薬草師は人見知り(後)
(空気が変わった?)
店内に置かれた籠に定位置を定めていたシャンタルは中庭から漂う気配の変化に耳をそばだてた。
秘密の多い暁星堂だし、シャンタルに溢れんばかりの魔力を注ぐ大事なエマを守るためにシャンタルは庭に厳重な結界を施している。
最近はフランも参加しているから暁星堂の中庭は地中からも空中からも完璧な防御を施され、若い娘二人住まいによからぬ事を考える不届き者の魔の手を退けている。はずだった。
『エマ、庭に気配を感じる。』
「え?大変じゃない!」
ぎょっとして声が出たのは不届き者んら排除する必要があるのもだがボール遊び程度の子供が相手だったら一大事になりかねないからだ。
(うちの結界はむやみやたらに強力すぎるからね。)
シャンタルの結界で蔓でグルグル巻きだとか、フランの結界で空中で逆さづりだとかとんでもない事態だ。
「ヴィヴ、ちょっとお店お願いね。」
「わかった!ルクーに結界任せたら私も行くね。」
留守番モードに魔法結界を切り替えながらヴィヴが返事をするのを背後に聞きながら倉庫から庭へ走る。
慌てて駆けつけた庭に男が一人いた。
『なんで?我の結界は完璧なはずなのに。こ奴それを越えたのか?さては木っ端の結界に綻びがあったか?』
絶対の自信家なシャンタルが結界破りをフランに責任転嫁してブツブツ言い続けてるがとりあえず無視だ無視。
念のためとっさに反応できるように呪符を忍ばせて私は男に近づいた。
「あの。我が家の庭で何してるのかしら?」
随分と間の抜けた質問だと思うけど他に聞きようもないからしかたない。
「うわぁ!これはクラン!この季節にこんなツヤツヤした葉だなんて!え?ここにジギタス?うわぁ!ゲンノ!すごい!すごい!スゴすぎる!!」
ひょろりと背が高い男が興奮に頬を赤くしながら、それでも丁寧な手つきで確かめていく様に呆気に取られて不法侵入なことを失念した。
(泥棒だとかないな・・・・。てかこれはひょっとして薬草マニアとか?)
「え?あ?あぁ?え?俺はどうしてここに?」
(知らんがな。)
私は内心でそう思う。
「エマ様ぁっ!ご無事ですかぁ!曲者はこいつかぁっ?」
「あぁ面倒なのが。」
調度お使いに出していたジョルジュが帰宅してヴィヴから聞きつけたのか短剣を抜きながら走りよる。説明するのは後回しにしてとりあえず動きを封じる呪符のひとつをジョルジュに向かって飛ばす。
足の動きを封じるだけだから話は聞けるはずだ。ちょっとガクっと急激に止まりすぎて上体がつんのめったけど鍛えてるから大丈夫、なはずだ。鍛えてるし。
「さて、静かになった。で、質問には答えてくれる?」
「は、はひ・・・」
「エマ、我が聞く。結界を破る魔力を油断してはならぬ。」
喋るシャンタルの姿に男は今度はポカンと口を開く。あまり使い魔とかも知らないのかもしれないな、と思う。
『やめて。僕が連れて来たんだよ。』
そんな私たちの目の前に光が流れてきて叫び声をあげた。
「は?」
「え?」
「妖精?」
「あらまあ!」
私たちがそれぞれに発した声に男一人がポカンとしていた。
まぁ、シャンタルたちの結界を突破してる段階で普通の人なわけないか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
急にかけられた声にラザールは現実に引き戻された。目の前には可愛らしい女性が困り顔をしている。
(か、可愛い。)
くりくりした瞳にふわりとした髪は見た事のない赤みがかった金髪でちょっとぽってりした唇の少女に見つめられてラザールの胸がカトリーヌにすら感じたことがないリズムで高鳴る。
が、背後を見ると何らかの魔法でもかけられたのか鬼のような形相をした美形がこちらを睨みつけているのに気が付いてラザールは一気に現実に引きずり戻された。
(俺・・・エライところに忍び込んだみたい・・・。村に帰れないかも・・・)
「俺はラザールと言います。トネリコ薬房で薬師をやってます。」
おどおどした様子でラザールは自己紹介した。トネリコ薬房は私も名前を知っている程度にはブルグの老舗だ。問い合わせればすぐに真偽はわかる。
「ラザールさん、薬師なんですか?」
「はい。今は。でも今いるところはやめてミサカに帰ろうかな、と。そんなこと考えてぼんやりしてたら呼ばれた気がして。」
首をひねりながらぶつぶつ言うラザールをジョルジュが胡散臭いものを見る目で厳しく睨みつけている。
『僕だよ。素敵な気配がしたから。ラザールがぼんやりしたから素直に従ってくれてでよかったよ。』
『ふむ。つけいる隙があったのだな。と、いうか隙だらけだものな。今までよくも魔物に食われなかったものだ。』
ヴィヴの肩に止まったフランがラザールの全身を観察しながら言う。
「つけいるって。確かに隙だらけで普通に歩いてても危ないような人だからって言葉を選びなさい!」
人形のように整った美人が何か魔法を使って喋る隼を固めてラザールがひゅっと音を立てて息をのむ。
「で、あなた。ラザールさん!!いくら妖精に誑かされたからって人の庭に塀乗り越える理由にはならないわよね。」
ヴィヴの言葉にラザールが小さくしゅんとなる。
「誑かすって酷くない?」
一応とりなしてはみた。うちのメンツがみんな無礼者だと思われてはたまらない。
『我が主は言葉がキツいのだ。美貌が引き立つであろ?』
フランの自慢の方向がおかしいが、ラザールは突っ込まないから放置だ。
「それはもう。すいませんとしか言いようがありません。本当に失礼いたしました。」
ヴィヴの冷たいひと睨みにラザールはまた顔色を失ってうなだれる。
なんだかこの人将来恐妻家確定な気がする。
『ラザールは良い薬師だよ。今はミサカ村にいて薬草を育ててる。ここに来たのは良い薬草の気配がして僕が誘導したんだ。』
シャンタルか近づかないように護るように座ったラザールの肩にちょこんと腰掛けたそれが補足する。
『主はこれの契約妖精か使い魔になったのか?』
フランが光のあたりを見ながら問う。
『なりたいんだけどね。気がついてくれないんだよぉ。見えるはずなんだ。』
そう言いながら緑色の光がラザールの鼻先をヒラヒラ漂うが彼がそれに気がついた様子がない。
『魔力量は足りるのか?主がいれば植物は育つが吸い尽くせばこ奴が死ぬぞ。』
『それは大丈夫。僕は草木が育てばそこからマナを得られるから。ラザールは緑の指だから草木を育てくれればいいんだ。』
『確かにそういうオーラがあるな。』
シャンタルが納得したように言いながらくんくんと匂いを嗅いだ。
シャンタルやフランの声は聞こえるけど妖精の声は聞こえないらしいラザールはおどおどと自分の肩を見る。
どんどん混乱しそうだったので妖精とシャンタルたちの会話をざっと説明してあげた。
「あなたには妖精がついてるんですって。一緒にいたいって言ってるわ。」
「よ、妖精?俺は魔力は。」
「うん、あなたの魔力よりあなたが生み出す薬草の魔力が欲しいのですって。」
「えぇぇっ?俺に妖精が?そんなまったく気が付いてませんでした!」
立ち上がりキョロキョロと自分を見回すラザールの動きにヴィヴはぽかんとし、ジョルジュはまだなんだか胡散臭そうに見ている。
「あなたがシャンタルの薬草園に惹かれたのは分かったけどラザールさんにいいと思ったのもあるの?」
私の問いかけに妖精はキラキラ光を増した。
「もちろんだよ!僕はラザールが好きだもん。ラザールに元気出して欲しいからだよ。薬草を世話したり薬を考えてるラザールはとても生き生きしてるからね。」
私が妖精の言葉をラザールに告げるとまた彼はポカンとした顔で固まった後に照れたように笑った。
「でもここは本当に素晴らしい薬草園ですね。暁星堂には来たことなかったんですが薬も売られるんですか?この品質ならいい薬が作れると思いますよ。
俺もこんな薬草で薬を作ってみたいです。」
ラザールの笑顔とともに発した言葉にヴィヴとジョルジュが顔を見合わせる。
「ねぇ、エマ。これはあちらからの申し出よね。」
「お嬢様、とりあえず私はトネリコ薬房で彼の身辺調査をしてきますか?」
「まぁ、そういうことになりそうなのでうちの薬草園、シャンタルと一緒にゆっくり見学しても大丈夫よ。」
「え?ええ??」
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ラザールはトネリコ薬房を辞職した。ちょうど暁星堂のある地域に店主の知り合いで老齢な薬師がいてその後釜になるように話がついたのだと言う。
トネリコ薬房とはのれん分けのような形になり円満に事を運ぶことが出来た。
小さな庭がついたその薬房で妖精とともに薬屋をやりながら暮らすことにするという。
ファルマと名付けられた妖精は緑の髪に緑の目の姿を得ていつも楽しげにラザールのそばにいる。
いずれはパスカルたちが戻ることもあるかもしれない。でももう気にならないし、気にしないでほしいとも思うのだ。
自分はカトリーヌのことを本気で愛していたのかな?と。連れ沿えばやがて生まれる感情もあったかもしれないけど言われなければ積極的に自分からいったかはわからない。
ならば確かなのはカトリーヌが去ったことよりも婚約者に逃げられたという自分が傷ついた事実だ。
シャンタルが育てた薬草もラザールが買い入れて薬の材料にし、安価に手に入れた分安めに暁星堂に卸すことも決まった。新しく完成した毒消しは魔物の噛み傷に効果が高いらしく評判は上々だ。
暁星堂では狩人が持ち運びやすい小瓶で売り出して好調に売れている。胃もたれにいいリンカで新しい薬が作れないかを試したいとラザールは張り切っている。
暁星堂は今日も平和である。
暁星堂に新しい仲間(?)というか取引先が増えました~。




