学びの道(1)
起床する。日が出たばかりで窓から漏れる光は少なく、まだ辺りは薄暗いが、どうということはない。この時間帯に起きるのが、故郷の町でも習慣になっていた。初めて眠るこのベッドに身体が慣れていなかったので、眠りが浅かったというのも理由にあるかもしれない。
「ん、しょ」
一人で部屋を独占していた頃の癖で安易に声をあげてしまってから、しまったという思いと共に口をつぐむ。今は共同生活に身を置いているのだ。他の仲間達を見回すが、特に眠りを妨げた様子はない。胸を撫で下ろす。
朝の気温もつい先日から低くなってきた。四人も人がいながら空気が静まっている様子がどこか可笑しくて、シルフェはしばらくベッドに座ったままそこに留まっていた。
洗顔のため、階下へと向かう。調理場を通る際に、朝食の用意をするマロイと出会った。
「おはようございます、マロイさん」
「お、早いね。感心感心」
鍋から漂う澄んだ香りがシルフェの体を少しずつ目覚めさせる。食事を楽しみにしながら、彼女は裏口から外へ出ていった。
「わっ」
「あっ」
扉を開くと、顔を拭いながら歩く少女と今しもぶつかりそうになる。ルエッタともクルシャとも違う、明るい金髪の持ち主だった。長さはクルシャと同じく肩ほどまでだがこちらは波がかっている。下がり気味の眉と目には、当人の本意に関わらず怯えているような雰囲気が漂っていた。
「あの、どうも」
「えっ、はい。すみません、驚かせてしまって」
不意に頭を下げられ、咄嗟にこちらも謝罪し、道を空ける。少女は手拭いで顔を覆い隠すようにしながら、屋内へと駆けていった。
内気そうな少女とすれ違ってから、自らも井戸へと向かい洗顔を済ませれば、遠くから鐘の音が聞こえてくる。朝を知らせる鐘だ。それを聞いた瞬間、ストレンダムへやって来たのだという実感がシルフェの胸の内で溢れてきた。ここが新しい生活の場になる。この鐘の音を聞きながら、これからは朝を迎える。
この感覚をより深くまで取り込もうとするように、深呼吸をする。何かに染まることのない、まっさらな空気だ。微かに湿ったそれからは、今のシルフェには何とも言えない匂いがする。太陽はまだ力強さを残しているが、心を洗うような涼風には秋の気配が漂う。
「よし」
肌に残る水滴を拭い、ひとり意気込んだ。
「それでは、行ってきます」
「あいよ、元気でね」
朝食を終え、シルフェは学院へ通うための服装に着替えた。紺色のチュニックと長いスカートにつばの広い純白の帽子という単純な装い、胸元にある茶色のバッジは第一学年の証明となる。ルエッタも同様だ。
他の寮生たちも服装は違えどバッジを身に付けていた。レントとクルシャの緑は第二学年、先ほど裏口で出くわした少女は青色のバッジ、すなわち第三学年ということになる。
「ところで、フライユさんとマキメリさんは行かなくても良いんでしょうか?」
日光の差し込み始めた街道を連れ立って歩く途中、抱えていた疑問をぶつけてみる。どちらも同じ部屋の仲間になるが、二人だけは朝食の後部屋に戻ったきり、出発の用意をする素振りは無かった。フライユに聞けば、彼女は「私たちは特別だからね」と答えるばかりだつた。
「二人は師事してる先生がちょっと変わってるからね」
「講義もほとんど受けてないからな」
「そうなんですか……」
経済的な事情でなく講義へ出ていないなら、二人はまさに専属の研究生ということになる。そうであっても朝から勤める生徒が多いと聞くので、やはりクルシャの言うように「変わった先生」に師事しているのだろう。
シルフェは二人がそれぞれどんな内容の研究を行っているのか尋ねようとしたが、突然頭の上に風が吹き込んだような感覚を覚えて言葉が詰まる。実際は身に付けていた白い帽子が頭から離れているのだった。
「この帽子、ステキですネ」
声のした背後を振り返ってみると、長身痩躯の女性がシルフェの帽子を両手に持ち、楽しそうにそれを眺め回していた。