狩人 エリック
幼き日の思い出は美しいものというけれど。
女将と姉のアナにエリックが放り出されるタイミングで「眠り猫」屋を後にした。
やたらと日陰になると思い振り向くと背後にエリックが着いてきている。
少し伸びたのか襟足で結ばれている髪はこの国に多い褐色で、鍛え上げた体は皮鎧の上からでも十分に筋骨隆々としているのがわかる。
それなのに空色の瞳は10年前と変わらない明るい光がそのままなんだなと思いながら尋ねてみた。
「何?」
「いや、10年ぶりに会ったんだしよ。もうちょっとは『懐かしい~』とかそういうのあってもよくねぇか?」
「そういう雰囲気をぶち壊し続けたのはエリックだよね?」
「だってよ。お前が思ったよりもデカくなってねぇ。むしろ差が広がってねぇか?」
「私は普通よ。あんたがデカくなりすぎてるのよ。2メルテはあるんじゃないの?」
「ねぇよ。そこまで193セルテだ!」
「私だって160セルテはあるんだからやっぱりあんたがデカすぎるのよ。」
「ルイスは198だしスタンでも俺よりデカいぞ。」
「あんたたち兄弟は世間の平均値軽くオーバーな自覚を持つべきだわ。」
そんなことを言いながら街を歩くとすれ違う人たちがエリックに声をかけ彼はそれに軽くこたえていく。
果物屋の屋台で果物を選んで魔道具でジュースにしてもらうとエリックが差し出してきた。
「久しぶりだからな。ほれ、飲みな。アプフェは好きだったろ?」
10年以上前の好みを覚えてくれたことが嬉しくて笑顔で受け取った。
昼休憩の時間が過ぎた平民街は学堂にも通わない子供や商用で出歩く人々くらいで人通りはそこまで多くない。
「で?なんでお前戻ってきた?ヌヴェールではいいところにいたんだろ?」
広場の水飲み場近くに腰を掛けて甘く爽やかな酸味のジュースを味わっているとエリックはいきなり直球で問いかけてきた。
(本当に遠慮とか戸惑いとか知らないヤツ・・・。まんまだなぁ。)
10年間感情を掴ませない社交の中で生きてきたことを考えてみればその直接さは嫌いな部類には入らない。
祖父から家を出されたものの急に託された孫に祖母も帰宅の予定を1日伸ばし友達や知り合いとの別れの時間を作ってくれた。
その時に最後の別れをしたのがエリックだった。ブルグでは見かけないほど高価な身なりをした婦人に連れられて去っていく私を見て呆然としていたっけ。
「うん。あちらのおばあ様は私を家の跡継ぎにしたかったと思うんだけどね。私、そういうの向いてなくて。おばあさまが亡くなったから家督は親戚に渡して帰ってきたの。」
まさか帰ってきてすぐに祖父まで死んでしまうとは思わなかったけど、と続けるがエリックは先を促すように黙って聞いている。
「エリックは今狩人してるんだよね。だったら魔法もわかると思うんだけどさ。私の引き取られた家は代々宮廷魔法使いでそれも攻撃魔法を使う家だったのよ。」
「お前が攻撃魔法?うっかり自分にうつ姿しか思い浮かばねぇよ・・・ってむくれるな、むくれるな。」
私は魔力量は普通の貴族の標準量よりも多い方だった。ただ内部魔力を外部へ放つための体内回路がどうやら人よりも細いということも判明した。
これは攻撃魔法を家の技とするロシェの家では致命的な欠陥だった。どんなに魔力が豊富でも外へ発現するときにパワーが減じてしまうのだから。
ブルグに居た時に祖父に言われた「できないことを嘆くよりもできることを磨きなさい。」という言葉がなければくじけていたかもしれない。
それからは直接放出量の寡多に左右されにくい魔法発現の研究をしたり、古代魔法や魔法陣の研究でその差を埋めようとしたし、その分野でもそこそこ優秀だったと思う。
それでもやはり求められているものへの違いからの周囲の失望にどんどん追い詰められていて、結局逃げた。
「あちらには私が無理に継がなくても優秀な人たちがたくさんいたしね。誰かが出ていけとか言ったならかえって居座ってやろうと思ったんだけどそんなこと誰も言わなくて。」
むしろ跡取りにはふさわしくない私を一生懸命盛り立てようとしてくれる人ばかりだった。それが辛くて逃げ出した。
「あ、でも魔法がまったく使えないわけじゃないのよ。今だってあんたのことを黒焦げにするとかくらいならできるんだからね。」
望まれた形では使えなかった魔法だけど私は私で自分に合う魔法の使い方を見つけているしそれはそれで有効なものだと自信もある。
「なんだよ、それはおっかないな。・・・だからさっき体格のわりにダメージでかかったわけだな?」
30セルテも身長に差があり、さして細工もしてなさそうな靴のわりに踏まれた痛みが強かった理由をエリックは察したらしい。
「ま、お前は本当に昔からトロくさかったよなぁ。」
(なんですと?)
「木に登れないから俺が手伝えば一人じゃ降りれなくなるし。果物獲りに行けば一人農家のオヤジに取っ捕まるし。」
(だんだん思い出してきた・・・。あれ?私ろくな目にあわされてなくない?)
嫌だというのに高い木に引き上げて置いて、自分はとっとと友達と遊びにいって降りることもできずに夕方叔母に発見されるまでしがみついていたことが蘇る。
蜂蜜を食べさせてやる、と仲間と連れ出されロングレッグビーの巣を見つけて掘り出した。当然巣を襲う『敵』は襲われる。
女の子の私はちょっと離れたところで道具を持って待っていたのだが蜂に追われたエリックたちはまっしぐらに私のいる拠点目がけて逃げてくると直前で小川に飛び込んだ。
突如目標が消えた蜂の怒りは目の前にポツンと現れた私にすべて向けられた。
(思い出したわよ。おじいちゃんが持たせてくれた護符のおかげで全身刺されまくるのは免れたけどそれでも護符を発動するまでに3か所ほどは蜂に刺されたのよ。めちゃくちゃ痛かったのよ。)
「思い出したわぁ。あの時の痛みまでしっかりばっちりとね。」
「蜂に刺されたお前をおんぶして山から戻ったことも思い出してくれよ。」
「そこのとこは忘れてたわ。蜂がショックすぎたもんでねっ!」
「忘れんなよ!大事な所だろ?そこがなければ俺はただの迷惑野郎じゃねぇかよ!」
「あぁどんどん思い出してくるわ。釣りエサのミミズを掘れって森でオオクチトカゲの巣を案内したこととかも。」
オオクチトカゲは牙だらけの口さえ注意すれば動き自体はトロクサい魔物だがいきなりの遭遇はほとんどの子供が腰を抜かす。
このあたりの子供の森探索の第一接触魔物だ。その場合はまずは逃走一択。
「お前、あれ即燃やしたから別によくないか?噛まれる前に火だるまとか報復のが恐ろしい。」
いつまでも根に持つんじゃねぇよ、とエリックがふてくされるのでまた笑った。
「で。爺さんも死んじまってお前どうすんの?アメリさん今はブルグにいねえし。」
あ、と叔母の不穏な発言を思い出す。
明日、叔母はいったい何をする気でいるのだろう。そのことをエリックに話してみた。
「え?じゃあ。お前明日アメリさんとクエストするっての?」
「クエストって物騒な。私は『おじいちゃんの家』をおばさんと見回りするだけなんだけど。」
エリックの空色の瞳がキラキラと輝くのをどうどうとなだめる。
「だってお前、そんだけ装備備えてクエスト以外の何があるってんだよ。決めた、俺ついていく。いいよな?ってか決まりな。」
「クエストじゃない。お家見回りだってば。」
再度ツッコミを入れるがエリックの耳にはもはや届かない。
憧れのスター狩人の技を近くで見ることにしか考えが言ってないよ、これ。
と考えていたらエリックが急に表情を少し引き締めた。
「それにさ。お前あの家に住んで暁星堂引き継いでくれたら俺たち狩人も助かるんだよ。」
「どうして?」
「ブルグのこのあたりには魔法道具屋が暁星堂しかないんだ。他にもあるけどヴィンス爺さんのにはかなわないんだよな。」
「人の進路勝手に決めないでよね。それに私におじいちゃんと同レベルのものが作れるかはわからない・・・。」
「え?お前魔法使えるし、わざわざヌヴェールでも学校に行ったんだろ?だったらレシピとか引き継いでどうにかなんね?」
「レシピを引き継ぐ・・・道具を作る。魔法道具を私が作って、誰かたくさんの人が使う・・・。悪くないよね。」
「だろう?なぁ考えてみてくれな。」
エリックの言葉に応えながらぼんやりとかすんでいたこの先の道筋が見えてきたような気がしてきた。
この街に戻って祖父の残したあの家で道具屋として過ごす人生は悪くないかもしれない。
「ありがとう。なんか道が見えてきたかもしれない。それに考えてみたらあの家になんか事情があったとしてもあんたがいればどうにかなることもあるかもしれないしね。」
「よっしゃ!じゃ、アメリさんが来るのは明日だな。俺も準備あるから行くわ。明日は2の鐘には行くからそれまでクエストしないように頼んどいてくれな。」
そう言うとエリックは踵を返し「眠り猫」屋にむかって走り出そうとしている。
「エリック、ありがとう!帰ってきたばかりなのに。」
「いや、俺たちももう20歳だろ。このあたりのやつらは女はみんなとっくに嫁に行ってるし野郎は働いてるからな。こんなできるのもお前だけってことだ。」
魔法魔法と気にしていたけどそっちの問題もあったのか~!!
なんだか肩がずどんと重くなった。
1メーラ:1メートル
1セルテ:1センチ
アプフェ:りんごのような果物




