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お泊り会1

帝国との2度目の戦いはヴィータの5回経験した戦争の中で、最も苦悩し、最も苦戦し、最も記憶に残るほどの密度の濃い戦いだった。それは元中立国との戦いから、そのまま連戦で帝国と争うことになったことも、その中で剣が折れ一度王都に戻ることになったことも、周りの仲間に送り出されていったことも、仲間と共に戦場を駆けたことも、そして、夢の中で負け続けた帝国将との、帝国将軍との戦いに終止符を討つ事が出来たこともすべてが含まれて感じたことだ。


片腕を無くし、それでも戦場を仲間と共に駆け抜け、レフィリアを守るために王国に勝利をもたらした。王国の兵士たちの中で、ヴィータを知らない者は誰一人としていない。


誰よりも役立たずだった男として

誰よりも心が強い男として

誰よりも先に戦場を駆けた男として


救国の聖女の出現

その出現に呼応するかのように

遅咲きの覚醒をし、遅咲きの開花をし


誰よりも誇らしく

誰よりも立派に戦った

救国の英雄、その男として



帝国との戦争が終わった後もヴィータは忙しかった。ヴィータはただ一心にレフィリアを守るために戦っただけ、その過程で過去に負けた男、夢の中で勝てなかった男、帝国将軍との戦いに勝利し、無我夢中で雄たけびを上げただけ。


ただ、ヴィータの周りはお前は英雄だとはやし立て、訳も分からずそのまま城へ招かれ、一度も話したことのない貴族や王族の集まるパーティーに呼び出されるわ、何度も何度も武勇伝を聞かせろと各所に呼び出されるわで忙しかった。


帝国将軍との戦いはヴィータの記憶にはほとんど残っていない。本当にどうやって戦い続けたのか覚えていない。帝国将軍は本当に強かったと、思い返してもそう感じるくらいだ。ただヴィータの心の中に残っているものがある。


それは


自らの手でレフィリアを守り抜くことが出来たと


その実感である。


その感情だけは今なお、これからも永遠に残り続けることだろう。今までの劣等感をすべて吹き飛ばし、そう自分を誇れるほど強烈な印象を残した強敵との戦いだった。


その忙しさもようやく落ち着きを取り戻した頃


閉鎖的な空間。王都に、もしかしたら王国からも忘れ去られているかもしれない。そんな場所にいつもの日常が戻り始めていた。ヴィータは片腕になってしまった。それでもヴィータの中には今も理想の剣が映っている。どれだけ時間が掛かるのか、もしかしたら一生届かないかもしれない。それほど遠くに、けれど確実に映っていた。


ヴィータは今回の戦争で救国の英雄と呼ばれるようになった。けれどヴィータは歩みを止めない。いつ何が起きてもいいように、仲間と共に戦えるように、そして何よりレフィリアを大切な人達を守るために今日も鍛冶を続ける。


片腕になってしまったことで作業スピードはとても遅くなってしまった。金属を打つためには抑える手が必要なのだ。その手を失ってしまったことで金属を固定出来るようにと四苦八苦し、固定した金属との距離感を掴むまでまた時間をかける。


左手で抑え、右手で打っていた。その左手を失ったことで様々なズレが生じてしまった。固定した場所から離れ過ぎていれば、的確に金属に打ち付けることが出来ず歪んでしまう。近すぎても打ちにくい。その絶妙な距離感を掴むまで何時間もかけてしまう。時にはいつまでも納得出来ず、一日中ハンマーを使うことが出来ないこともある。


それでも、その程度で投げ出してしまうほどヴィータはヤワじゃない。将軍が育てたその不屈の精神は絶対に折れない。


戦争が終わりティア達がそれを知って家に帰ってきた。そしてしばらくの間、ルナはティア達の様子を微笑ましく見守り『私がいなくてももう大丈夫ね。また会いに来るわ』とそう言って家から去っていった。


ヴィータは自分の目に映る理想の剣を追い求め、片腕であろうと鍛冶を続ける。


ティアは大商人になるため日々商売をして稼ぎ、ルナに負けないほどの細工職人になるためにアクセサリー作りを怠らない。


コン太は母親と共にどんなことがあってもいいように、ルナがいなくとも医学を学び、更に上質なポーションを作るために今も、もう何冊目になったのかわからない自分のための本に書き込み続けている。


帰ってきた日常、新たに進み始めた日常。

3人の若き職人たちは今日も努力する。

それを優しく微笑み、見守り支えるコン太の母親。


ガチャ

チリチリーン


「いらっしゃいませー! おや、レフィー、エレノアさんも、こんにちは!」


「ティア。こんにちは」


「お邪魔しますよ」


レフィリアとエレノアが遊びに来た。


「それで、今日は愛しのへっぽこ店主に用ですか?」


「……愛しだなんて……エヘヘ」


「ティアさん! レフィリア様の前で……」


「エレノア」


「何ですか?」


「レフィー」


「っ! ……れ、レフィーの前であの男、ヴィータの名の前に愛しと付けないでください!」


「おや? エレノアさんがレフィーと言いましたね……2人の間で何かあったのですか?」


「えぇ! とてもいいことがあったのですよ!」


「ほぅ、よく見ると今の2人は姉妹のように見えますね!」


「さすがティア! よくぞ見抜いてくれました!」


「な、なんと!? 適当に言ってみただけなのですが……その話聞きたいです! 詳しくお願いしますね!」


「もちろんです!」


「その……れ、レフィー? やっぱり私には人前でこんな風に話すのは無理です」


「慣れてくれなければ困りますよ」


「で、ですが……」


「すべての場所でそう呼べるようになれとは一言も言ってません。せめて私の友人たちの前では普通に接してください」


「……努力しますよ。レフィー」


「えぇ」


エレノアの返事に気を良くし、満面の笑みになるレフィリア。それを見て、更に話を聞きたくなってくるティアだった。


「ティア」


「なんでしょう?」


「前に話していた事なんですけど、私たちの方も一段落したからお願いしたいのです」


「ついにその時間が出来ましたか!」


「そうなんです! エレノアと一緒に頑張って作ったんですよ!」


「ティアさん、申し訳ありませんが、少しの間よろしくお願いします。レフィー、迷惑をかけないように……」


「エレノアさん、何を言ってるんです?」


「そうよエレノア。あなたも一緒よ」


「……へ?」


「城では出来ない特別な思い出。その中にはエレノアも入っていなければ困ります。それにエレノアもたまには心も体も休めてもらわないと。姉として接してもらいたいですし」


「レフィー、私は何も持ってきていませんよ。それに私には仕事が……」


「それについてはすべて問題ありませんよ。エレノアの荷物も持ってきていますし、仕事の手回しは済んでいます」


「部屋もちゃんと準備してありますよ! くつろいでいってください!」


「しかし、4部屋しかないと……」


「私はティアと一緒に寝ます。一度やってみたかったことをするんです!」


「夜に女だけで話をするんですよ! 女子会というやつです! ベッドは王族が使う物に比べれば小さく、質は下がりますが2人で寝ることだって出来る広さですからね!」


「何ならエレノアも一緒に女子会というものをしてみましょう! 姉として!」


「すべて手回しをされていたと……そういう訳ですね? レフィー」


「私にはエレノアが仲間外れなんて考えられませんから」


「わかりました。ティアさん。レフィー共々お世話になります」


「よし来たですよ! 遠慮せずくつろいでいってください!」


戦争が終わった後のこと。あまりにも聖女、聖女と騒がれすぎて、嫌気がさしていたレフィリアが、逃げるようにこの王都から隔離された空間で、ティアに愚痴をこぼしていた。救国の英雄、救国の聖女、その2人がいるというのに、この場所だけは、この家だけは、2人の名声も届かない。人気など昔と変わらず全くないと言っていい。それほどまでに静かだった。


2人の他愛のない話の中で、昔、ティアが子供の頃、姉妹や街の友達とお泊り会をした。大人たちに隠れ夜遅くまで密かに語り合ったという話をレフィリアに聞かせた。そんなことを一度も体験したことがないレフィリアにとってそれは夢のような話。私もやってみたかったとそう言うと、ティアは何なら泊まりますか? と何気なく聞いた。


それにレフィリアは目を輝かせ食い気味に話に乗った。ぜひ体験してみたいと。ティアと語り合ってみたいと。そして2人は計画を立てる。レフィリアの希望でエレノアも参加させたいという話が上がると、もちろんですと二つ返事で返してくれた。


どうせなら家の住人が全員いる時にしましょうという話になり、その2人の計画を阻もうとするであろうエレノアをあの手この手で認めさせ、そのエレノアも参加させるためにレフィリアが王としてでなく、理解ある父として王に頼り、エレノアに気付かれないよう手をまわした。


ヴィータはその計画が練られている時、王都へやってくる一目でもいいから英雄を見たいという貴族たちのせいでまともに家に居られなかった。パーティーでは、農民の出で要領が悪いヴィータの頭はパンクしどうしていいかわからず曖昧な返事する。そんな返事ですら喜ばれ騒がれる日々に困惑していた。ヴィータはこんな人たちを相手にレフィーはよく対応出来るなぁと呟いていたそうだ。


レフィリアも王族の者として、救国の聖女として各地を巡ることになり、その計画が進むまでにずいぶんの時間を要した。そしてようやくその計画が、レフィリアの待望のお泊り会が、女子会が実行されることになったのだ。


客が来た時にレフィリアの姿があればとんでもないことになってしまうため店には顔を出さない。ちなみにヴィータは平気で顔を出す。ティアもコン太も全く慌てない。なぜならヴィータの見た目は英雄には程遠い姿だからだ。初めてヴィータを見た者に英雄と紹介しても信じないだろう。だから安心して過ごしている。レフィリアのように見ただけで高貴な方とわかるようなオーラを発していない。


ヴィータの英雄としての姿を見たいのなら、戦場へ行かなければならないだろう。レフィリアの前に立たせないといけないだろう。守ると決めた者のためにならヴィータは別人となる、英雄にだってなる。だが普段はどこにでもいる普通の平民なのだから。


レフィリアとエレノアはコン太と一緒にポーション作りを体験してみたり、ヴィータの鍛冶をじっくり見学する。ティアやコン太の母親の指導の元、レフィリアとエレノアが料理に挑戦して全員で夕食を堪能する。時間を気にせず好きなことが出来るこの家はレフィリアにとっても、エレノアにとっても心地のいい場所だった。


ヴィータが、ティアが、コン太が、コン太の母親が作り出すこの家の雰囲気はとても安心出来る場所だ。レフィリアやエレノアは新鮮な気分だ。2人もただ過ごしていたわけではない。皆が働く中で自分には何が出来るのだろうと考えた。


エレノアは、ティアやコン太が知り得ない学問をたくさん修めていた。ティアと話し、コン太と話し、コン太の母親と話しその知識を教えていた。自ら学び、レフィリアを小さい頃からずっと面倒を見て様々な分野に精通しているエレノアにはそれが向いていた。


レフィリアは……


それは夕食時のこと。


皆がたくさん話しながら楽しく食べている時、ヴィータは時々おかずを落としたり、誤って皿を割ってしまっていた。故意にしているわけではない。ヴィータの要領が悪い事もあるが、片腕なのだ。まだまだ片腕である事に慣れずそうなってしまっていた。ヴィータは楽しく食事をしている皆に申し訳なさそうにしている。それがレフィリアにとって心苦しかった。


いつもはティアが面倒を見ていた。コン太の母親が助けてあげた。コン太も何かあればすぐに動いた。けど3人は何もしなかった。いや、レフィリアがそれをさせなかった。それは私の仕事だと、私にやらせろと。エレノアは何も言わない。この時だけはレフィリアの好きにやらせた。それがレフィリアのためになっていたから。だが、我慢出来ないこともある。


「……ごめん」


「ヴィータさん、謝らないでください。まだ慣れないのでしょう?」


「片手で食べることがこんなに大変だとは思わなくて……右手が利き腕のはずなんだけどね」


「私に任せてください!」


そう言ってレフィリアはヴィータの肩に当たるくらいの距離まで近づき、隣に座る。自分がヴィータの左腕になると、口には出さないがそう主張するように。


「ヴィータさんは何が食べたいですか?」


「え!? い、いや……あの……」


ヴィータが最も警戒するその人ともずいぶん長い付き合いとなった。レフィリアの行動で一番に反応するその人から発せられる殺気はすぐに伝わってくる。恐らくヴィータにしか感じ取れない小さな殺気。


ティアはヒューヒューとからかい、年頃のコン太は羨ましそうに見つめ、コン太の母親はあらあらまぁまぁと温かく見守る。エレノアは何も言わない。言わないがヴィータにだけ伝わる小さな殺気が漏れ出していた。レフィリアはこの時をずっと待っていましたと幸せそうにヴィータが答えるのをじっと待つ。


そんなレフィリアに根負けしたヴィータは食べたい物を口にした。


すると


「ありがとう……レフィー自分で食べれるよ?」


「手渡していたら時間が掛かって折角の料理が冷めてしまいますから! さぁ、あーん」


「え……えっと……あ、あーん」


「レフィリア様!!! 何してるんですか!!!???」


「べ、別にいいではありませんか!」


「貴様もだヴィータ!!! なぜ口を開く!!! なぜ食べさせてもらおうとする!? そんなこと、救国の聖女に、王国の姫に、レフィリア様にやらせようとするな!!! 貴様には到底釣り合いが取れない方だ!!! そんなことこの親衛隊隊長エレノアが許しませんよ!!! まったく!!! 羨ましい!!!」


本音がだだ漏れだった。姉として、母親として溺愛する妹であり、娘にやってもらいたいという願望があるのかもしれない。エレノアもここで過ごすようになり、レフィリアと打ち解けたこともあり、抑えが効かなくなっているのかもしれない。


ヴィータはヴィータでレフィリアの押しに逆らえない。逆らったら悲しい顔をしてしまうかもしれないから。そしてヴィータ自身にも変化があるのかもしれない。その変化はレフィリアにキスをされた時から。


「エレノア、このお方は王国の危機を救った救国の英雄ですよ? 十分な名声です。十分過ぎます。釣り合いは取れていますよ!」


「っ! ぐ……い、いいえ! 取れていません! わ、私が認めませんよ!」


「ヴィータさんのこと、もう認める癖に……」


「あり得ません! あり得ません!!! とにかく許しませんからね!!!」


ヴィータを助けることは認められている。けれどイチャイチャすることは許されなかったようだ。自分のやってみたいことが出来なかったレフィリアは唇を尖らせていた。

登場人物について


ティア

久々に何か書きたい。そう思い、何を書こうかと妄想していた時


「このへっぽこ店主!」


とヴィータがティアに怒られている瞬間が頭の中に流れてきた。それが物語を書くきっかけになりました。物語を書こうと思った全ての元凶。


ヴィータがただの鍛冶職人だった時も、元兵士という過去が追加されても、英雄になることになっても、一度もぶれることが無かったキャラクター。

大商人を目指し、生計を立てるために細工職人として活動をする。ヴィータのへっぽこな部分をフォローする立ち回りはどんな時でも変わらなかった。


コン太

ヴィータとティアだけでは寂しいという理由から生まれたキャラクター。お母さんを助けたいという理由は物語を書き始める前から決めていたこと。

ティアと同様に目的や立ち位置がぶれることが無かったキャラクター。

薬師だけでは書くことも少なかったので、医学も学ぶことを後付けで追加しました。


コン太の母親

コン太のことを何よりも心配する母親として表現したかった。うまく表現出来たかどうかは微妙なところ。

毎日頑張るヴィータ達3人を温かく見守る存在。

コン太に病気を治してもらってからは、コン太を手助けするために看護師的な立ち位置になる。

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