「眠り猫」屋
久しぶりだから腕が鳴るわ、などとたかが家の2階に上がるには随分と物騒な言葉ばかりを残して去った叔母さんの言葉に首を傾げているとお腹が空腹を訴えてぐぐーと音をたてた。
「お腹すいたな。そういえば。」
祖父の最期の数日から葬儀までの間は近所の人たちが世話をしてくれたし食欲もほとんど感じていなかった。
今はやっと落ち着いてきたのかな?と自分の健康な体をほんの少し恥ずかしく思う。
「なんだか疲れちゃったし、今日は外で済ませてこようかな。」
なんだかよくわからないものが封印されているかもしれない家にいるのが物騒になってきて扉を開けて外へ出た。
昼の鐘が鳴って半刻ほど経過した街は人通りが多くにぎやかだ。
今日は市の日ではないので少し値段が高めの商店しか開いていないけどにぎわう人を見ていると気分が浮き立ってくる。
「エマちゃん、昼食かい?よければ寄っていく?夜営業の仕込み途中になっちゃうんだけどさ。」
居酒屋『眠り猫』屋の女将が声をかけてくれたのでありがたくお言葉に甘える。
『眠り猫』屋は一人暮らしをしていた祖父もお世話になっていた。
葬儀の際も私が去ってからの祖父の日常を教えてくれたものだった。
「さ、エマちゃんたくさんお食べ。でないと大きくなれないからね。」
「おばさん、私もう19歳だからこれ以上大きくはならないと思うわ。太る方向ならまだしも。」
「あ・・・そうだよね。うちのエリックと同じなんだもんね。やだねぇ。小さい時で止まってるもんでね。」
『眠り猫』屋の女将は笑いながら甘辛く味を付けて炙った鶏肉と蒸しキャベツのサラダにスープとパンを添えたトレイを差し出してくれた。
「いただきまーす。」
豆を加工したソースに甘酸っぱいマゴゥの実を加えたタレが焼けて蕩けた鳥の油と混ざり合って口の中で美味しさがはじける。
「美味しい~。やっぱりおばさんの料理はとっても美味しい。」
「そんな顔してると子供のころとちっとも変わらないね。ありがたいけどその味を開発したのは息子のルイスさね。」
小柄な母をすっぽりと隠してしまいそうな立派な体格をしたルイスと呼ばれた息子が照れくさそうに笑って見せた。
「まぁ!ルイス兄ちゃんだったのね。本当に美味しいわ。ありがとう。」
「ルイスは嫁ももらってこうやって私を安心させてくれてるんだけどね。まったくエリックときたら相変わらずフラフラとしてるよ。」
仕込みのイモの皮をむく手は休めずに女将の愚痴は止まる様子もない。
この『眠り猫』屋の女将は5人の子持ちだった。今女将とともに店を切り盛りしているのは次男のルイスと一人娘のロッテとそれぞれの連れ合いだ。
長男は料理に興味はなかったが商売には向いていたらしく早くから毛織物商会に奉公に出て立派に働いている。
三男は詳しくは聞いていないがおそらくまっとうに働いているのだろう。
先ほどから女将が何度も引き合いに出している『エリック』は『眠り猫』屋の末息子で兄弟の中ではちょっと年が離れているけど私と同じ年だ。
家が近所であることもあり小さい時は教会主催の初等学校に読み書きを習いにいったしよく一緒に遊んだ・・・いや正確に言うと引きずりまわされた。
子供の頃から体格のよかったエリックやその連れに引き回されて城壁外の森で釣りをしたり木の実をもいで食べたりした。
何か忘れているような気もするけど美しく楽しい思い出は記憶にも鮮やかだ。
そんなことを思い出しながら皿に残ったソースをクルミが練りこまれたパンでぬぐってもぐもぐと咀嚼する。
「だぁれがフラフラしてるつったよ!俺だって働いてんだろうがよっ!!」
がなるような声とともに皿の傍らにほこりまみれの袋がどさりと放り出される。もわっと立ち上る埃に咳き込んだ。
メインの鳥を食べ終わっていた後で良かったけど何をしたらこんな埃まみれになるんだろう?
「フラフラしてるのをフラフラしてるって言って何が悪いんだい!狩人なんて働いてるうちに入れるわけにはいかないね。
この鉄砲玉が!うちは食い物商売だよ。その小汚いもんを片付けなっ。」
大声にものともせずに言い返すと女将は勢いよく大きな布袋を床に放り投げた。ドスンと重い音がして椅子ががたつく。
「何しやがる。このクソババぁが!・・・・ってお前誰だ?」
袋を拾い上げるためにかがみこんでようやく私が男の視界に入り込んだらしい。
空色の瞳が予想外の闖入者に見開かれる。
「新しいの雇ったんか兄貴?だけどこいつ未成年じゃね?チビ、お前お運びできるんか?」
心の底から心配そうに首を傾げられて
「チビチビチビチ言うなっ!あんたと同じ年よ。エリック!!」
考えるより先に口が出た・・・・。立ち上がってふんぞり返りまでしておいて自分のやったことに気が付いたけど何という事でしょう。
袋を拾い上げて立ち上がったエリックの胸元しか視界に入らない。泣いたりなんかしないもん。
「母ちゃん、こいつ誰だ?営業時間外にここにいるってことはスタン兄貴のレコ?まさかハンス兄貴の愛人?兄貴、ガキンチョがよかったのか?おい、お前それでいいのかよ。
あいつ・・・どっちかわからんけどま、変わんないか。顔はマシだし背もでかいけど性格悪いぞ。てか潰されるぞ、その体格差じゃよ・・・ってぇ!!」
反論しようにも熊のような図体の男に肩をガシガシ揺すられて口を開いたら舌を噛んでしまいそうだ。
が鈍い音とともに揺れが突如止まる。
いつの間にやら背後に立ったルイス兄ちゃんにでかい拳で拳骨を落とされたエリックが肩から手を放しうめいていた。
展開が速すぎて頭が付いていけぬ、タスケテ・・・。
「何すんだ?クソ兄貴!」
「馬鹿小僧が。人の話を聞け。」
料理屋のオヤジにあるまじき迫力ですごまれてエリックが言葉に詰まると母親も止めを刺すように決めつける。
「ほんとだよ。その頭に詰まってるのはオガクズ・・・キャベツの芯かもしれないね。ごめんよエマちゃん、大丈夫かい?」
「ちょっとびっくりしたけど、大丈夫。ありがと、おばさん。」
女将さんに差し出された木のコップに入った水を一口飲んでいると立ち直ったらしいデクノボウ・・・もといエリックがまた目を見開いている
「?エマ?エマてあのエマ?暁星屋の爺の孫の?え?だって俺と同じ年だろ?てかアイツ、ヌヴェールに行ってさぁ?」
「先月あんたが出てってからすぐに戻ってきたんだよ。ヴィンスさんは先週亡くなったんだよ。」
「え?マジかよ・・・。爺さんくたばりそうもなかったのに。・・・いや、残念だったな。挨拶も行けずすまんかった。」
大きな体を押し曲げるようにしてエリックが頭を下げる。
「ううん。知らなかったなら仕方ないし。エリック、久しぶりだね。大きくなってビックリした。」
見上げるようにして話すとエリックはちょっとほっとしたようで表情が緩む。その表情は意外に10歳のまんまだ。
「おう。あれから10年たってるからな。そか、お前ヌーヴェルから戻ってたんだ。」
「うん。おじいちゃんが病気なんて知らなかったけど。間に合ってよかったなとは思うよ。早すぎるとも思うけど。」
ちょっとだけ空気がしんみりしたのに耐えかねたのかエリックが慌ててまた口を開く。
「しかしよ。お前、思った以上に成長してないのなぁ。」
「あんたがデカくなりすぎたのよぉ!!!」
身長については地雷だ。瞬間的に足裏に魔力を流し身体強化すると思い切りエリックのブーツを踏みにじる。
「痛ぇぇぇえええ!何しやがんだこのドチビ女が~!!」
やっと少しお話が進んだ気がするような、まだのような(汗)




