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03-01 ストレイ



























































































































































































































































 祐介は下町の安宿に移った。私物は手提げ袋一つに詰めこめるだけしかない。交易従業者組合にいくらかの貯金があるので当面の生活費の心配はない。

 数日後、西宮(ニシノミヤ)に本店をもつ交易会社のビスビュー支店に就職した。地元の交易商よりは広く情報が入ってきて、姉の葉月の行方がつかめる可能性も高いと考えたのだ。

 下宿もみつけた。宿場街に近くてうるさいかわりに部屋代は安く、簡単な家具までついている。なんといってもひとりで部屋を使えるのがありがたい。思えば、自分の部屋で手足を伸ばせるのは村をでて以来だ。

 仕事は荷物の積みおろしと交渉の記録だ。なにせ相手は海千山千のしたたかな交易商人たち。仲間うちでの相談はこのあたりに馴染みのない言葉でする。祐介の語学力でその裏をかこうというわけである。

 交易商たちの交渉は、はたからは茶を飲みながら世間話をしているようにもみえる。が、ひと言も聴きもらすまいと気を張りつめている祐介は、下宿に帰っても緊張が解けず、毎夜、布団が裏まで濡れるほど寝汗をかいてしまう。体重もひと月で一割も減ってしまった。


 やっと仕事に慣れて体重も回復した秋の夕方、終業の間際にストレイが店に訪ねてきた。私服なので騎兵刀は吊していないが、その体格や独特の雰囲気から、近衛の高級将校だとわかる者にはわかる。

「近くに来たんでな。飯でも一緒にどうだ」

「せっかくですけど、腹はへっていません。話があるのでしたら応接室でうかがいましょう」

 言ってしまってからおもわず唇を噛んだ。心の狭いやつだ、おれは。これまでストレイさんには世話になりこそすれ、何の怨みもないのに。

 ストレイは祐介を見たが、なにもいわなかった。応接室に入ってから、

「アキツ、きさまが城の者をどう思おうと勝手だ。しかしベールヘーナさまにだけは、いくら感謝してもしたりないぞ」

「それは、わかっています」

 いくら語学に堪能だからといって、侯爵家を懲戒免職された少年が、こんな筋の正しい交易会社に簡単に採用されるはずがない。支店長の話では、公女の側近から好意的な推薦状が送られてきたのだという。

「いや、わかっていない」ストレイの眼がきつくなった。「きさまの処罰を軽くするために姫さまがどれほどの思いをなされたか。お立場上、表だって意見をおっしゃることはできない。そこで姫さまは――」

 ストレイは息をととのえた。

「ベールヘーナさまは、きさまの減刑をアールドベン公子に懇願されたのだ。ご自分がもっとも嫌っておいでの相手に」

 祐介は椅子に沈みこんだ。

「あの気位の高い方が……」

 頭をさげられたというのか、あの下衆(げす)野郎に、誇りを捨ててまで、おれのために――。

 いきなり怒りが湧いてきた。ベールヘーナさまは、なぜあんな奴に頭をさげられたのだ。アールドベンも、なぜ公女の頼みを鼻で(わら)って追い返さなかった。そうしてくれた方が今のおれの気持はずっと救われたはずだ。

 ベールヘーナへの苛立ち、自身への嫌悪、さらにはアールドベンへの憎悪が熱湯のように(たぎ)り、胃を()く。

 だが頭の隅ではわかっていた。ベールヘーナ公女がアールドベンに頼み、アールドベンが父親を動かさなければ、おそらく自分は競技場の柱に吊るされたまま殺されていた。アールドベンなどどうでもいいが、ベールヘーナさまに腹を立てる理由などないはずだ。

 いや、ある。祐介は思った。おれは姉さんの面影を重ねているベールヘーナさまがアールドベンに近づいたことが許せないのだ。


 ……だが、本当にそうなのか。

 息苦しいばかりに沸き立っていた胸がいくらか落着くと、ふと、直参にならないかと誘ってくれた公女の言葉、声、表情がよみがえった。

 貴族の女――とくに未婚の公女が、平民の使用人への好意を口にするなど許されることではない。あの誘いは、ベールヘーナさまにとっておれに想いを伝えるぎりぎりの言葉だったにちがいない。

祐介の心の中でゆっくりと何かがほぐれていった。

 そうだ、今ならそれがわかる。祐介は大きく息を吸った。なぜなら、おれもあの方を恋しているからだ。それを今まで気づかぬふりをしていたのだ。


 そっと肩を叩かれ、祐介ははっと我に返った。顔をあげると、警護隊長がうなずいて言った。

「用はこれだけだが、姫さまに伝えたいことがあったら、おれに連絡しろ」

「……はい」

 今は頭がいっぱいで、ほかに言葉がでない。

 店の外まで送った祐介に、別れ際、ストレイが言った。

「ついでに教えてやる。アールドベン公子はきさまの鞭打ちの途中で気絶した。で、倒れた拍子に胸を打ち、せっかく治りかけた肋をまた(いた)めたそうだ」

「それはお気の毒に」

 言ってから祐介は、頬がうずうずと崩れるのを抑えきれなかった。






































































































































































































































































































































































































































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