親衛隊隊長と姫2
レフィリアは帝国との戦争、最後の砦で兵士たちに声をかけ、士気を上げ、勇気を与えて勝利をもたらした救国の聖女と呼ばれるようになった。そして今、救国の聖女として各地を巡っていた。民たちは救国の聖女の訪れに歓喜し、それに応えるレフィリアに感激の涙を流した。
それはレフィリアにしか出来ないこと。
エレノアはそれを誇らしく思う。
ただ、レフィリアにとっては大変で、口にはしないが気が重く息苦しいものだ。王族を辞めたいと思っているのに周りの者達は聖女、聖女とはやし立てる。民達には笑顔を振り向けるがその内心は苦痛でしかなかった。
エレノアも知っている。全ての愚痴を聞いているのだから。レフィリアにしか出来ないことだから頑張ってほしいと応援する。でもレフィリアの言うことも理解出来る。レフィリアも所詮はただの人。たまたま王族に生まれただけなのだから。
最初は救国の英雄と呼ばれるようになったヴィータも頑張っているからと愚痴をこぼさず、救国の聖女として相応しい在り方をしていた。
ただ、時が経つにつれ
早く帰りたい。
聖女なんて呼ばれるほどのことはしてない。
ヴィータさんは何しているんだろう。
と愚痴をこぼすようになり、さらに時が経つにつれ
エレノアが変装すればいい。
あの家族が羨ましい。
ヴィータさんに会いたい。
という愚痴になり、さらに時が経ち
あの静かな家に行きたい。
ヴィータさんの顔を見たい。
ヴィータさんの声が聞きたい。
更には
ヴィータさんの匂いをまた嗅ぎたい。
ヴィータ成分が足りない。
恥ずかしいけどまたヴィータさんとキスしてみたい。
などと、供述するようになった。
エレノアはその言葉を聞くたびに
「救国の英雄? っは!! 救国の聖女と並び立つに相応しい男? っは!!! あの野郎が? レフィリア様に相応しい男? あり得ない!!! あの野郎……覚えておけ!!!」
とレフィリアのいないところで親衛隊たちと酒場で愚痴をこぼす。でもやはりレフィリアの耳に入ることもある。そして怒られ、またヴィータ憎しと負の連鎖が起こる。
エレノア自身もヴィータをなぜ毛嫌いするのか、もう自分の中で答えが出てしまっている。『エレノア大好き!』と言っていた小さなレフィリアが自分の元から離れていく。それが寂しいのかもしれないと。レフィリアの母親の代わりもしていたエレノアだから感じること。もしお母さんだったら嬉しそうにしていたかもしれない。そう感じる時もある。
もしレフィリアがエレノアの元から離れれば、エレノアの中で、きっと先ほどの愚痴のヴィータの部分がレフィリアに変わっているようなものなのだから。
今のレフィリアとエレノアの関係は、ヴィータのことを愛しているとエレノアに包み隠さず宣言し、王に、父親にそう言った時から少しずつ昔に戻り始めていた。主人と従者からただの親子へ、そしてただの姉妹へ。
お母さんに任されしっかり者となった姉。その姉が妹の面倒を見る。しっかりしなさいと言いつつも、可愛い妹の愚痴を聞く。妹は元々そうして欲しかったようで、注意されれば姉の言うことを聞き、そしてまた愚痴をこぼす、時には逆の立場になったりもする。そんな関係へ。
「……ねぇ……エレノア」
「どうしたんですか? レフィリア様」
「私は時々昔を思い出すようになりました」
「昔……ですか?」
「エレノアとお母さんに怒られたこと、褒められたこと、そんな子供だった小さかった時のこと」
「懐かしいですね。アリア様は本当に温かかった」
「エレノア」
「はい?」
「お母さん」
「っ! しかし、それはレフィリア様と話したでしょう? 私は……」
「この馬車の中には私とエレノアしかいないよ。もうそれが王族だからって、自分の気持ちを隠す気はないの。押し殺したくないの。子供の頃はそうしなければいけないってそう思ったよ。でも今は違う。間違ってるって思う。私は……私は昔に戻れなくても、お母さんがいて、エレノアがいて、私がいたその記憶はいつまでも残ってる。家族なのに他人行儀なんて嫌。だって家族なんだから。そうでしょ? エレノア……お姉ちゃん」
「っ!」
レフィリアは、かつて礼儀作法も敬語の使い方も知らなかった子供の頃の話し方にワザと戻していた。エレノアがその話し方を知らないはずがない。その時のことは今も鮮明に覚えている。忘れることの方が無理だ。
「私はもう気持ちを隠さない、殺さない。願いを叶えたい。わがままだと言われても構わない。大切な家族がこんなにも近くにいるのに、他人行儀なんて私にはもう出来ない。したくない。尊敬出来る人がこんなに近くにいるんだから。仲良くしたい。もっと……もっと普通に話したい。お姉ちゃんと」
お母さんの強引さ。それはレフィリアにも受け継がれている。レフィリアがエレノアとの関係を我慢しているのは知っていた。仲良くお母さんと笑い合っていた。それがお母さんが遠くへ行ったことで無くなってしまったこと。
ヴィータのことを知り、気になり、好きになり、愛すようになったレフィリア。そのレフィリアは我慢しなくなった。開き直った。吹っ切れた。なんて馬鹿馬鹿しいことをしていたのだろうと思ってしまった。気付いてしまった。レフィリアがエレノアとの関係、その主従関係、その在り方はどうしようもなく嫌だった。息苦しくて外を眺めに行ったのだから。
ヴィータのことで決壊した、感情を押し殺す扉が壊れてしまった今、レフィリアがエレノアにそれを言うのは時間の問題だった。その予兆も出始めていた。エレノアも気付いていた。生まれた時から面倒を見て、育てたもう一人の母親として、姉として一緒にいたのだから。
どう対処するのか。それも考えていた。けど、レフィリアのそれは、一瞬でエレノアの頭を真っ白にした。心に動揺を与えた。エレノアを産んだ両親よりも愛していると言いきれるお母さんと同じだったから。
レフィリアも自分がお母さんに似ていると自覚していた。お母さんと性格も似ていると小さい頃は言われてきた。からかう所はそっくりだと。それを楽しんでいることも。だからレフィリアはそれを利用した。効果は抜群だ。
「私は、エレノアに昔みたいにお母さんって、レフィーって言ってほしいな?」
「っ!!! ……卑怯ですよ……アリア様と……お母さんと全く同じことを言うのは……れ、レフィー」
「ふふっ! お母さんはいつもこんな気持ちでエレノアをからかっていたんですね。難しいことは考えずに最初からそうしておけば良かった!」
「レフィーには……お母さんには敵いません。でも分別は弁えてもらいますよ。レフィーがいくら嫌だと言っても、自覚が無くても救国の聖女と呼ばれているのですから」
「もちろん! ありがとう。エレノア」
「ふぅ……そんな所までお母さんにそっくりとは思いませんでした。負けました。レフィーに初めて完敗しました。でも何度も同じ手は通用しませんからね」
「どうかしら?」
「……負けませんとも……」
エレノアはどこか憑き物が落ちたように姉としてレフィーと笑い合う。ずっと、ずっと肩ひじを張っていたのかもしれない。レフィリアに、取り戻したかった日常がようやく戻ってきた。