaterial-Rifle。クロアチアのAMR(:対装甲狙撃Rifle)です。RT-20はCroácian-WordでRučni Top 20(:ハンド・トップ20)を意味し、銃弾はもともと対空火器用だった20mm口径弾を用います。少し前の型のSoviet Tank T-74 and T-84を撃破(とまでは無理でも、当たり所によっては行動不能にできるらしいです)や、Bunker(:掩蔽壕えんぺいごう)を攻撃するために戦場で用いられていました。もうこれくらいの口径になってくるとRifleというよりHandheld Cannon(:携行型大砲)といったおもむきになってきます。大口径化の弊害でRecoilがあまりにも強く、Barrel上に後方へCRRT(/counter-recoil reactive tube:反反動反応管)── パイプを引き伸ばしそこから後方へBarrel-PortよりのBackblastを噴射させRecoilを抑制させるという独特なArchitectureで設計されています。Bullpup StyleでBolt-Handleが左後方にありますのでStanding-Styleでは右肩に担ぐ様に使用するdesignでCRRTを避けScopeは左側面にMountされ、構えたままではReload(:再装填)が出来ませんしMagazine(:弾倉)を持たないSingle-Shot-Bolt-Action-Rifleのため速射性はありません。奈月はこの様な下手物を見聞きすると実物に触れ一度(ほんとうに1発だけ。それでも鎖骨が折れるかヒビが入りそうな気がします)は撃ってみたいなと思う事もあるのですが、この様な怪物を撃てるShooting Rangeが米や欧州にあるなんてお話も耳にしませんし、これのためにクロアチアまで行って姉ちゃん止めときナと断られ無駄足になるのもちょっとね~と足踏みしてしまいます。でも中国でデッドコピーのRPG-7を一万円も出し撃つよりはいいかもなんて事を考えたりもします。話を戻しまして、マーカスはSniperの例に漏れず固執する傾向があります。RT-20をただBlack-Marketで用意しただけでなくBarrelやActionを換装しており、使うBulletもNormallyな20x110mmではありません。弾頭を旋盤で削り出したBC(:弾道特性)の高いものです。Powderも種類変更と増量したいわゆるWild-Catです。彼が用意したMilitary-BollのSpecificationは以下の仕様です。

20x110mm++AP

Bullet-Speed:3000ft/s(:940.4m/s)、Bullet-Weight:1181gr(:76g)、BC(-G1):0.979


☆2【コンペテッション 15ー55x52】American Night-Force Competition 15-55 x 52 Rifle-Scopeです。作中でマーカスが使用するScopeのReticleがType FCR-1です。奈月はもともとRifleの扱いを教わったときOptical-SightはNight-Forceのもので学んだのでSimple & Frendlyでとても馴染みがあります。近年Night-Force-ScopeはTactical-Shootingで人気のあるMakerですが、それほど安いわけでありません。作中で麗香が使うSchmidt & Benderの半値以下ですが日本製50ccのScooterが買えるほどのお値段です。このScopeはSFPなのでReticleのLine間の値が修正無しで使えるのは通常最大倍率時ですがこのScopeは特殊で倍率40倍時でのScaleとなります。その時の最小のLine間(長いLine間ではなく、長いLineと短いLine間です)の値が1MOAで、ここに5.5ft(:約170㎝)の身長の者がピッタリ入ると距離は6391yd(:5844m)ですが、最大倍率55倍にすると同じスケールの比率が変わり1.37倍になります。つまりこの倍率の時、最小Line間に5.5ftの人がピッタリ収まれば距離は8787ydになり約1.37倍です。逆にいえばどちらの倍率でも距離が同じなら40倍から55倍にズームした場合スケールに見える対象が1.37倍になります。その時のスケール値もSFPのため変化しているので整合がとれます。作品中で4075yd(:3726m)はスコープの倍率を変えても同じなので40倍の時に1.57MOAに見える人の身長(これも変化しません)がスケール値が変化した2.16MOA(これは基準スケール40倍時のMOAとは等しくありません)に見えます。この複雑さが欧州のスナイパーに嫌われFFPが支持される理由にもなる一つです。


挿絵(By みてみん)




☆次話へのプロローグ☆

 ウィリアムの狙撃手へ導く方針が明確になり、混乱続きの麗香はその目的に気がつきます。一方、空港ではハイジャッカーの残虐な凶弾に追い詰められる女性地上管制官が無事逃げおおせる事ができるのか? 危ぶむ次話をご期待くださいませ。


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