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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第九章 クルガン領の襲撃
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09-05 クルガン自治領


 隊商の目的地のシャガンは、十一年前に大きな都市の遺跡が発見されて爆発的に発展した山中の町だ。通りには発掘屋や買取り業者を相手の銀行、質屋、法律事務所はもとより、旅館、劇場、料理店、はては賭博場に女郎屋までが軒をつらね、毎晩お祭り騒ぎだ。留置所が五つあることからも、どういった騒ぎであるかは察しがつく。

 遠くからこの遺跡めざしてあらゆる品が河のように流れこんでくる。最新型の掘削機材や燃料、食糧、衣服といった必需品から骨董品に絵画彫刻まで、ない物はない。

 隊商の積荷は、シャガンに到着したその日のうちに交易会館の倉庫に運びこまれ、検査を受けたのち、ただちに競りにかけられた。昨日の貧乏発掘屋が今日の遺跡成金、明日は賭博で一文なし、などということも珍しくないこの町では、何事ものんびりしていない。

 滞在はなるべく短めに切り上げるつもりだったが、物資の補給や筏の整備に予定より時間がかかってしまった。おかげでイワマ交易の社員ではなかったが、せっかく稼いだ給料を賭博場や女郎屋でつかい果たし、ついには路上強盗をしでかす隊商夫まででる始末。

 出発の前夜、宿の食堂で値段だけは一流の晩飯を食べながら祐介はぼやいた。

「三泊ですんでよかった。こんなところに腰を据えていたら、儲けはみんな胃袋に消えてしまうぞ」

 トゥムルは笑った。「目抜き通りでは、金をふんだくる店ほど客の入りがいいそうだ。値段が気になるのは貧乏人の証拠というわけだ」

「悪かったな、貧乏交易屋で」祐介は苦笑した。

 北方人の遊牧民への偏見は、祐介の考えていた以上に根深いものだった。もしトゥムルが侮辱に怒って相手を殺傷したらどうしよう。友の気性の激しさを知っているだけに、内心不安がないわけではなかった。

 だがこれまでそれは杞憂に過ぎなかった。トゥムルも自分を見る周囲の眼には気づいているはずなのに、持ち前の屈託のなさはまったく変わらない。むろん鈍感だからではない。それは祐介がいちばん知っている。かといって無理に自分を抑えているのでもなさそうだ。

 こいつはやっぱり大物だな。祐介はあらためて友を見直した。実際、今では隊商の連中も畏敬の眼でトゥムルを見るようになっている。

「ユースケもセリザワを見習ったらどうだ。毎日、高級料理屋を食べ歩いているぞ」

「セリザワの場合、食事も情報収集の一環だからな」

「そうだったな」今度はトゥムルが苦笑した。「おれもつまらないことをいっている」

「やっぱりセリザワとは気が合わないのか」

 トゥムルは少し考え、

「たしかに、おれやおまえにない才能をもっている。人間も信頼できる――普段はな。だがぎりぎりの場ではどうだろう」

 命をかけなくてはならぬ状況で、芹沢がはたして命綱の一端をあずけられる男なのか。自分で確かめるまで評価は保留ということなのだろう。むろんそれは芹沢も同じはずだ。

「おまえの気持はわかるが……」

 われながら言葉の切れが悪い。祐介自身、心の底ではトゥムルと同じ思いがある。

 木原との関わりにしても、まだ芹沢には語っていない。芹沢のことだ、明かせば木原が今どこで何をしているか、調べ出してくれるかもしれない。だが一緒に木原と岩間村の関係、ひいては縦貫道の秘密まで探りあててしまう可能性は大きい。並の男の肩には重すぎる秘密だ。それでも芹沢はその重みを投げださず、おれに協力してくれるだろうか。

 木原のことを考えればじっとしていられぬ気持になるが、祐介としては、正直なところ、そこにまだ不安がある。

 同じ理由で、姉の行方や安否についても調査を頼んでいない。ただ葉月の場合、最悪の結果を知るくらいなら、あえて不明のままにしておきたいという思いもある。

「でもあの男が一旦引き受けたことなら、安心していい」祐介ははっきりと言った。

「おまえがそういうのなら間違いないな」

 しかし、その顔はまだ納得していない。


「この先のクルガン領内に盗賊団がかなり集まっているようです。狙いは明らかにわれわれです」

 と芹沢が報告した。シャガンを発って二日目の運営会議の席上である。

 会議には半月前から、祐介の提案で筏借りの交易商も加わっている。経営者や護衛隊長ら役員とちがって議決権はないが、意見を述べることはできる。芹沢やトゥムルも自前の馬を数頭持っているので出席の資格がある。おかげで祐介の発言力は重みを増した。むろん祐介の狙いもそこにある。

「クルガン自治領か」稲城が腕を組んだ。「首相は山賊あがりといわれているやつだな」

 十年ほど前に山賊の頭目がクルガンの首相を追い出し、自ら終身首相に就いたということは祐介も知っている。隊商を率いる者は通過する土地の事情に通じておかなくてはならない。

「ええ、ですが本人は、自分は革命家で、領民を解放したのだといっています」

「領民はそう思っていないようだがね」稲城は苦笑し、「だが領内の治安は悪くなかったはずだ」

 追われる身から追う立場に這い上がろうとして国を乗っ取ったという一風変わった上昇志向の持主だけあって、かつての仲間である盗賊に対する取締まりは厳しかったのだ。

「それですが、最近は息子に実権を握られていて、しかもその息子というのが、裏で山賊どもとつながっているという噂があります」

「血は争えんな」

 去年の今頃、芹沢の情報と祐介の奮闘によって隊商が救われたこともあり、芹沢の言葉を疑う役員はいない。

 山賊の狙いは、隊商がシャガンで積みこんだ発掘品だ。美術品や、現在の技術ではつくれなくなった工業製品がほとんどで、浮揚球なども〈大変動〉前の方が小型で性能もずっといい。

 しかし今回の目玉はなんといっても〈箱庭〉だ。植物の種子と生態系が一式となって再生容器に密封された、いわば〝緑野(オアシス)(もと)〟で、環境と目的に合わせて農地、果樹園、庭園と種類もいろいろある。昔も需要は多かったとみえて、大きな遺跡ではよく発掘される。だが無事な状態の品は少なく、それだけに値段はあってないようなもので、荒れ果てた土地をかかえる国家や領主に言い値で売れるのだ。

 とはいえ広大な地域に隊商の数は多く、しかもみんな武装している。山賊だって命は惜しい。獲物を選ぶにあたってはかなり調べている――はずだ。

「なぜ、うちの隊商が目をつけられたんだろう」役員の一人がいった。

 みんな聞こえなかった顔をしている。

 皮肉のきつい人だ。祐介は肚のなかで苦笑した。理由は決まっているじゃないか。襲いやすいからだ。護衛屋が役立たずだからだ。皆、知っていて口にしないだけだ。

「他の隊商と合流して警備の数を増やしたらどうだ」

「人数ばかり増えて、かえって混乱するんじゃないか」

「わかっていないな。狙われているのはわれわれだぞ。疫病神と一緒になりたがるやつがいるものか」

 いろいろ意見は出たが、結局ほかに名案があるわけでもなく、

 ――警戒を厳重にしてこのまま進もう。

 という、なんのための会議だったかわからぬ方針が決まった。

「ユースケ、なんでおまえの作戦を提案しなかったんだ」

 と、会議が果ててからトゥムルがいった。〈高原語〉なので他の者が聞いても理解できない。

「おれが提案すればカガが反対するに決まっている。それに運営会議の連中に作戦を相談できると思うか」

 トゥムルは笑った。「たしかにな。なまじやつらに意見をきいたら、いじりまわされて骨抜きになってしまう」

「――だろう。おれとおまえで臨機応変に戦えばいいさ」


「芹沢、相談がある」

その夜遅く、トゥムルが芹沢をそっと起こし、天幕の外に誘った。

「なんだ、今ごろ」

 芹沢は歩きながら大きく欠伸(あくび)した。

「すまない。だがこれは、あんたにしか話せないことだ」

トゥムルは馬を繋いである空き地で足をとめた。

「ここなら馬しか聴いていない。ちょっとこみいった話なので、〈草原語〉でいいか」

「ああ、かまわない」芹沢は〈草原語〉でいった。

「山賊の襲撃があった場合だが、今の態勢で撃退できるとおもうか」

「君らしくもない言葉だな」芹沢は声をださずに笑った。「君とアキツがいれば、どんな山賊だって追い払えるんじゃないのか」

「皮肉ならやめてくれ。だいたい、おれの戦いぶりを知っているのか」

「アキツが、自分よりずっと采配上手だといっていた。疑う理由はない。それにキタン遺跡での実績もある。ただ、隊商のみんなは知らんだろう。君にはまだ〝ジャルマの雪男〟ほどの知名度はないからな。なにか不安でもあるのか」

「あるさ。肝腎の指揮権を握っているのは、おれでもユースケでもないんだ」

「――カガか」芹沢は苦い顔でつぶやいた。

「そうだ。あの頭にカビのはえた護衛屋と根性のすわっていない手下たちでは、隊商のみんなを率いて山賊を撃退するのは無理だ。もしできたとしても、こっちも大変な損害をうける」

「たぶんな。だがイナギが今になってカガを辞めさせるとは思えんし――」

 護衛屋が、戦闘の直前に能力の不足を理由に指揮権を取りあげられては、もう稼業をつづけていけない。稲城が加賀にそんなことをするはずはない。

「辞めなくても、戦死すれば指揮権はユースケに移る」

 芹沢は、はっとトゥムルを見た。「君はまさか――」

 トゥムルは無言でわずかにうなずいた。

 桐花の一件で護衛隊員ふたりの処分を見送った見返りに、運営会議は祐介を護衛隊長の代行として正式に認めた。平時はただの名前だけの職だが、もし加賀になにかあればただちに祐介が戦闘指揮権を引き継ぐことになる。

 トゥムルは芹沢の怯えた表情を冷ややかに見て、腰の小物入れから手のひらに隠れるほどの木箱を取り出した。

「なにもあんたにカガを刺してくれなんて頼むつもりはない」

 月の光を受けるように蓋を開けた。緩衝材に包まれて硬貨大の円盤と小指くらいの筒が入っている。

「指向性爆薬と発信器だ。筒を(ねじ)ってから両端を押せば、二百メートル離れたところから爆薬に点火できる。キタンの叛乱でもこれと同様のを使った。この爆薬をカガの服にでも入れておくから、山賊が攻めてきたら、時機を見はからってこれを押してくれないか。おれがやりたいところだが、きっとその時は戦闘中で近くにはいないはずだ」

 夏の夜風が、森の梢のさやぎを運んでくる。馬が思いだしたように鼻息をたて、蹄で土を掻いた。

 芹沢は爆薬と発信器を見た。

 トゥムルに指摘されるまでもなく、今の加賀では山賊を撃退できそうもないことくらい芹沢もわかっている。むろん祐介も、おそらくは稲城までもが承知しているだろう。稲城としては内心、加賀が自分から指揮権を手放すのを期待しているのかもしれない。だが、あいにく加賀にそんな様子はない。

 たしかに加賀を殺してしまえば話は早いが、いくら隊商を救うためとはいっても、謀殺は戦闘で相手を殺すのとは全くちがう。芹沢もこうした稼業についている以上、聖人ぶるつもりはないが、人として越えてはならぬ一線は厳然として存在するのではないか。

 それをトゥムルは当たり前のような顔で、

 ――人殺しの片棒をかつげ。

 と言う。

 遊牧民は人の命などなんとも思っていない蛮人だとは、子供の頃から聞かされてきたが、それを無批判に信じるほど単純な自分ではないつもりだった。現に、初めて知り合った高原遊牧民――トゥムルは若いわりに思慮深く、しかも鉄のような自制心の持主だった。芹沢自身もひそかに尊敬の念すら覚えはじめていたところだ。

 だが今やっと気づいた。トゥムルの倫理は、自分の()って立つそれとはあきらかに違う。この遊牧民にとって加賀を殺すのは、病気の羊を除くのと同じなのだ。殺すのをためらえば、他の羊にも感染が拡がり、群が全滅しかねない。おそらくトゥムルには、人を殺すことへの芹沢の心理的な抵抗の大きさが理解できていないのではないか。

 それにしても事の危険さをもっとわきまえるべきではないか。芹沢は思った。もしわたしが引き受けておいて裏切ったら――。

「トゥムル、いいのか。もしばれたら、君とアキツの命もあぶないぞ」

「だからあんたに頼むんだ」

 口調は穏やかだが、眼に鋼のような光がある。芹沢は気圧(けお)されるものを覚えた。この男は本気だ。本気でわたしが裏切らない方に命を賭けている。悔しいが、こうした肚の据え方はわたしには真似できない。

 芹沢は大きく息を吸った。たしかに他に方法はない。それに、もし断われば、この遊牧民は今ここでわたしを殺すだろう。

「引き受けよう」

 発信器をつまみあげ、

「アキツはこのことを知っているのか」

 トゥムルは首をふり、

「あいつにはまだ甘いところがあるからな。気持によけいな負担をかけさせることはない」

 芹沢は発信器をそっと握った。もう引き返せない。逃げ道もない。こうなれば絶対に失敗するわけにはいかない。

「考えたんだが、カガの服に仕込むのは君でもむつかしいだろう。しかも気づかれやすい。わたしにまかせないか」

 芹沢は言った。度胸を据えたせいか、自分でも意外なほど落着いた声だ。

「どうするんだ」

「彼の通信器をわたしのとすり替えるほうが簡単で確実だ。その爆薬もあずかろう」



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