幽霊蒲公英
夏休み、俺は部屋にこもってパソコンをしていた。すると、小学生の時に引っ越して行った幼馴染からメールが届いた。
届いたのは今住んでいるらしい町の名前と、タンポポ畑の中心で微笑みを浮かべている幼馴染の写真。本文には『会いに来て』としか書かれていなかった。
「タンポポ畑?今は七月だぞ?……写真がとられた日付は一昨日か」
写真の中では黄色い鮮やかなタンポポが一面に広がっていた。しかし、タンポポが咲くのは春の間だけ。夏まで咲いているわけがないのだ。
「……久しぶりに会いたかったし、この不思議な現象も見てみたいし。行ってみるか」
次の日、俺は電車に一時間ほど揺られて町へと向かった。家を少し遅く出たのと、朝食を抜いてしまったので腹が減った俺は、駅前にあったファストフード店へと足を踏み入れた。
一番安くてシンプルなハンバーガーと、一番小さなサイズのドリンクを注文してテーブルに着く。
パソコンから写真を移したスマホとにらめっこしながらハンバーガーを食べていると声をかけられる。
「ねぇ、スマホを睨んで何してるの?」
俺に声をかけてきたのは俺と同じ高校生だと思われる少女だった。
「君は、地元の人かな?」
「うん。この町で生まれてこの町で育ってるよ」
どうやらこの少女はこの町に住んでいるらしい。ならこの写真の場所のことも知っているかもしれないので俺がここまで来た目的を話す。
「えっと…その、探している子ってこの子のこと?」
「ああ、この子だ。ここら辺にまだタンポポが咲いてる場所ってないか?」
少女は五秒ほど思案顔になるが
「ちょっと遠いけど、その場所なら知ってるから案内してあげよっか?」
「えっと、いいのか?今日会ったばかりなのにそんなに」
「でもさぁ、ここ山の中だよ?案内も無しに迷わないで行ける?」
どうやらこのタンポポ畑は山の中にあるようだ。それは土地勘の無い俺には厳しいし、迷って遭難とかは絶対に御免だということで少女に案内を頼むことにする。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「うん。よろしい!私はレイカ。あなたは?」
「レイカか。俺はシキ、案内を引き受けてくれてありがとう」
「そんなお礼を言われる程のことじゃないよー。それに、私にも気になることがあったからね」
「そうか、じゃあ早速行きたいんだが。大丈夫か?」
「その前に取りに行きたいものがあるから私の家に寄ってもいいかな?山に向かう途中にあるから、ダメかな?」
「いや、別にいいよ。でも、見ず知らずの人間に家を教えるのは危険だろ。俺はここで待ってるよ」
「シキはもう見ず知らずじゃないでしょ!……私の家は町でも有名だから来ても大丈夫だよ!だから行こっ!」
そうして俺は半ば強引にレイカの家に連れていかれた。
レイカの家は駅前から徒歩二十分の所にあった。
「神社……か」
「そう。そしてここの神主は私のお父さんなのです!ってね?」
「へーそうなのか」
「もうちょっとリアクションくれても良いと思うんだけどなー。少し時間がかかるかもしれないからそこで座って待ってて!」
「リアクションと言われても困るんだがな」
神社の境内に用意されていた長椅子に座ってレイカが戻ってくるのをボーっとして待っていると、隣から声をかけられた。
「どうした、若者よ。探し物か?」
「ん?いや、モノというよりは人なんですけど━━え!?」
周りには誰も居なかったはずなのに唐突に隣から声をかけられ、俺は驚く。
「ほほぅ、そうか。どんな人なんじゃ?」
「…えっと、あなたは?」
「ワシはな……ただのしがない老人じゃよ。ワシのことなんて重要でもないしその程度の認識でよい」
「そ、そうですか。一応写真はあるんですけど」
懐から出したスマホの写真を見せる。
「ふむ、これはこれは。……一つ、消え損ないのワシから助言しようかの」
「…助言?」
「お主とこの写真に写っている少女とはとても深い繋がりがあるのう。それこそ一つ間違えれば呪いにも匹敵するものがな」
「え?呪い?何を言って──」
「お待たせシキ!思ったより見つからなくて時間かかっちゃった」
戻ってきたレイカに一瞬顔を向けて、また戻した時にはそこに老人は居なかった。
「…なぁ、レイカ。今までそこに爺さんが居なかったか?」
「……何言ってるの?私が来た時は一人だったけど?」
「…そう、か。だったら疲れてたんだろうな。変なこと聞いてごめん。行こうか?」
「うん。今度こそ行こう!」
そう言って俺は再度レイカに道案内を頼む。
「やっぱり、アナタは『視える』人なんだ」
そんなレイカの呟きはシキには聞こえなかった。
どうやら俺の目指している場所は通称タンポポ山と呼ばれているようで、春にはたくさんのタンポポが咲く地元の隠れた名所だそうだ。
「全然人がいないな」
「そりゃあ季節終わってるからねー。はいこれどーぞ」
「なんだこれ?お札?」
「そ、大正解です」
「なんでこれを?」
「いやあ、この山って観光スポットではあるんだけど、同時に心霊スポットとしても有名なんだよね。だからこれは保険かな?」
「……神社の娘の言うことなら信じるよ」
「あれ?案外すんなりと信じてくれるんだ?なんか引かれるのかと思ってたよ」
「一応俺も霊感持ちは見たことあるから理解はあるつもりだ。俺はさっぱりだったが」
「え?シキは見えないの?」
レイカは目を丸くして意外そうに驚く。
「なんだよ。そんなに驚いてどうしたんだよ?」
(まさかの自覚無しかぁ。となると、きっと気付いて無いんだろうなぁ。どうやって伝えよう)
「おい!レイカ!」
「え!?なに?」
「急に考え出してどうしたんだよ?」
「え?あ、うん。別になんでもないよ、それよりも行こうよ」
そう言うとレイカは入口へと向かってしまう。まあ、知り合って間もない人間に明かせないことの一つや二つはあるものか。
俺は先に行ってしまったレイカを追いかけた。
登り始めて四十分程経ったとき、レイカが話しかけてくる。
「もう一回言っておくけど。写真の場所はここの頂上、山とは言ってもそこまで高くはないからあと四十分程度で登れるはず。それで」
ここでレイカは一区切りつけて続ける。
「多分だけど、その子は頂上にいる。だから、会えたら、後悔だけはしないようにね」
「後悔?」
「そう、後悔。シキは気づいてないみたいだけど、その子本当は━━」
「うわっ!?」
「シキ!?」
レイカが重要なことを言い出そうとするのと同時に俺は不思議な力に服を引っ張られて倒れてしまう。しかも不幸なことに引っ張られた先は斜面。
俺はそのまま山の斜面を転げ落ちていき、その途中で気絶してしまった。
目が覚めると全身を激痛が襲った。それでも死んでいないことと頑丈な体に産んでくれた母さんに感謝する。
「いたた。生まれて初めて死ぬかと思った……大分落ちたみたいだな。うぐっ!」
起き上がろうとして地面に手をついた時、左腕に激痛が走る。見ると青く腫れて若干だが曲がってはいけない部分が曲がっている。どうやら転がっている途中に折ってしまったようだ。
「痛い痛い痛い痛い!!!」
痛くて暴れたいのだが、少しでも動くたびに激痛が走るため大声を出して耐えることしかできない。そんな俺の涙で歪んだ視界の端に映ったものに俺は驚いた。
「ば……ば、化け物!!」
それは白い人間の骨だった。頭蓋骨の一部分が割れており、こちらへとノロノロとではあるが周囲の草花を枯らしながら歩いて来る。
「お、お札が…」
レイカに貰ったお札が燃え尽きたように灰になる。風に流され飛んでいく灰に縋る思いで手を伸ばすが指の間をすり抜けていく。本能が叫ぶ、ここから逃げろ、捕まったら終わりだと。
『もう、シキは昔から変わらないわね。遅いから迎えに来ちゃったわよ』
声の聞こえた先で手招いているのは探していた写真の少女。
「ユウ!」
少女の名を呼び、痛みをこらえてユウの元へと向かう。この時すでに俺の頭の中からは怨霊の恐怖など吹き飛んでいた。ユウは俺に背を向けると離れていく。
「何で、何で追いつけない!」
いくら痛みを我慢しているから歩くスピードが遅いとは言え、さっきから足を一切動かしていないユウに追いつけないのはなぜか。本当はこのユウは俺の作り出した幻なんじゃないか?そんな気持ちが芽生え始めたとき、ユウが振り返って笑い、先ほどと同じく手招きをする。
そしてようやく俺がたどり着いた場所は
「写真のタンポポ畑……」
まるで黄色いカーペットのようにあたり一面に広がっているタンポポ畑だった。
「シキ!!大丈夫!?」
少し離れた場所からレイカが駆け寄ってくる。その顔には安堵の笑みが浮かんでいる。
「あの子が助けるって言ってたから大丈夫だとは思ったけど無事で良かったよぉぉ!」
「ごめん、心配かけたな」
「ううん、いいの。それよりも!その腕どうしたの!?」
「ああ、落ちたときに折ったみたいでさ。うっ!思い出したら痛くなってきた!!」
「うわあ!ごめん!」
俺たちが騒がしくしているとユウがどこからともなく現れる。
『はぁ、あなたたちはもう少し静かにできないの?特にシキ!男がたかが骨を折ったくらいで泣き叫ばないの!みっともないでしょ!』
「ええ!?ちょっと理不尽すぎでは!?」
『まあいいわ。それよりも安倍晴明の末裔さん』
「……あんまりその呼ばれ方好きじゃないんだけど」
『気を悪くしたのなら謝るわ。今はあなたにしかできないことがやって来るわ』
「私にしかできないこと?」
「あ!あいつは!?」
俺が出てきたところから周りのタンポポを枯らしながら出てきたのは先程の怨霊だった。するとレイカは納得したように
「なるほど、だから私の出番って訳ね。ここまで強力な怨霊になるなんて、何十年供養してもらえなかったんだろう。今、私が解放してあげるからね」
そう言うとレイカは懐からお札を何枚も出しながら怨霊に向かって歩き出す。
「レイカ!?」
『シキ!待ちなさい!』
「ユウ!なんで止めるんだよ!?」
『いいから黙って見てなさいな。本当のあの子を知るチャンスよ』
レイカは怨霊の近くまで近寄ると手に持った無数のお札をばら撒く、空に舞ったお札は吸い寄せられるように怨霊に張り付くと怨霊の体を光の粒子へと変える。
「一応名乗っとくね。私は安倍晴明の末裔、安倍レイカ。もうあなたが苦しむ必要はないわから、安心して成仏して」
「安倍晴明……」
『そう、あの子は安倍晴明の子孫にあたる子。代々続く陰陽師の家の娘よ』
怨霊が完全に光に還るとレイカはこっちに戻って来る。
「これでいいでしょ?」
『ええ、さすがね。シキはこの子について気になることがあるとは思うけど、時間があまり無いから後にして頂戴』
「あ、ああ」
『じゃあ、話すわね。まず始めに、私の正体についてね。もう貴女はわかっているでしょうけど、私は【死んでいるわ】』
さも当然かのようにユウが言い放った一言。それは俺にとって最悪の一言だった。
「死んでいる?じょ、冗談だろ?だってユウは今ここに居て喋ってるじゃないか!なあ!レイカも黙ってないでなんか言ってくれよ!」
「……………」
『私は嘘なんて一言も話していないわ。あなただって薄々気が付いていたんじゃないの?私の不思議さに』
「嘘だ……嘘なんだ!どこも不思議なところなんて無かった!だって、だって!幽霊なんているわけないじゃないか……」
『いい加減になさい!!目の前の現実から目を背けるな!!私の死を受け入れなさい!そもそも先程怨霊を見て!追われたばかりでしょ!!』
そう、薄々だけど、気が付いてはいた。ユウが本当は幽霊なんじゃないかって。
ユウの手を掴もうとしたこの手がユウの体を通り抜けた時、ユウは死んだんだ。そう認識できた、してしまった。
『はぁ、そうやって自分が嫌なことに目を向けられないのは昔から変わらないわね。でも、今回はしっかりと見つめられたからよしとしましょう』
「あの、ちょっと私から質問なんだけどさ」
『どうかしたかしら?』
「ちょっとシキに厳しすぎない?」
レイカがそう尋ねるとユウの顔が驚愕に染まった。
『あなた…レイカさんといったわよね?私、そんなに厳しかったかしら?』
「えっと、私が見てる限りでは」
『そ、そうだったの……これでも随分と甘く接していたつもりなのだけど……』
「ええ!?シキ本当!?」
「ああ、本当だ。いつもなら許してくれることはないし、褒めてくれることも珍しい」
未だにユウよりも怖い怒り方をする人にはあったことがない。
『んんっ!それはさておいて。ここからが本題です。私はねシキ、あなたと結んだ契約を解除するために待ってたの』
「契約?」
『シキ、幼稚園生の頃に一緒におままごとして遊んだわよね?』
「ああ、確かに遊んだな。それが関係あるのか?」
『その時に契約ごっこをしたでしょう?』
「したな」
『実はね、あの時に一度だけ血判で捺印してしまった物があるのよ』
「ああ!思い出した!周りに判子が無かったから自分たちで代用しようってユウが言い出したやつ!」
「判子無いからって自分の血を使う幼稚園生ってなによ……」
『うっ……あの時は私も未熟で、覚えたてのモノを使いたかったのよ』
「もしかして、ユウちゃんも私と同じなの?」
『そうよ、私もあなたと同じ陰陽師だったのよ。ま、私の家は世間には名も知られない程度だけど』
「ええ!?ユウもそうだったのか!?」
俺が驚くとユウはため息をつく。
『あなたは両親に知らされていないから無理ないとは言え、自分の家について興味を持った方がいいわよ。あなたの祖先は安倍晴明と同じくらい有名よ』
「嘘だろ!?」
『ああもう!話が横にそれちゃったじゃないの!とにかく私たちが交わしてしまった契約は一つ。内容は』
そこでユウは少し悲しそうな顔をしてから言った。
『二人は永遠に一緒』
隣のレイカが息をのんだのが分かった。
「嘘、じゃあ契約によってシキも一緒に死ななきゃいけないのに…何で生きていられるの?」
『それは私の気合のお陰ね』
「気合でどうにかなるの!?」
「まあ、確かに陰陽術に関連するものは精神的な強さに左右されるけど……」
『だからシキ、今すぐ私と契約を破棄しましょう』
「え?」
『聞こえなかったの?契約を破棄するわよ、シキ。私の気合も底無しじゃないもの、そろそろ限界よ』
「なんで?」
『なんでってあなたね……はぁ、私のいじわるよ』
「いじわる?」
『そう、いじわるよ。いじわるな私はあなたを一緒には連れて行ってあげないの。だからあなたは私の居ない世界でめいいっぱい不幸になってからこっちに来なさい。これは私の、そうね幼馴染の最後のお願いよ。聞いてくれるわね?』
俺の目からは涙が零れ落ちた。ユウの言葉の意味に気が付かないわけがない。だから、俺は
「……ああ」
『ありがとう』
その後の契約の破棄は簡単だった。すでにユウの血判が押されている契約を破棄する内容の書類に俺が血判をするだけだった。そして破棄し終わるとユウの体が輝き始めた。
『あら?私を現世にとどめていたモノ(未練)がなくなったからかしら?まあ、いいわ。レイカ、最後に私からあなたに言うことがあるわ』
「え?私に?」
『ええ。あなたにはシキのフォローをして欲しいの。シキは霊を引き寄せやすい体質だから悪霊も引き寄せちゃうの。それらからシキを守ってほしいのよ。知り合って間もないのに図々(ずうずう)しいけど、頼めるかしら?』
「もちろん!頼まれたよ、ユウ!」
『ありがとう。そして、シキね。あなたには色々言いたいことも教えたいこともあったけど。一言に抑えることにするわ』
「ユウ……」
そして彼女は口にした。遅すぎた告白を
『ずっと、小さい頃から好きだったわ。いままでありがとう、この感謝の気持ちは言葉じゃ表せないわ』
「……俺も、俺も大好きだった!!感謝もしてる!!いつも俺を助けてくれてありがとう!!」
今も好きだとは言わない。だって、もうユウは死んだ人間、いわば過去の人間なんだから言えるはずがない。
最後にユウは微笑むと教えてくれた。
『タンポポはね、綿毛が飛んで帰ってこない様子から別離の花言葉を持っているわ。でもね、私はこう考えているの。とんだ綿毛は落ちた先で花を咲かせてまた綿毛になり飛んでいく。それを繰り返してまた、同じ場所に帰ってくるの。だから私は、またシキの所に帰るから━━』
ユウの体が風に溶けて舞っていくのと同時に、いつの間にか白一色になったタンポポ畑から一斉に綿毛が飛んでいく。この綿毛たちはユウが言ったようにまたここへ戻ってくるのだろうか?そんなことを考えながら俺はこの幻想的な光景を脳裏に焼き付けた。
家に帰った俺のもとに舞い降りてきた季節外れのタンポポの綿毛。俺は少し笑うと空いている鉢植えを探しに行った。
蛇足かとは思いますが薄い内容を少しでも埋めるために裏設定のようなものを載せます。読む必要は正直ないです。
シキ=死期 ユウ=幽 レイカ=霊 多少物騒だけど死に関する名前を持つ。
タンポポの花言葉=別離、真心の愛
謎のお爺さん=レイカのお爺ちゃんにして前神主。既に故人だが孫バカなので成長を見たいがためだけに気合で現世に留まっている。シキを見ただけで契約について見破るほどには凄腕だった。
怨霊=十数年前に頭部を殴られて死亡し、遺棄された女性の霊が恨みによって怨霊化した。