月夜の庭(中)
月兎は兎のような見た目のくせに牙をむき出しにした凶悪な顔で襲い掛かってくる。
「伸びよ、しなやかに鞭のごとく。うなりをあげてわが敵を絡めとり殲滅せよ。」
シャンタルは魔力を使ってつる草を生やし縛り上げている。捕まった月兎に蔓がぎゅうぎゅうと締め付けている。ねじれ方がスプラッタすぎる。
「いやだ体あっちむいてるのになんで顔コッチにむけるのよ。」
「不幸な事故だ。気にするな。ふふふ月兎ごとき分際で我に歯向かうとは知恵なき獣は哀れよな。」
なんだか変なスイッチが入ってしまったのかシャンタルが「悪の女王様」みたいになっている。
背後からビチビチゴキゴキという音とシャンタルの高笑いがするのは聞こえないことにしよう。
前方に視線を移しとびかかってくる個体がないか目を凝らす。
エリックは前から飛び掛かってくる月兎を簡単に片手で薙ぎ払って首が宙を飛んでいく。
「ちょっと戦斧じゃやりにくいな。標的として小っさい。」
舌打ちこそしているが自分の間合いに入れることなく月兎を切り払っているのは大したものだと思う。
私は背後で二人が打ち漏らしたものを始末しようとナイフを構えていたがどうやら大丈夫そうだ、と思った瞬間背中がざわりとする。
(なんか来る!)
月兎の血の匂いを嗅ぎつけたのかやっかいなことにオオコウモリが飛来してきた。
エリックはまだ目の前の月兎がいるからすぐさまの対応は難しいだろう。
(詠唱よりもこっちが速い!)
雷撃の呪文を仕込んだナイフを飛んでくる2羽のオオコウモリ目がけて投げつける。1羽には躱されたがもう1羽は羽を傷つけて地に叩きつけられた。
「ストーンガン!」
地に落ちたオオコウモリは束の間もがいていたが、シャンタルが石礫を雨のように降り注ぐとすぐに動きを停めた。
ナイフを避けることで方向転換を余儀なくされたもう1羽もそのすきに体勢を立て直したエリックの戦斧に再滑降してきたところを首を跳ね飛ばされた。
「エリック!」
「よくやった!」
「まだだ!」
礫のように飛んで来たシャンタルのストーンガンがさらに月兎を3匹ほど打ち落とす。仲間の血の臭いに諦めたのか魔物はやがて姿を消した。
結局月兎13羽に大コウモリ2頭を仕留めた。
「お前、案外こういうのぎゃいぎゃい言わないのな。お嬢様育ちだろ?」
簡単に血抜きをするために月兎を逆さにつるしていく私の姿を見て一緒になって作業したエリックが呆れたようにつぶやいた。
「エリック。私学院で騎士コースも履修しててね。捌くのも過程にあったの。」
「まじか?ヌヴェール、エグいな。」
まぁもっとも他のお嬢様はこういうことは「けっして」してない。
「獣が気の毒で見ていられませんわ~。」とかのたまっていた。私はただ家を出る気がある程度固まってたのでやってただけだ。
もっともお嬢様たちも野営の時に綺麗に処理されて焼かれたものは「とっても美味ですわ。」とか言って食べてたけど。
あははは、と乾いた笑いをしながら処理を続ける私であった。
「じゃぁ、もうそろそろ素材はいいか?魔石大丈夫なんだろ?」
エリックに促されて私は腰の魔法鞄から転移用の魔石を取り出すと傍らの首にシャンタルを巻き付けたエリックの手をぎゅっと握る。
「戻れ戻れ。時の輪よ。狭間を越えて元いた場所へ。」
唱えながら魔石に魔力を流し込むと白い光が私たちを包んだ。
眩しい光が薄れていくと家具も何もない見知った部屋にたどり着く。
窓からは昼下がりの光が差し込み外を通っていく荷馬車の音がガタゴトとのどかに聞こえてきた。
扉を開くとルクーが待っていて部屋に引き入れる。
「これはなかなかの収穫ですね。」
鞄から取り出した素材をルクーが分類していく。
予定通りのものは月光花とその蜜、月虹花の花びらと根、種。
「月光花の蜜は少し味見してみたんだけどとっても美味しかったの。少しは家で食べようかなって思うんだけどね。」
「それはいいですね。とてもお肌にもいいんですよ。少し飴とかに加工してもいいかもしれません。」
「ルクー、レシピある?」
「はい。ございますよ。」
「じゃぁ。後で教えて。それと厨房でエリックに食事とお茶を上げてね。今日は大変だったの。」
「あぁ、悪いな。お前は?」
「うん。戻ったタイミングで部屋の転移陣解除しないといった意味なくなるからね。」
「そうか、じゃぁ、甘えさせてもらうわ。ほんと疲れた。」
「エリック、今日はアプフェのパイを焼いてみました。甘くないのがいいなら肉煮込みもありますよ。」
「両方もらうわ。食うぞ~!!」
賑やかに去っていくルクーに魔法鞄ごと荷物を渡しエリックを送り出すと魔眼ゴーグルをはめて部屋の中をじっくりと見回した。
月兎はかわいい名前ですけど牙があり雑食のヤバ兎です。
シャンタルは土の精霊なので植物の成長を操れる、ということにしてます。
悪の女王気分に陶酔しつつエマに危害を及ぼすものはすべて殲滅してるできる子ちゃんです




